表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『また来たわ、悪役令嬢 ~修道院は今日もにぎやかです~』  作者: 榊シロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/13

第九章「演技派悪役令嬢の婚約者」


 セドリック・アルヴァインは、まじめ一筋の男だった。


 規律正しく、貴族としての誇りを重んじ、決して冗談を言わない。

 そして――とても、融通が利かなかった。


 ある日、偶然。

 親交のあった男爵令嬢に囁かれたのだ。


「その……サンブランシュ嬢を、本当に奥方にされるのですか?」

「……どういう意味だ」

「実は先日の舞踏会で、彼女がちょっと……いえ、申し訳ございません。わたしの口からは」


 令嬢は、意味深な言葉を言って去ろうとした。

 気になって追いすがると、言いにくそうな表情で、ぽつぽつと教えてくれた。


 彼女が、仕事を優先して参加しなかったセドリックのことを「甲斐性無し」だと「未来の奥方を放置するロクデナシ」だと言っていた、と。


 いつも、演技しているような大げさなリアクションと、わざとらしい笑顔を浮かべていたレティシア。


 やはりアレは演技だったのだ。

 セドリックのことを、内心小馬鹿にしていたのだ、と思い込んでしまった。


 キチンと話をすればよかった。

 彼女の言い分も確認すればよかった。


 しかしセドリックは「侮辱された」と思い込んで、彼女に冷たく言い放った。


「うかつで軽率な君を、妻にすることなんてできない。残念だが、婚約を解消しよう」


 そして、彼女は修道院に送られた。




 それから数か月後、セドリックはとある孤児院へと向かっていた。


 アルヴァイン家の代表として、慰問のためだ。


 あくまで形式的なもの。

 顔を見せて、差し入れとして持参した菓子箱を配れば終わる、簡単な仕事。


 ――それだけの、はずだった。




「はーい! 皆さま、今日も紙芝居のお時間ですわよ!!」


 孤児院、中庭の一角。


 簡素なテーブルの前に、たくさんの小さな子どもたちがワクワクと並んで座っていた。


 そして、大きな声と共に登場したのは――レティシア・サンブランシュだった。


 ぜひ、子どもたちの様子を見ていってください。

 そう言って孤児院の担当に案内されたセドリックは、息が止まった。


「では、始めますわ! それでは、むかしむかしあるところに――」


 子どもたちへ向ける、優しいまなざし。

 登場人物になりきっている、その表情豊かな声色。


「”いいかい、十二時の鐘が鳴る前に帰ってくるんだよ”」

「”ああ! ガラスの靴が脱げてしまったわ!”」

「”愛しい姫……あなたはいったい、どこの誰なのでしょう”」


 子どもたちはお姫様の物語に、夢中になって聞き入っている。


 レティシアは全力で演技し、語り、輝いていた。


 物語が終わっても、しばらく動けなかった。


 演劇が好きなのは知っていた。でも、彼女に誘われても、くだらないと一度も共に行ったことはなかった。


 まるで仮面のようだと思っていた、演技っぽい仕草。

 でも、本当の演技をしている時の彼女は、こんなにも輝いている。


「彼女、紙芝居がお上手ですよね。以前は貴族令嬢だったそうですよ。なんでも婚約者に見放されて、修道女となったのだとか……あんなにステキな女性なのに手放すなんて……いったい、どんなお相手だったのでしょうね」


 隣にいた孤児院の担当者が、悪意なく言った。


 セドリックは、目を逸らした。

 胸の奥が、ズキンと痛んだ。





「えっ……セド……いえ、アルヴァイン様!?」


 レティシアが立ちすくむ彼に気づいたのは、紙芝居を終えた直後だった。


 驚愕に見開かれた目が一瞬逸らされ、次の瞬間、静かに合わさった。


「おひさしぶり……ですわね。慰問にいらしたのでしょう? お仕事……お疲れ様ですわ」


 先ほどとは違う、愛想笑いのような笑み。

 以前向けてくれていた、ほがらかな笑顔はそこにはなかった。


「……さきほどの芝居、とても……上手だった」

「まあ……ありがとうございます。子どもたちが喜んでくれるのが、なによりも嬉しいんですのよ」


 傍らの担当者が、いぶかしげに彼女とセドリックを見比べる。

 まさか、知り合いだとは思わなかったのだろう。


「捨てられたわたくしの特技が……こうやって生かせている。修道院に入れて、わたくし、幸せですの」


 穏やかな、優しい口調。

 そこに、責めるような響きはいっさいなかった。


 だからこそ――セドリックの心は、ぎゅう、と締め付けられたかのように、痛んだ。




 帰りの馬車の中で、セドリックは座席に沈み込んでいた。

 ひとつ深いため息をついて、ボソッ、と呟く。


「……私は、いったい今まで、なにを見てきていたんだ……」


 両手で顔を覆うセドリックに、従者がおそるおそる声をかけた。


「よ、よかったじゃありませんか。サンブランシュ嬢は、どうやら元気でやっておられるようですし……」

「……彼女は、もう、サンブランシュ嬢ではないんだ。ただの、レティシアに……私が、してしまった……」

「……セドリック様」


 婚約を解消したときも、罪悪感がなかったわけではない。


 だが、今。

 彼女の輝きを目にして、手放したものの重さにも、気づいてしまった。 


 もうどうしようもない後悔が、ドスン、と両肩にのしかかった。





 その日の夜の、修道院。


「まさか、セドリック様がいらっしゃるとは……わたくし、うまく笑えていたかしら?」


 レティシアが、苦笑いしつつ夕食の盆をテーブルに置く。


「遠目からだけど……あの人、レティシアの顔、まともに見られてなかったよ」

「……ショックだったんでしょうね。顔に『後悔してる』って書いてありました」


 同じテーブルについて、エリナとクラリネッサがそれぞれ感想を述べる。

 そんな二人の言葉に、レティシアはひょいっと肩をすくめた。


「実は……ちょっとだけ、スッとしました。自分が幸せなんだぞ、って……あの人に言ってやれましたし」


 ぱくり、とパンを口に運び、美味しい! と声を上げるレティシア。

 こんがりと香る小麦の香りの中に、もう、未練も悔しさもなかった。


>>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ