どんなにショックでも変態の気配は察知する
王宮の方から断末魔が聞こえた。
男の鈍い叫び声。それも数名の。
「何事ッ?! もしかして、門番の兵士たちに何かあったの?!」
マリンゼがオーウェンの腕から逃れ、王宮の方へと走り出す。しかしオーウェンと、ダイアナの姿をしたバモルヒークは、一触即発状態。互いの一点を睨みつけ、今にも威圧だけで心臓を突き刺す勢いだ。
「お、オーウェンさまっ!! もしかしたら魔王軍の襲撃かもしれません!! 一旦王宮まで様子を見に行かないと!」
「君一人で行けばいい。私は目の前の輩を殺すことに集中する。」
「なっっ」
なんだってオーウェン様はそこまでバモルヒークに執着するのか!
オーウェンの腕をみれば、血管の青筋が浮き出し瞳孔が開き切っている。本気度が伝わってくる。
そうか。オーウェン様は王国最強魔道士だからこそ、バモルヒークの魔力量がどれほどのものなのか理解しているのだ。
東の魔王 イースよりも強大な魔力を持つと云われているバモルヒークだ。当然、今ここで気を抜くことは出来ない。
全身から血を流すバモルヒークもオーウェン相手に、今までとは比べものにならないほどまでの殺気を放っている。
この場はもうバモルヒークに任せようと、マリンゼが王宮へ駆け出そうとした時だった。
木々の間から、いくつかのなにかが飛んできたのだ。
それをすぐに察知したマリンゼは、後ろに飛んで距離を取り、飛ばされたきたそれらに当たらぬよう避けた。
しかし。その飛んできたものとは、なんと人間の頭だった。5つほどの頭が、枯れ葉の音をパキッと鳴らしながらマリンゼの足元まで転がる。
なあァッッ
ぞっと顔が土気色となり、胃から込み上がるような感覚を覚える。中には目玉をえぐり取られている頭もあった。
しかし吐瀉物をまき散らしている場合ではない。頭だけの顔を見れば、第二騎士団2名と、さっき門番をしていた兵士たちの顔だ。
そして雑木林の中からは、右手に馬の頭、左手に馬の胴体を持つダイアナが現れた。酷い臭いに思わず鼻を抑える。
彼女の、ポニーテールにしていたはずの髪は解かれ頬に張り付いている。妖艶な表情と血みどろの返り血を浴びた女騎士。口は、しきりに飴玉でも舐めているかのように蠢いている。
「……オーウェンさま、まさか私に監視魔法をかけていたなんて、そこまで私に執着されていたのですね。光栄でございます〜。」
艶めかしく唇を舐め取るダイアナが、口から目玉を吐き出し、オーウェンの足元に転がせる。
オーウェンは今見ている現状に思考が追いつかず、しかし咄嗟の判断により、馬の死骸を持つダイアナに向かって詠唱魔法を唱えた。
「樹木の呪縛と砲煙の加護を我に与えたし ツリーズシルフリート」
瞬間、ダイアナが木々から伸びた枝の鎖に囚われ、彼女の足元から砲弾のような火の玉が放たれた。
雑木林に爆発の轟音が鳴り響く。しかしいつの間にか囚われていたはずのダイアナは、マリンゼの真後ろに来ていた。
血みどろの馬の死骸はいつの間にか投げ出されている。
マリンゼが背後からダイアナに捕らえら、数本の細い毒針がマリンゼの首に突きつけられた。
「ッッ! ダイアナっ」
「マリンゼ。この数カ月、あんたを殺すことばかり考えてたわ。」
「なんでッッ!」
「なんでって、あんたは魔王軍にとって脅威だからよ。でももっと早くに殺しておくべきだったわ。」
「何をいっているの?! どういう意味?!! 私たち、ずっと一緒に頑張ってきた仲間じゃん!」
「そうね。正直、私より弱かったあんたが、なんであっさりと騎士団に入団なんて出来たのか、不思議でたまらなかったわ。士師の後継者がなんだっていうの? 未だに魔法も使えない癖に。」
「……ダイアナ」
なぜダイアナに命を仲間に狙われなければならないのか。王都騎士団入団当初、他の騎士たちから馬鹿にされてきたマリンゼだったが、唯一優しく声をかけてくれたのがダイアナ・コペンヘルグだった。
血だらけのダイアナと今の言葉にショックを隠しきれないマリンゼの声が震える。何を聞きたいのか、はっきり聞くことができない。
一つ大きく息を吐き、冷静さを取り戻したオーウェンが、馬の死骸をある方向に向かって蹴り飛ばす。そして代弁するかのようにダイアナに言った。
「君、1年前にギルドで声をかけてきた時は地味だけど可愛い子だと目をかけていたのに。いつからそんなに派手になったんだったかな。もしかして、どこかの魔族と契約でもしたの?」
魔族と、契約……?!
自分とバモルヒークのように、ダイアナも魔族と契約を結んでいるのかとマリンゼが目を見開く。
「ええ。北の魔王軍幹部 ガクショウ様の奴隷になったの、私。」
「北……? でも君は確か、私のことを愛していたんじゃなかったっけ?」
「愛してますよ? 今だってオーウェン様のことは誰よりも愛しているわ。」
「それならなぜ魔族の奴隷なんかになったんだい?」
「あなたが決して私のものにもならないからよ。だから魔族と契約を交わし、マリンゼを殺した暁にはオーウェン様を私のものだけにしてくれると誓ってくださったの。」
そこで全てを理解したオーウェン。『なるほど』と自身の唇を指でなぞる。ただし、ある懸念についてはどう対処すべきか悩んでいた。
「つまり、その北の魔族に唆されたと。あるいは騙されたともいえるかもしれないね。」
「なんとでも言えばいいわ。ガクショウ様は私に誓ってくださったの。オーウェン様を必ず私に飼い殺される運命にしてやると。」
「せっかく君には沢山のプレゼントをしてきたというのに。私を『飼い殺す』だなんて、つれないな。」
「わかってるのよ。偉大な方の浄化魔法力が込められたトリートメントや香水を使って、私に正気を取り戻させようとしていたことも。」
「なんのことかなあ。」
「あら、惚けるつもり? オーウェン様がその方の犬であることも私が知らないとでも思って?」
オーウェンは話で気を引き、なんとかマリンゼ自身で抜け出すよう、マリンゼに目で合図を送っていたつもりだった。
しかしショックを未だ拭い切れないマリンゼは、呼吸を荒くするばかりで、オーウェンの合図になど気付きもしない。
さてどうしたものか。足元から枝の鎖を忍ばせたところで、すぐに気付かれマリンゼに毒針が刺されてしまうやもしれない。
となれば転移魔法でマリンゼだけ安全な場所に転移させるのが最善策といえるだろう。だが、
「転移魔法の詠唱一文字目を唱えた瞬間、こいつの命はないものと思って。愛しのオーウェン様。」
やはり。先程の攻撃を難なくかわされたのだから、詠唱時間を取るには無理がある。魔王軍幹部の奴隷とはこれほどまでの力なのか、と余裕そうに笑うオーウェン。
しかもダイアナ・コペンヘルグは人間。ただ魔族と奴隷契約を交わしているというだけで、オステッド王国の一般市民なのだ。本気で殺しにかかってしまっていいものなのか……。
そしてもう一つの懸念。なぜ彼女が契約している魔族が“北”なのかということ。隣国であるホースハイド帝国には現在、南の魔王軍が侵攻しつつある。
このタイミングで“北”の魔王軍が出てくるのは非常にまずい。腰に手を当てるオーウェンが、ある方向を見据えて話しかけた。
「君はどう思うバモルヒーク? 北の魔王軍について、何か知っていることはあるのかい?」
“バモルヒーク”という言葉に、マリンゼの意識が覚醒される。そうだ、バモルヒークは?!
すでに変身を解いていたバモルヒークが、馬の頭に喰らいつき口から大量の血を滴らせている。
ここにずっといたダイアナの正体がバモルヒークだと気付いたオーウェン。血が足りない魔族の民間療法として、生き物の血や肉を喰らうことで治癒ができる。そのためオーウェンは、咄嗟に馬の死骸をバモルヒークに向かって蹴ったのだ。
マリンゼが再び吐きそうな顔で顔面蒼白になる。アイツ、この非常時に真っ二つの馬食っとる……。しかも生で。
「さあな。だが俺の見解では、オステッド王国を挟み撃ちにしようと目論んだ南の魔王軍が、北の魔王軍に同盟を持ちかけ手を結んだ、といったところか。」
クツクツと笑いをこぼすダイアナが、「残念。」と目を細めた。
「同盟を持ちかけたのは北の魔王軍よ。北から誘ったの。そしたら南と戦争になりかけたんだけど、北の強さを見せつけたらOKしてくれたってわけ。」
「ほう。つまり、ダンジョン内に南のモンスターを遠隔転移させたのはお前の仕業だったというわけか。」
「そうよ。ガクショウ様から、いざという時は南の闇の奈落からモンスターを遠隔転移させればいいって教わったの。そうすれば北の侵攻には気付かれにくいでしょ?」
「奴隷の癖に遠隔転移魔法まで与えられたのか。」
「1度限りだけどね。そしたらちょうどバルトクライがホースハイドに視察中だっていうから。転移させたのは全部バルトクライのせいにできるじゃない? ねえオーウェン様♡」
『好き』だの『愛してる』だの言っておきながら、オーウェン様の罪にさせようとしていたなんて信じられない!
マリンゼが肩越しに豪語する。
「ダイアナ!! 愛してるならオーウェン様を全力で擁護しようとは思わなかったの?!」
「なぜ? オーウェン様が罪人になれば、この国から追放されて私のかわいいペットにできるのよ?」
「……そう。つまり、私の知ってる騎士のダイアナはもういないってことなのね……」
後ろで両腕を拘束されているマリンゼ。今にもへし折られそうなほどの力だ。このまま両腕の骨を犠牲にしてすり抜けようとすれば、一瞬でも隙を作ることが出来るかもしれない。
ようやくオーウェンの瞳に目配せをし、その覚悟を示唆した。
自分に毒針が刺さることは目に見えている。例えすり抜けられたとしても、すぐに刺されるだろう。
今は一瞬でも彼女の隙を作ることが肝心だ。オーウェン様に攻撃させるためにも、無理やりすり抜けようとするしかない。
マリンゼはダイアナに気付かれぬよう、歯を食いしばり、両足を踏みしめ、膝の力で両腕を引き抜こうとした。
――――刹那。
ダイアナが声にならない息で、「ッ……ハッ……」と喉奥から吐き捨てる。
なぜか、するりとマリンゼの拘束が解かれた。
振り返ればダイアナの心臓が、背後から一突きでバモルヒークの手に撃ち抜かれていた。
人間の慈悲深さをよく知るダイアナも、まさか人間である自分が殺されるはずはないと甘くみていたのだ。
「な……なぜ……、なぜ、殺した……」
「なぜって? 決まっている。俺は魔族だからだよ。人間を殺すことなど何も感じぬ。」
「……そ、それなら……。なぜ、おまえ……マリンゼと、契約など……」
「マリンゼ様は別格であられる。このお方を人間などと一緒にするな、薄汚い醜女が。」
ダイアナの心臓を、拳の力だけで潰したバモルヒーク。マリンゼの足元にダイアナが倒れる。
マリンゼは、何が起きたのか理解できず動けなかった。呼吸が短調に途切れる。足元に倒れるダイアナが何重にも重なってみえる。
唇が震える。しかし涙はなかなか出なかった。
そしてバモルヒークがマリンゼの手を引き、強く抱きしめる。ぎゅっと、我慢の限界だとでもいうように。
「マリンゼさまマリンゼさまマリンゼ様っっ!!! 醜女の殺気に気付けなかった俺の失態にございます!!! 常にマリンゼ様を想いそのお姿を脳で侍らせ片時もこの温もりを忘れまいと今日まで生きてきた俺の人生最大の失態にございます!!! どうか、どうか俺の尻を串刺しにしてその美しいお御足でこのダチョウより小さな脳を蹴り飛ばしてくださいませっ✗☆↶♧#◁#*&@っっ!!!!」
スーハースーハーと、ここぞとばかりにマリンゼの首元や胸元を嗅ぎ回るバモルヒーク。「あ、ぜひとも殴って下さい」と急に跪く。
しかしマリンゼはバモルヒークの冗談に付き合ってる余裕はなかった。
どうすることも出来ず、方針状態の中、マリンゼが両拳を握りしめる。
ずっとずっと共に頑張ってきたダイアナを、何一つ守ることが出来なかった。
背が高く、男性騎士たちから“巨人”とからかわれることが多かった。恥ずかしいからと、前髪で顔を隠し、容姿はできる限り地味にしていたが、ある時を境に派手になっていった。
それでも明るくなれたのは、きっとダイアナ自身、自信が持て始めた証拠だとマリンゼは微笑ましく思っていたのだ。
それにダイアナは嬉しそうにオーウェンからもらったトリートメントを使っていた。正気を取り戻させるための、癒しの力が込められたトリートメントだとわかっていながら使っていたことを思うと、少なからずダイアナにはまだ良心が残っていたのではないだろうか。
それを思い出し、ようやく目頭が熱くなる。
「……マリンゼ、今のバモルヒークの判断は決して間違ってはいない。私もその可能性を考えていた。ここでなんとしてでも彼女をせき止めなければならなかったのだから。」
「…………」
「非情に生きろとは言わない。でも南と北の魔王軍が手を組んだ今、非情にならざるを得ない時もあるのだよ。」
厳しい教訓を伝えるオーウェンが、何も言わないマリンゼの背後から、両胸を揉もうと企んだ。
その、数瞬のことであった。
力強い拳がオーウェンに向かって飛んできた。
「オーウェン様、ご教示いただきありがとうございます。」
マリンゼはこの世のものとは思えないほど冷めた目でオーウェンを見下した。




