プロローグ
「ねえ、ホスト行かん?」
そんな唐突な誘いが、久しぶりに連絡をくれた中学時代の友人から届いた。
長らく疎遠だった彼女からのメッセージに、最初は戸惑いしかなかった。
ホスト――。
興味がなかったと言えば嘘になる。
TikTokで流れてくるホストの動画を、どこか異国の文化でも見るような気持ちで眺めていた。
でも、どこか怖い世界だった。
色恋や金銭、駆け引き、欲望、嫉妬、依存……
人の“弱さ”が露呈する場所という印象があったからだ。
あんな場所、一生縁がないと思っていた。
いや、むしろ自分とは相容れない世界だとさえ思っていた。
私は真面目で誠実な人が好きだ。
チャラチャラしたノリや、言葉巧みに距離を詰めてくるようなタイプは、苦手だ。
ホストなんて、絶対にハマるわけがないし、楽しいはずがない。
だから最初の返事は、
「え、絶対にいや」
だった。
けれど、彼女から返ってきた一言に、心が揺れた。
「でもさ、人生経験として、一度だけ行ってみない?」
――人生経験。
その言葉に、どこか惹かれてしまった。
たしかに、一度くらいなら。
自分の知らない世界を、少しだけ覗いてみるのも悪くないかもしれない。
そう思って、私は「うん」と返信してしまった。
まさかそれが、
私の平和な日常を静かに崩し始める一歩になるとは、
そのときの私はまだ、知る由もなかった。