どこまでが嘘で、どこからが本気なの?
「ねえねえ、僕さ。
こんなこと言うの、あんまりないんだけどさ」
心愛くんが、ふいに声のトーンを落とす。
あの無邪気な笑顔の奥に、ほんの少しだけ真剣さが混ざったような響きだった。
「すーちゃんのこと、気に入っちゃったから……
僕を選んでくれたら嬉しいな」
そして、少し間を置いてから――
「LINE、交換しようよ?」
え……ライン交換?
一瞬、頭が追いつかなかった。
ただのおしゃべりだけで終わると思っていたこの時間の先に、まさか“連絡先交換”があるなんて。
どうやら、初回の来店では“気に入ったホストを一人選ぶ”システムがあるらしい。
そのとき、心愛くんを選んだらLINEを交換できるという。
「僕ね、あんまりLINE交換しないんだよね〜」
そう言って、心愛くんは少しだけ首を傾けた。
その直後――
彼は、すっと顔を寄せてきて、私の耳元に息がかかるほどの距離で囁いた。
「気に入った子だけ、特別だよ」
一瞬、鼓膜が痺れるような感覚に襲われた。
限界だった。こらえきれずに、私は「うう〜っ」と声にならない声を漏らして、顔を両手で覆ってしまった。
視界を遮っているはずなのに、顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
頬だけじゃない。耳の奥まで、火がついたみたいに熱い。
「ふふ……ほんとに可愛い」
その声に思わず目だけを覗かせると、彼は照れたように視線をそらしていた。
頬に、ほんのり赤みが差しているのが見える。
「やべっ……本気になりそう」
その言葉に、胸の奥で何かが“ぎゅっ”と音を立てた。
ホストって、すごい――。
私はただ、心の中でそうつぶやいた。
これも、演技なのかもしれない。
でも、なんだろう……まるでそれが“嘘じゃない”ように感じてしまう。
この「可愛い」は、リップサービス?
でもトーンが軽くない。どこか本気にも聞こえてしまう。
いや、違う違う。私は自分に言い聞かせる。
ホストは仕事でやってるんだ。
“色恋”ってやつ。甘い言葉で心を溶かして、また来てもらうための営業トーク。
私みたいな地味で取り柄のない女を、こんなイケメンが本気で「可愛い」なんて思うはずがない。
こんなリップサービスにまんまと照れて、ドキドキして……
――私ってほんとに、ちょろい。
これが、いわゆる“色恋営業”ってやつなんだろう。
きっと、私が彼のことを気に入ってるのを見抜いて、全力で応えてくれているだけ。
“指名”してもらうための戦略。それだけ。……そう、きっと。
そう思い直そうとしていた、その時。
「ねえねえ」
不意に視線を感じて顔を向けると、心愛くんがじっと私の顔を見ていた。
「メイク、すごく可愛い」
また心臓が跳ねる。
反射的に目を逸らしながら、なんとか返す。
「え……そうかな……?」
「うん。ねえ、もしよかったらなんだけどさ――」
彼は少し声を潜めるようにして言った。
「もうすぐ、制服イベントがあってね。僕、その日、女装するんだ」
「当日……メイク、してくれない?」
「えっ!?」
あまりに予想外の言葉に、思わず大きな声が出てしまった。
今のって、どういう意味?
ホストイベントの一環? お店の中の話?
それとも――プライベートの約束……?
どこまでが“仕事”で、どこからが“本気”なのか。
私にはもう、境界線がまったく見えなかった。
胸の中がざわざわしてくる。
ときめき、疑い、戸惑い、そして――期待。
自分でも信じたくないほど、その“誘い”に心が揺れてしまっている。