あなたの沈黙が、答えなんだね
気づけば、私は猛烈な勢いでスマホの画面に文字を打ち込んでいた。
感情が先に走って、思考がそれを止める暇もない。
「お金恵んでとかはじめて言われたわ」
一瞬の静寂。
すぐさま、着信音のように鳴り響いた通知音。
その速さが、逆に私の神経を逆撫でした。
「ごめん!他に頼れる人がいなくてさ」
は?
まるで、こっちの怒りをまったく想像できていないような軽さだった。
思わず、スマホを睨みつけた。
――他に頼れる人がいない?
いやいやいや、ちょっと待って。
あんた、この前言ってたよね。
「友達多いねん」って。
名前だって何人も出してたじゃない。
なんで、最近知り合ったばかりの私に?
たった数回のやりとりで、どうしてそんな重たいお願いを平気でできるの?
私の指が再び動く。
「親に頼れないの?」
すると、またすぐに返事が返ってきた。
「俺な、両親がどっちも病死してるねん。
おばあちゃんにずっと育てられてきたけど、今は縁切ってる。
頼れる人いないねん」
その言葉を目で追ったとき、胸の奥がひやりと冷えた。
……どこかで聞いたことのあるような話だった。
孤独で不幸な生い立ち。
よく作られる“同情されやすい”物語。
一瞬、迷いそうになる心があった。
でもすぐに、それが理性によって押し返された。
――本当にそうだったとしても。
だったらなおさら、他人に軽々しくお金を頼むことが、どれだけ信用を損なうか分かっていないのか?
怒りがじわじわと込み上げてきた。
言葉にしなければ気が済まなかった。
「女の子によくお金貸してとか言えるな!
そのプライドのなさが許せないわ。
二度と言うな」
打ち込んだあと、指先がかすかに震えていた。
怒りが、震えに変わっていた。
返事は早かった。
「ほんまごめん。もう二度と言いません。」
謝罪の言葉。
でも、それで済む話じゃなかった。
私の中の何かが、もう限界を迎えていた。
「反省しろ!ほんとに無理。
お金恵んでとか言う男、無理」
その言葉は、自分でも少し驚くほど鋭かった。
でも、それだけ傷ついていたんだと気づいた。
すぐにまた、彼からのメッセージが届いた。
「ごめんな…でも本当に頼れる人がいなくて。
今マイナンバー止めてもらった」
財布をなくしたと、本気でアピールしてくる。
もはや悲劇の主人公を演じているようにさえ思えるその文面に、呆れと疲労が押し寄せてくる。
「まじかこいつ……」
唇の奥から、自然と呟きが漏れた。
言葉にならない思いが胸に溜まって、苦しくてたまらなかった。
スマホをベッドの上に放り投げる。
そして、気づいたときには、もう涙があふれていた。
ぽたぽたと、布団に落ちる音がした。
悔しくて、情けなくて、自分がバカみたいで、どうしようもなかった。
信じたかった。
だけど、信じようとすればするほど、踏みにじられていく。
真夜中の甘い言葉は、やっぱり幻想だったのか。
それとも、信じた私がただの夢見がちだったのか。
問いの答えは出ないまま、私はただ、顔を伏せて泣いた。
スマホの画面だけが、天井の明かりを映して、虚しく光っていた。
それからというもの、彼からの返信は目に見えて遅くなり、
短く、そっけないものへと変わっていった。
「うん」「そやね」「了解」
まるで何かを避けるように、言葉数も減っていった。
そして、あんなに頻繁だった電話は、一切かかってこなくなった。
夜の甘い声も、酔った勢いの「好き」も、
今ではまるで幻だったかのように、すっかり姿を消していた。
沈黙だけが、彼の本音を物語っているようで、
私はスマホの画面を見つめるたび、ひとつ、またひとつ、期待を手放していった。