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『また来たわ、悪役令嬢 ~修道院は今日もにぎやかです~』  作者: 榊シロ


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第七章「悪役令嬢になったエリナ」

 エリナ・マルセル伯爵令嬢。


 といっても、伯爵家とは名ばかりだ。

 屋敷は壁が崩れ、馬車なんてものはない。


 天気が悪いと、雨漏りは日常茶飯事。メイドもいないし、執事なんてものもない。


 でも、エリナはいつも、元気だった。


「パンが無ければ、野草を食べればいいじゃない! え? ゆでる水がない? 井戸まで競争するよ!」


 貴族らしくない言動で、家族を巻き込んで活気づける彼女を、みんな誇りに思っていた。


 ただし、上流貴族の社交界では、そうもいかなかったのだが。




 そんなエリナが婚約していたのは、地方の有力貴族であるディラン子爵家の長男、エリオットだ。


 マルセル伯爵家は経済状況こそ悪いが、かつて王国を救ったという英雄の末裔で、由緒ある家系だった。

 その家系と縁を結ぶ、ということで、ディラン子爵家との婚約が決まった。


 エリオットもエリナも小さい頃に引き合わされたが、お互いの感触は悪くなかった。

 よく遊んだし、お互いの家を行き来することも多く、次第にそれは恋として育っていた。


 彼はエリナの頑張り屋で素朴なところに惹かれた――はず、だった。


 しかし、婚約が公になり、年数が経過するにつれ、周囲の視線が厳しくなっていく。


「まあ……あの子のドレス、何年物かしら」

「手も荒れてるわよ。使用人を使っていないんじゃない?」

「名だたる伯爵家って言ってもねぇ……平民じゃあるまいし」


 そうした心無い言葉は、エリオットにも当然届いていた。


 昔は、素朴でかわいらしいと思っていたエリナのことが、だんだんと、野暮ったく流行おくれの子に思えてくる。

 おしとやかできらびやかな令嬢を見るたびに、エリナと比べて、ため息が出てくる。


 エリオットとの逢瀬には、さすがにエリナもおめかしして行っていた。

 が、貧乏な伯爵家にとって新しいドレスをぽんぽん買うなんてとてもできず、周囲に比べれば、みすぼらしくも思えたのだろう。


 エリオットの心が離れていくのを、エリナは引き留めることができなかった。




 そして、ある夜会でのこと。


 かろうじて髪を巻き、ドレスは姉の着古しなものの、細部に刺繍を入れてなんとか見栄えをよくして臨んだ日。


 ふだんであれば、エリオットのエスコートと共に参加するのだが、いるはずの彼の姿が見えない。


 おかしい、と、会場を回っている最中、貴族たちがザワつきはじめた。


「ああ……きみのような、素敵で美しい女性と出会えてなんと幸せなことか。どうか、今後とも私と共に歩んでほしい」


 男性からの、公開プロポーズだ。

 女性は頬をピンクに染めて、照れくさそうに微笑んでいる。


 周囲は拍手喝采の歓迎ムード。

 エリナも拍手しようとして、気づいてしまった。


 きらびやかなドレスに身を包んだ女性の手に口づけた人物が――自分の婚約者であったことに。




 そして後日、ディラン子爵家から正式な通達が届いた。


「エリナ・マルセル伯爵令嬢との婚約を、ここに解消する。理由:性格の不一致、および経済的見通しの不安」


 ディラン子爵家は、マルセル伯爵家の経済状況も知っていたはずだった。

 そして、エリナが嫁いだ暁には、金銭援助をしてくれる――という話でもあった。


 つまりこれは、実質、伯爵家の没落が決まった瞬間でもあった。




 名のあるマルセル伯爵家を没落させた悪役令嬢。


 エリナになんの汚点もないはずのそれは、次第に悪意ある人間たちによって、彼女のせいとされていった。


「つぎはぎだらけのドレスを着た、とんでもない令嬢だったそうよ」

「お金にがめつくて、子爵家を取り潰そうともくろんでいたんだとか」

「本性がバレて、婚約破棄されたんですって。いい気味ね」


 幸いだったことは、そんな貴族界隈での悪意あるウワサを、エリナ本人が耳にする機会はなかった、ということだろうか。




「あっ! ここに生えてる野草、食べられるものだよ」

「え、ただの花じゃなかったんですのね……」

「このキノコは毒だから触らないでね。あ、こっちのは大丈夫だから!」

「……食料、たくさんとれますね」


 修道院の裏手にある山では、エリナの観察眼と経験による指導で、たくさんの山菜やキノコ、野草がとれていた。


 慣れない山に、もたもたしてしまう修道女もいたが、エリナは決して見捨てず、フォローして一緒に取り組んでいる。


「きゃっ、上から枝が……!」

「危ないっ、大丈夫!?」


 その上、折れた枝に当たりそうになった修道女を、身を挺してかばったり。


「あ、足が、痛くて……」

「坂道が多いから仕方がないよね。肩を貸すよ」


 足をひねった修道女を支えて、一番最後まで付き添ったり。


「エリナは本当にえらいですわね」

「……本当に。いつも優しくって、助かります」


 レティシアとクラリネッサに褒められて、エリナはテヘヘ、と照れている。


「あたしにできるのは、これくらいだから! 貧乏でも、心だけは卑しくならないように、って」


 そう言って笑う彼女の笑顔は、どんな金品よりも価値があるように思えた。




 エリナが貧乏時代に培ったさまざまな知識や技術は、修道院をおおいに助けてくれている。


 食べられる野草やキノコだけではなく、修道院細部の修繕や水の調達、などなど。


 また、彼女の分け隔てない優しさは、今まで以上に、助け合いの精神をはぐくんでいる。


「パワフルよねぇ、あの子は。年下も年上も、みんな彼女を慕っているし」

「後ろを向くということがありませんからね。……実際私たちも、エリナの明るさに救われています」


 畑で泥だらけになって笑い合う修道女たちの声が、高らかに響いている。


 アストリッド修道院の時間は、今日も平和に過ぎていく。 


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