第八章「悪役令嬢、子ども相手に空回る」
「今日は、孤児院のお手伝いですのね! もちろん、心得ておりますわ!!」
その朝、やたら気合いの入った声と共に、レティシアが廊下を駆け抜けていく。
なにやら、持って行きたいものがあるらしい。
すでに準備を終えているクラリネッサは、彼女の背を見ながら淡々と言った。
「……子どもたちを相手に、全力のお芝居をするつもりのようです」
「子どもたちは喜ぶだろうけど……ひとりでお芝居するのかな?」
エリナも、腕まくりをしつつキョトンと首をかしげている。
アストリッド修道院の仕事の一つとして、孤児院の運営がある。
彼女たちはまだ入って日が浅いので、手伝いに回していなかった。
だから、今日は初めての孤児院の仕事なのだ。
顔合わせのため、今日は子どもたちを遊ばせる手伝いの予定になっている。
人一倍気合いの入っているレティシアと、いつも通りのクラリネッサ。
全力を出すつもり満載のエリナと、やや不安になる組み合わせだった。
「皆さまァア! 今ここに! 遊び心を届けに来ましたわぁ!」
孤児院の広間、子どもたちが一同に会する場にて。
ドン、とテーブルの上に置かれたのは、十数枚におよぶ紙だった。
よくよく見ると、それは可愛らしいイラストが描かれている――いわゆる、紙芝居だ。
「いきますわよ! ――むかしむかし、あるところに。おじいさんとおばあさんが――」
意気ようようと、彼女の大きく通る声が、高らかに演技をしだす。
しかし――、
「えっ、竹の中から子どもが出てくるっておかしくない?」
「亀を助けたのに、年を取らされちゃうの?」
「きびだんご食べてみたーい! でも、きびってなに??」
子どもたちのピュア過ぎるツッコミに、レティシアの脳内もグルグルしだす。
「言われてみると……いえでも……これは作り話……あれ……??」
「レティシア! しっかり!!」
見かねたエリナが助け舟を出し、なんとか彼女の紙芝居物語は終了した。
紙芝居が終わり、各自、めいめいに遊びだす子どもたち。
元気な子たちは扉を開けて庭に飛び出し、広間には、お絵かきや人形遊びなど、室内遊びをする子たちが残った。
クラリネッサは、比較的おとなしい、物静かな子どもたちの集まる部屋の隅に、無言のまま移動する。
そして彼女は、放置されていた三脚にキャンバスを立てかけ、絵を描き始めた。
やはり何もしゃべらず、子どもたちにも話しかけず、淡々と。
「……こんなもの、ですかね」
一枚書き上げたところで、ぼそっ、とそんな声を漏らして、次の紙に写る。
物静かな女性が、突然、部屋の隅で絵を描き始める、という異質な光景だ。
孤児院に来る大人はたいがい、子どもたちに色々話しかける。
だが、いっさい人に関わらず、おのが道を貫くクラリネッサに、子どもたちは逆に興味を示した。
「わあ……お姉さん、この絵、すごーい!」
「これって、もしかしてさっきのお姉ちゃんのお話に出てきた、月のお姫さま?」
「こっちはりゅうぐうじょう? ねえ、亀も描いて! サンゴも!」
「鬼……鬼、怖い……!」
いつの間にやら、『ナゾにすごい絵が描ける無口なお姉さん』として、子どもたちに囲まれている。
「……何もしゃべらなくてもどうにかなって、助かりました」
絵は、子どもたちにプレゼントすることになったようだ。
そしてエリナは、子どもたちといっしょに庭で追いかけっこだ。
「えいっ、鬼交代だよ!!」
「わっ、つかまっちゃった~、お姉さん、はやーい!」
「……はい次! きみが鬼ね!」
「うひゃあ、ねえちゃん、大人げねぇ!!」
エリナは、子ども相手に全力だった。
鬼になれば、即座に子どもを追いかけまわし、逃げる側になれば、樹に上ってでも逃げまくる。
「ふふっ、手を抜いた大人に勝ったって嬉しくないでしょ? 全力でかかってきなさい!」
「くそーっ、ぜってー捕まえてやる!!」
「いい心意気ね! 次はかくれんぼやろうか!」
他の修道女があんぐりと口を開けるほどの、全力投球ぶり。
いつも孤児院で手を焼いているイタズラっ子ややんちゃ坊主を一手に引き受け、あちこちを駆け回り、全力で相手し、挙句の果てには組手の練習まで共にやっている。
「……あの子のうちって、ただの伯爵家よね? 没落間近の」
「なんでも、かつて王国を救った英雄の末裔だそうですよ。武術には長けているのだとか」
「なるほどねぇ……」
修道女とはとても思えないアクティブさで、ばんばん子どもの相手をするエリナは、孤児院の先生方に大変喜ばれていた。
夕方、今日の手伝いが終わり、子どもたちからお手紙が渡された。
そこには、
「れてぃしあおねえちゃんのおしばい、よかった。また見たいです」
「くらりねさ、おねえちゃん、え、じょうず。すき」
「えりな、またあそぼうな! つぎはまけない!!」
などなど、思い思いの言葉がつづられていた。
レティシアが、涙ぐみながら手紙を読み込んでいる。
「わ、わたくし……初めて、芝居を褒められましたわ……!」
「……もっと絵の練習、しましょうか」
「あの子たちに負けないように、腕を磨いていかないと……!」
どうやら、三人にとっても子どもたちにとっても、いい経験になったようだ。
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