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魔力は察知できなくとも変態は察知できる



ダイアナは、2人の騎士と共に王宮まで馬を走らせていた。


恐らくまだ30分以上はかかるだろう。なにせダンジョンは、王都の外れにある森林の中にある。そこから王宮へは馬でも1時間以上かかる。

 

そして魔道士オーウェンは、すでに王宮の大きな門の前に立っていた。きっと転移魔法で転移したのだろう。


門番の兵たちが突然の訪問に驚いている様子だ。しかもオーウェンは足元に魔法陣を描き、ダイアナの位置を探っているようにみえる。よほど今すぐダイアナに会わなければ気がすまないのだろう。


それを全て空から見ていたマリンゼとバモルヒーク。オーウエンにダイアナの居場所を探られる前に、さっさと変身してオーウェンに会いに行かなければならない。


一旦、王宮より離れた、身を潜められる木々の中に降り立つ2人。マリンゼが不安そうに、門の前で魔法陣を描くオーウェンを見つめた。


 

『……ねえ。オーウェン様は視察から速攻で戻って来るくらいダイアナに入れ込んでいるのよ? 変身なんかしてバレないの?』 

 

『俺がオウベルジュ宰相に変身していたことを思い出して下さい。近衛魔導師団だって騙せたのですよ?』


『でも昔のあんたは、魔王によって魔力を半減されてたんでしょ? 眼鏡を外せばとんでもない魔力量なんだからさすがに気付かれるんじゃない?!』



気付かれぬよう、テレパシーでやり取りしていた2人だったが、オーウェンがじっとこちらを見ている。もう気付かれてしまったのか。


マリンゼがしゃがみ込み、さらに身を隠すも、オーウェンは躊躇いなく声をかけてきた。



「そこにいるのは誰だい?」



オーウェンの凛とした声が響く。門番の衛兵たちが一斉に槍を構えた。


マリンゼが『まずいッ』と頭の中で叫べば、背中にふわりと風を感じる。


しゃがんだまま、ふと振り返れば、そこにはダイアナ・コペンヘルグが立っていた。


 

『もしかして、バモルヒークなの?!』

『はい。そうでございますマリンゼ様。』


 

目の前には、マリンゼのよく知るダイアナが立っている。耳の形も人間だし、ダイアナらしい豊満な身体は隊服の上からでもよくわかる。


そして契約の象徴だと思われる喉仏の三本線、複十字の紋章も消えていた。本物と全く見分けがつかない。唯一見分けられるとすれば、バモルヒークは変身していてもマリンゼとテレパシーが送り合えるということだ。しかしこれはマリンゼにしか見分けがつかない要素である。



『す、すごい……。びっくりだわ……。』


  

バモルヒークはいつも通り、マリンゼに妖艶な笑顔をみせた。艷やかな髪をなびかせるダイアナの顔で。


 

バモルヒークは、脳に刻んだダイアナのパーツを思い出していた。実はダイアナという人間の血肉に煽られるあまり、彼女の魔力量を読み取ることをうっかり忘れていたのだ。


それに彼女は、香水なのか、人工物の臭いにまみれ、あまりに臭すぎた。血肉を喰らうのを一旦躊躇うほど、臭いが酷かったことを思い出していた。


一瞬、バモルヒークの中に懸念が浮かぶ。しかしオーウェンの声ですぐに引き戻される。



「もしかして、ダイアナなのかい?」



オーウェンが木々の小枝をかき分け近づいてくる。


ダイアナに変身したバモルヒークが、木陰から顔を出しダイアナらしい笑顔を作ってみせた。


 

「あらヤッダーー♡ オーウェン様ったらすぐに私を見つけるだなんて、エッチ!」



バモルヒークが両手を頬に添え、片足を上げてウィンクする。キモいのを通り越してウザい。


ちょっとキャラの作りが頭悪そうな設定になっている。元々ダイアナは地味で大人しい性格。しかしある時を境に、女を意識し色気づいたのだ。とはいえさすがに過剰に女を出し過ぎではないだろうか?



「私は君の到着を待っていたんだよ。城に報告にいく前に、一旦話がしたい。」



オーウェンの瞳がゆっくり細まる。一瞬、茂みに身を潜めるマリンゼの方に向けられた気がした。でもすぐに向き直ると満面の笑みを携えた。



「えっとぉ、オーウェン様と、2人っきりで?」


「ああ、そうだよ。」


「わ、わたし、恥ずかしいなあウフフ……」



内股で親指を噛むバモルヒーク。あまりのむごさに見ていられなくなったマリンゼが白目をむく。


      

「私はすぐにでも君を抱きしめたかった。だから早く2人きりになれる場所に行きたい。」



オーウェンがバモルヒークの手首を引き、ぎゅっと抱きしめる。そして首筋を思う存分嗅がれた。 



「んなっっ」 


 

ずっと気を張っていた門番の衛兵らが、気まずそうに槍を下ろす。オーウェン様の女かセフレかは知らないが、今は邪魔をしてはいけない。衛兵らは門の方へと戻っていった。


 


バモルヒークが手を引かれてやってきたのは、王宮の門よりだいぶ離れた林の中だった。しかもかなり早歩きで。マリンゼは2人を見失わないようついていくのに必死だった。


オーウェン様は一体何をするつもりなのか。こんな雑木林でナニをナニさせる場面を見せられたらたまったもんじゃない。2人を切りつけてしまうやも。


見た目はダイアナ、中身はバモルヒーク。その真意は、観覧側の性癖を捻じ曲げようとしているのかもしれない。



「さてダイアナ。私が視察中、君は誰かさんと浮気などはしていないかな?」


 

柔和な笑顔でバモルヒークを見るオーウェンだが、マリンゼの胸中はドギマギしていた。思い当たる浮気など一つしかない。



「いえオーウェン様。私はオーウェン様一筋。身も心もオーウェン様のものです♡ うぇえへへへへへ♡♡♡」


「本当かな? 例えば、どこかのいけ好かない魔族とキスなんかはしていないってことでいいのかな?」


「もちろんざます! なんせ私はマリ……オーウェン様一筋でございますです!! ニャロメぃ!」



つい「マリンゼ様」と言おうとしてしまった。テレパシーで『ごらッ』とマリンゼに怒られて嬉しそうに破顔するバモルヒーク。


あきらかに不審者のようなダイアナだが、オーウェンは特に気に留めていないらしい。多分……。

   


「なるほど。君は決して本性を見せないというわけだね。」


「え?」


  

『本性』という言葉を聞いて、マリンゼの肩がビクリと上がる。やはり、さすがオステッド王国最強と謳われる魔道士。バモルヒークの変身に気付いているのだろう。徐々に顔を強張らせる。


さて、なんと言い逃れるべきか。バモルヒークの魔力を解放している今、その責務が問われるのは当然マリンゼだ。多分自分がこうして隠れていることも、とっくに気付かれているのだろう。


バモルヒークに、せめて遮断魔法でもかけてもらえば自分の気配くらいは消せたかもしれないのに!



「では、悪いけど君を捕らえさせてもらうよ」



オーウェンが左手を前に出し、詠唱する。

 

 

「石埃の唸りと領土の加護を我に与えたし ダストロアーマテリアル」  


 

マリンゼが心の中で叫ぶ。


『ヤバい、詠唱魔法!!』



刹那の如く、地面からいくつもの槍のような切っ先のある岩が突出し、バモルヒークの周りをあっという間に囲んでしまう。


詠唱魔法とは、魔法の技名だけを唱えるものではなく、言霊をのせた呪文を唱えることで魔力が最大限に引き出されるものだ。詠唱魔法を使用できるのは国の中でも片手におさまるほど。例えばマリンゼの父、アズベルも詠唱魔法を使う。



そして槍の岩からいくつも枝分かれしたような、無数のトゲが出現する。一気に何百本という岩のトゲがバモルヒークの身体に突き刺さったのだ。 

  

まさか、いきなり身体を貫くなんて思いもしなかった。やはりオーウェンは、今ここにいるダイアナがバモルヒークであると気付いているのだろう。     


  

もうどうしていいのかわからないマリンゼ。


バモルヒークの身体からは、東の魔王の象徴ともいえる真っ赤な血が流れ出ている。首も、腕も、胸も、腹も腰も足も……


こんなことで殺られるバモルヒークではないとわかっていながらも、マリンゼは咄嗟に身体が動いてしまっていた。


槍の岩に閉じ込められるバモルヒークの前に立ちふさがる。



「や、やめて下さいオーウェンさまっっ」



小さな身体で両手を広げれば、オーウェンが舌なめずりをして剣を抜いた。


マリンゼの語尾と共に鞘から抜かれた剣が、マリンゼの右肩、そして左肩を通過する。マリンゼの喉が引きつる。



「ほほう。格好のチャンスだというのに。なぜ今マリンゼの背中を貫かなかったのかな、君。」


「……は?」



オーウェンは一体何を言っているのか。マリンゼの額から一筋の汗が伝う。


いやそれよりも、マリンゼの背後からは右肩を通過して剣を突きつけるバモルヒーク。そして前からはマリンゼの左肩すれすれを通過し、バモルヒークに剣を突きつけるオーウェン。両者に挟まれ、自分の肩越しに剣を突きつけ合っている。


マリンゼはガチガチと歯と身体を震わせた。今の剣さばきは気配すら感じなかったのだ。



「はてさてオーウェン様、何をおっしゃいますやら。友人である私がマリンゼを殺す理由がどこにあると?」


  

マリンゼがしゃしゃり出てても、ダイアナの演技を続けるバモルヒーク。さすが、目的であるオーウェンの本心を探ることを忘れてはいない。


 

「私が何も知らないとでも? 例えば、ダンジョンで君がやたら土魔法に頼ってダンジョン内の階層を崩そうとしたこととか、」


「はい?」


「ずっとマリンゼを殺すタイミングを伺っていたこととか。」


「……ええと。それは、つまり。私がマリンゼを殺そうとしているとでも??」


「背後からマリンゼに毒針のようなものを刺そうとしていたよね? ダイアナ・コペンヘルグ。いや、魔王軍の手先とでも呼んだ方がいいかな。」


「…………」

 

 

血だらけのバモルヒークが、「ああ、」と納得したように目を見開く。


ダイアナにキスした時の微かな違和感。あれは、自分と同じ生き物の臭いだ。


食欲を萎えさせるあの臭い。人間特有の香水で臭いを誤魔化していたのかもしれない。あの時は眼鏡をしていたから気付かなかった。



「ど、どういうことですか、オーウェン様!」


「マリンゼ。君は少し警戒心を磨くべきだ。君に愛を囁く魔族ばかりに少々囚われすぎてやしないか?」


「は、はああ?!」


「さてダイアナ、君が一体どこの魔王軍の手先なのかお教え願おうか。」


 

オーウェンが威圧的な声で言い放つ。

 

一体オーウェン様は何が言いたいの?! 未だに理解不能だと言いたげなマリンゼ。


そっと剣をしまうバモルヒークが、マリンゼの頭の中にテレパシーを送った。



『つまり、ダイアナ・コペンヘルグは王都騎士団の騎士ではなく、魔王軍の手先だった、ということでしょう。』 

 

『なっ、……って、ええ?!』


『俺にもなぜオーウェンがそうだと決めつけるのかはわかりませんが、やはりオーウェンは監視魔法を使っていたように思います。ダンジョン内の行動も的確に把握しているようですし、』

   

『それはダイアナに、歪んだ愛情があるからとかじゃなくて?!』


『妄想に浸りすぎですマリンゼ様。本当に“監視”だったのですよ。恐らくオーウェンは、だいぶ前からダイアナの行動に目をつけていたのでは? だから時折2人で落ち合っていたのかと。』


『…………』



嘘だ……。だって、ダイアナは私と同期。いつも一緒に成長してきた大事な友達だ。


それなのに、まさか魔王軍の手先なんてにわかに信じがたい。


そういえば……。ふと、キマエナガのスカッシュの言葉を思い出す。父上が、よからぬ魔力を感じ取ったと言っていたことを。

 

『アズベル様が感じ取ったのは昨日でッシュ。底しれぬ魔力を王都方面から感じ取ったと言っていたでッシュ。』

 

確かにあの日の前日、第一部隊と第二部隊の女性隊員は王都近くの訓練用フィールドで合同訓練を行っていた。


もし父上がダイアナのことを言っていたとしたら、やっぱり父上は凄い人間だと思う。


それなのに、自分は魔法が使えないどころか、魔力を感じることさえできないなんて……


マリンゼが拳を固く握りしめる。



「来い、マリンゼ。」


 

何かよからぬ魂胆があるのではと、オーウェンがすかさずマリンゼの手を引き片腕に抱き寄せる。


そしてマリンゼの震えを抑えようと、彼女の腕をさすった。彼女の頬の匂いを嗅いだ。彼女の首筋をなぞった。


一瞬、オーウェンが勢いのあまりマリンゼの胸に触れそうになったが、マリンゼはゾッと気配を察知し、オーウェンの足を踏んだ。オーウェンは笑顔で「マリンゼのシャワーシーンはなかなか良かったよ」と囁いた。え? いつから監視してたの??


魔力は感じられなくとも、ゾッとするおぞましさは感じ取れた。 


 

さて、いつの間にこのダイアナは岩の檻から出ていたのか。全身岩に刺され、内蔵まで穴が空いているだろうになぜかピンピンしている。それどころかさっきは剣まで抜いて自分に突きつけていた。


 

「やはり魔族は、脳を貫かないと殺せないな。」  

 


全身から血を流すバモルヒークに治癒の能力はない。さすがに血を流しすぎではないかと、マリンゼが心配そうにバモルヒークを見る。


しかしダイアナの姿となっているバモルヒークの胸中は、沸々と煮えたぎっていた。


  

俺の、大事な大事なマリンゼ様に触れるとはいい度胸だこのドグサレ魔道士が。マリンゼ様に足を踏まれるだと?! ふざけるなよこの“うつけ”め。


内臓をえぐり出して全身切り裂いてやろう。



バモルヒークの瞳が赤く染まり、地面の砂利が静かに浮き始める。


殺気を感じ取ったオーウェンが、「おお怖い」と冷静に詠唱魔法を唱えようとした。


 

そしてもうこの際、本当のことを話そうとマリンゼが2人を止めようとした時だった。


 

「ぎゃぁぁぁぁぁああ」

「うわあぁぁぁっぁぁああ」



王宮の方から断末魔が聞こえた。

   

  

 

  


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