私、いま、ちゃんと楽しめてる
「この人……心愛くんで」
私は写真をそっと指差して、ユウトに小声で伝えた。
ユウトはすぐに反応して、にこっと笑う。
「りょーかいだよ〜ん」
そう言って、またあの拙い字で、メモに名前を書き始めた。
あとの三人は、ゆりちゃんに任せることにした。
「すーちゃんにはこの人がいいかも〜」と口にしながら選んでくれたが、覗いた瞬間にピンときた。
――いや、それ完全にゆりちゃんの好みでしょ。
並べられたカードには、金髪、銀髪、腕にタトゥーが入った強面のホストたちの写真。
いかにも“やんちゃ系”で、どこか威圧感さえある。
私は絶対に選ばないようなタイプだったけれど、ゆりちゃんの楽しそうな顔を見て、もうそれでいいか、と思えてしまった。
どうやら“初回”というのは、店にいるほとんどのホストが順に席へ来てくれるシステムらしい。
ただ、その中でも自分で選んだ四人は、特別に少しだけ長く話せるとのことだった。
最初に現れたのは、まだ見た目が柔らかめで話しやすそうなホストだった。
とはいえ、口調や表情はどこかチャラチャラしていて、緊張が完全に解けるには少し時間がかかりそう。
けれど、驚いたのはそこからだった。
次々とホストたちが入れ替わり立ち替わりやってくる。
ひとりが去れば、すぐに次の誰かがやってきて、目が回るほどテンポが早い。
それなのに、誰ひとりとして雑ではない。
みんながちゃんと私の目を見て、笑顔で、丁寧に話しかけてくれる。
そして、思っていた以上に――近い。
距離が。
視線が。
心の踏み込み方が。
私は普段、ほとんど家の中で過ごしている。
パソコンを相手に仕事をし、人と会話するのはコンビニのレジくらい。
だから、若い男性たちがこんなにも自然に、言葉をかけてくれることが新鮮で、戸惑いながらも嬉しかった。
ウーロン茶を口に運び、グラスを置いたとき。
つっと流れた水滴に気づいたホストが、さりげなくおしぼりで拭いてくれる。
その仕草がとても自然で――
私は驚いた。
一流ホテルのラウンジでも、こんな気遣いはされたことがない。
ホストって、ただチャラチャラ話すだけじゃなかったんだ……。
接客のあり方が、想像を遥かに超えていた。
少しずつ体の緊張がほどけていく。
ずっと張っていた肩の力が抜けていく感覚。
笑うことに、こんなに集中したのはいつぶりだろう。
みんなフレンドリーで、よくしゃべる。
初対面なのに、まるで昔からの友達みたいに距離が近い。
けれど、不思議と嫌じゃない。
怖い、と思っていたこの場所が、少しずつ楽しいと感じられるようになっていた。
私は今、ちゃんと“楽しめてる”。
まさか、ホストクラブで――。
自分でも信じられなかったけれど、気づけば自然に笑っていた。