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勇者の本懐


フォルトナ・ユリエフ 25才。187cmの長身、鍛えられた逆三角形の身体。


好きなものは小さいくてかわいいもの。嫌いなものはピーマン。魔王を討伐した勇者である。



バモルヒークの眼鏡が外された瞬間、勇者フォルトナの心臓に痛みが走った。


ドクンッと心臓をつかまれるような衝動。フィールド内で、ロック鳥の身体を3匹同時に切り倒した時だった。



「(っッッ!! なんだ?!!)」


  

7年前、投獄されたはずのバモルヒークがなぜここにいるのか? それよりこの唐突な痛みはなんなのか?!


色々疑問が浮かぶなか、フォルトナの額に冷や汗が流れ始める。寒い、苦しい。うまく呼吸できない。

 

後ろからきたロック鳥を気力だけでなぎ払う。立っていられないほどの痛みと苦しみに打ち震え、膝をついた。



「な、なんだあれはッ!」


 

空を見上げれば、闇色と化した雲の切れ間から、無数の細い竜巻が出現した。


後ろからグリフォンの鋭い爪がフォルトナを狙う。振り返りざまに剣を振るえばまるで手応えがない。


グリフォンが竜巻に呑まれていく。



「さあさあ人間ども!! 今この瞬間よりオステッド王国はマリンゼ・ドヌング様の支配下となる!! 平伏すがいいっ!!! 地面を舐めるようにな!!!」」 


  

どこからかバモルヒークの高笑いが聞こえる。意識が遠のいていく。  


フォルトナは気を失った。


夢現のなか、魔王討伐時のことを思い出す。


魔王のアジトである東の火山麓に、赤橙の細いマグマがいくつも流れていた。死んだ兵たちがマグマに呑まれていくなか、バルトクライ5人は、最後の討伐に敢闘していた。


聖魔道士は何度も彼らにヒールを発動したため、すでに魔力は残っていない。


上級魔族をギリギリの状態で倒し、計画通り、魔王イースの討伐にかかる。 


オーウェンが魔王イースを重力魔法で全身に重力をかけ、キリルが首に無数の矢を突き刺し、ベネディクトが大剣で背中から心臓を突き刺す。


その隙にヒビアンが2本の毒針を魔王の両目に突き刺した。


一気に皆が魔王から退けば、オーウェンが最後の力を振り絞り、最大出力の引力魔法を魔王の頭の上に発動させた。


上からの引力魔法、下からの重力魔法により、魔王の身体が引き裂かれそうほどの重圧にかけられる。


『この魔王イースをただで殺せると思うなよ、フォルトナ・ユリエフ!!!!』

 


魔王イースとフォルトナの瞳がマグマ色の戦場を映すなか、互いの瞳孔が見開く。

  

その瞬間を狙い、フォルトナが長剣で魔王の肢体を切り裂いた。


だがそれと同時に、魔王の右手がフォルトナに背中に張り付いたのだ。



『貴様の心臓が刻一刻と蝕まれることを忘れるな』



叫び声じゃない。まるでフォルトナの耳元でささやくような声だった。魔王の怨念が込められたとでもいうのか。 


魔王の右手も肢体からも黒炎が燃え上がり消滅していく。


あの時のことを忘れてはいない。でもこれまで、その兆しは一切みられなかったため特に気にしてはいなかったのだ。


 

「(まさか、あの時の魔王の怨念が、今になって身体に現れ始めている?)」 




 

バトルフィールドでの試合から数週間。


その日、魔物討伐に貢献したバルトクライ5名も褒賞を与えられたのだが。なぜか“沼花の粒子”散布事件について、バルトクライは大臣から事情徴収を受ける形になっていた。


評議室から出てきた彼らは憤慨していた。特にオーウェンが、魔道士だからという理由だけで犯人扱いされているのが気に喰わない。


城内で悪態を吐きたい衝動をおさえ、ギルド集会所のレストランにて怒りをあらわにする。



「どういうことだよ?! 俺らは魔王軍を倒した勇者パーティーだってのに!! 7年前の功績がこうも薄れるもんか!?」 


 

ビールジョッキを乱暴に置くベネディクトがまくし立てる。

 


「大体なあ!! オーウェンはいの一番に王を守りにいったんだぞ?! なにが『空間魔法で隠し持ってたんじゃないのか?』だよ! そもそも大臣はあの場にいなかったってのに!」


「まあまあ。僕に文句の一つも言いたくなるのは仕方ないでしょ。実際転移魔法を発動するのに時間がかかったわけだし、父上のシールドだって魔物に破られちゃったんだから。」


 

オーウェン・フェルトフーゼンの父親とは、シールド魔法のプロとして魔物の住む“腐海の森”から国を守っているバスティ・フェルトフーゼンのことである。


 

「お前なあ! なんでそんな冷静なんだよ? 疑われてるんだぞ?」

   

「そりゃ評議室ではキレかけたよ? でも僕とマリンゼの試合で粒子が散布されたんじゃあ、魔道士である僕に疑いの目がかけられるは当然じゃない?」



女性店員に微笑みながら言うオーウェンを見て、ヒビアンとキリルがあきれ顔をみせる。


しかしフォルトナは、冷静なオーウェンの意向を汲んでいた。無実の人間が騒いだところで、きっと火に油を注ぐだけなのだ。



「オーウェンには動機がない。それに冤罪をかけられるような動機だってない。……いや、女の恨みを買うのは得意かもしれないが。」


「私はたくさ〜んの女性たちと関係を持っても、後腐れなく終えるタイプだよ?」


「修羅場は?」


「…………2、いや30回は経験した。」  


「腐りすぎだろう。」 


  

ビールにもつまみにも手を付けていないフォルトナが、じっとビールの中の泡を見つめる。       


ローレンツェ王子から褒賞を渡された後、近衛副団長ら監視の元、内務大臣より事情徴収を受けた彼ら。


しかし帰り際にローレンツェ王子に引き止められたフォルトナは、王子からある事実を聞いた。



『マリンゼがオーウェンの無実の罪を晴らそうと躍起になっているよ。さすが、ドヌング家とフェルトフーゼン家の絆は深いものだね。』



辺境地伯爵の家柄であるドヌング家とフェルトフーゼン家。どちらも“腐海の森”から国を守る王命を授かっている。屋敷は馬で10分ほどの距離にあり、フォルトナもだが、マリンゼとオーウェンは6才離れている。小さい頃から親しかったという話は特に聞いていない。


王都学園でも通学時期は被っていないし、2人の接点がどこにあるかわからない。

 


「(なぜマリンゼはオーウェンの疑いを晴らすなどと言った? オーウェンになにかしら特別な感情があるということなのか?!)』



フォルトナはずっとマリンゼの発言を気にしていた。大事な仲間であるオーウェンが疑われていというのに、違うところでイライラしていた。


そんなフォルトナとマリンゼも大した接点はない。



「そういえばフォルトナ、マリンゼの士師の力を発動させた褒賞として、フレイア王妃から爵位を授爵されたって聞いたけど、また断ったの?」


 

野菜スティックをつまむヒビアンが、フォルトナに言った。


 

「ああ。」


「魔王討伐の時も授爵されたのに断って、それでもまた断るなんて!」


「魔王討伐の時はオステッド王より授爵の意を賜ったが、今回はフレイア王妃からだ。」


「王と王妃の別々から授爵? なにその別居夫婦みたいなやり方。」


「俺はもう貴族に戻る気はない。派閥争いや権力争いに参戦するより、平民として気楽に暮らしていたほうがマシだ。」


「そりゃあ勇者なんだから。もう爵位に囚われる必要もないわよね。次期近衛騎士団長だって噂されてるけど、それも断るつもりなんでしょ?」


「ああ。ヒビアン、お前がやればいいじゃないか。」


「私はダメよ。化粧品の研究に勤しみたいし。ちなみにマリンゼが次期近衛騎士副団長って言われてるらしいじゃない?」


「……は? そうなのか?」



近衛騎士や魔道士の嫁ともつながりのあるヒビアンの情報網は侮れない。


もしマリンゼが副団長をやるなら団長をやってもいい。マリンゼが、副団長? 爵位も自動的に授爵することにはなるだろうが、いっそ公爵同士になり夫婦になるという道も悪くない。


いやいや、なにを考えてるんだ俺。と温くなったビールを飲み干し、新妻のマリンゼが自分を迎え入れている妄想をかき消すフォルトナ。


しかしその妄想が現実かのように、マリンゼの声が響いた。


 

「誰があんたなんか『お帰りなさい♡』なんて言って迎え入れるもんですか!!」



ギクリ、と肝を冷やすフォルトナが、“クエスト受注カウンター”の方に目を向ける。


するとそこには、マリンゼとバモルヒークがいた。2人とも王都騎士団の制服を着ている。顔をしかめた。 



「なぜですマリンゼ様? 俺はれっきとした王都騎士団第一部隊所属の団員ですよ? 宿舎では濃密な時間を過ごすのが主と奴隷のあり方でございます♡」


「受付のお姉さん!! ギルド宿舎に空いている部屋はないんですか?! お金ならいくらでも払います!」



クエスト受注カウンターの受付嬢が、資料を見て空き部屋を確認する。


 

「ええと、最上階の角部屋でしたら――――!!」


 

受付嬢が、バモルヒークの耳を見て、あわあわと青ざめていく。資料を落とし、あわてて頭を下げた。



「す、すみません!! ただいま当宿舎は満室でして!!」


「ええ?! 今角部屋が空いてるって、」     

  

「申し訳ありません! どうかお引き取り下さい!」


 

マリンゼの顔が引きつり、バモルヒークが満面の笑みで耳をピクピクと動かした。


 

評議室で協議をした後、バモルヒークは王と王妃の謁見にあずかり、オステッド王国騎士としての称号を得ていたのだ。


元魔族の騎士など前代未聞だ。 


バモルヒークは王妃より刀礼の儀に授かり、叙任式を滞りなく終えた。マリンゼはその場に居合わせることはなかったが、バモルヒークは大人しく受け入れたのだ。


なぜかといえば、王都騎士団に所属すれば、マリンゼと同じ宿舎で暮らすことができるから。



「なんでなんで?! 嫌だ! バモルヒークと同じ宿舎で暮らすなんて!!」

 

「騎士団第一部隊 眼鏡を取り外す剣士ともあろうマリンゼ様が何をおっしゃいますやら。俺が毎日マリンゼ様のお御足を洗い、時には足の指までしゃぶりつくして差し上げますよ?」


「それが嫌だって言ってるの!! 嘘でしょ〜?! 信じられないわよ同じ宿舎なんて!!」


  

あぁぁぁああ〜〜〜と頭を抱え、しゃがみ込むマリンゼ。


しかしギルドにいる人々は、マリンゼよりもバモルヒークを奇怪な目で見ていた。


魔族の象徴ともいえる尖った耳。誰もが彼こそ魔王軍の元幹部だということに気付く。ギルドにはすでに、元魔族が騎士団に入隊したとの情報が入っていたのだ。


まさか今日ここに現れるなど夢にも思わなかったと、受付嬢はガクガクと身体を震わせた。


 

「マリンゼ・ドヌング。」


「!! フォルトナ様?!」


  

騎士であるマリンゼが、この魔物討伐ギルドの集会所に足を踏み入れるのは珍しいことだった。なぜなら騎士は騎士団としての収入源があるため、クエストが受注できないことになっているからだ。


フォルトナがバモルヒークをさめざめと見る。

 

 

「その隊服……。貴様、本当に王都騎士団に入団したのだな。」


「これはこれは。勇者フォルトナではないか。ここであったが運の尽き、俺に右目をえぐられる覚悟はよろしいかな?」


    

バモルヒークが片手で指の関節をゴキゴキと鳴らす。周りの人々が一斉に2人から距離を取り、なかには外へ逃げる者もいた。

   

   

「バモルヒーク、受注しに来た人たちに迷惑がかかるから挑発はやめなさい。それと、フォルトナ様に失礼な言動は控えるように。」


「マリンゼ様、ああ愛しき我が主。(好きです♡)御心のままに。(愛してます♡)」


「(意味のないテレパシーやめて。虫酸が走る。)」

  

  

バモルヒークが片手を胸に添え、お辞儀をする。


 

「この度、王都騎士団第一部隊の配属されました、バモルヒーク・アブソーブにございます。勇者フォルトナ。あなたと剣を交えたのが懐かしいですね。」


「貴様との思い出に浸る気はない。」



フォルトナがマリンゼに目を向ける。


マリンゼは、その鋭い眼光に身を縮こまらせた。


      

「おい、協議会でオーウェンの罪の疑いを晴らすなどと言ったそうだな?」


「は、はい……! そうです。確かに言いました。」

  

「お前が国家レベルの問題を解決できるとでも思うのか? 無駄なことをすればそれこそオーウェンが冤罪にかけられ投獄される可能性だってあるんだぞ。」


「……あ……」


「我々バルトクライの問題に首をつっこんでくるな。迷惑だ。」


「………す、すみま、せん。」


 

マリンゼがぎゅっと隊服の裾をつかみ、うつむく。


確かに、協議では余計なことを申し出てしまったかもしれない。あの時は、バモルヒークが疑われて本当にカッとなって出てしまった言葉なのだ。


あの場で文句を言えない代わりに、自分から犯人探しをするとしか言えなかったのだ。


    

悲しげな表情を浮かべるマリンゼ。バモルヒークが粘着質な気持ちの悪い声色で話かける。


  

「マリンゼ様。もう彼らと話すことなど何もございません。帰りましょう。俺が腕によりをかけ、マリンゼ様の汗水染み込んだタイツのトマト煮込みを作って差し上げましょう。」



マリンゼが思い切りバモルヒークの尻を蹴った。


 

「オオフウフゥッゥウ!!!♡♡♡」

 

  

歓喜の雄叫びと共に、マリンゼが集会所を出ていく。バモルヒークがフォルトナを見て薄ら笑いを浮かべた。



「お前がマリンゼ様に話しかける権利などない。主の心を沈ませることしかできないこの世の害悪め。」 


 

バモルヒークが「マリンジェしゃまぁ〜」とマリンゼを追いかけて出ていった。


残されたフォルトナは、心の中で一人、絶叫していた。



「(やってしまった!! ついキツイことを言ってしまった〜〜〜〜!! だがしょげた顔も死ぬほどかわいいなマリンゼ!!!!)」 



今日も激しくこじらせていた。 


  

     


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