第四章「悪役令嬢、なじみ始める」
三人の令嬢たちが修道院に来て、二か月が経った。
季節は、春から初夏へ近づく頃合い。
三人は、それぞれに特色はありつつも、なんとか先輩修道女の指導で生活に慣れてきた頃だった。
レティシアは、ちょっと演劇の入った声の大きいハツラツ少女。
クラリネッサは、礼儀正しい無口で冷静な少女。
エリナは、朗らかで苦労人な、パワフル素朴少女。
皆、境遇が婚約を破棄されてここに送り込まれたためか、この三人は自然と一緒にいることが多かった。
性格も、お互いにお互いのないものを補い合えるからか、相性がいいようだった。
微笑ましい、といえば微笑ましい。
けれども――騒がしい、というのが実態だった。
「おはようございますですわ!!」
朝の鐘が鳴り終わると同時に、礼拝堂に響くレティシアの声。
修道服はすっかり板についたものの、その堂々たる声はいまだ声量を衰えさせてはいなかった。
「……おはようございます」
「おはようございます!」
続いて、クラリネッサとエリナも入ってくる。
同じ修道服を着ているものの、キラキラと金髪と共に白い布を輝かせるレティシアと、高貴な雰囲気をグレーの髪色と共にまとうクラリネッサ。
素朴な町娘感のあるエリナで、別物のように見えるから不思議なものだ。
「朝の祈り……この身を神に捧げる神聖な儀式ですわ! 天井におわす主へ、我々の信心が試される機会……清き心と、清き祈り、清き発声を捧げなければ……!」
いつものごとく、お祈りの前に演劇のような口調で唱えるレティシア。
その夢見がちな横顔を眺め、クラリネッサがポツリ、と言った。
「清き発声はいらないと思います」
「……えっ」
「昨日、レティシアの声で、庭のニワトリ逃げてたよね」
「……あっ」
エリナにもツッコまれて、呆然とした顔をするレティシア。
くすっ、と誰かの笑う声がした後、あはは、とみんなが一気に笑いだした。
「もー、レティシア、面白過ぎますよ!」
「クラリネッサさんも、毒舌が効いてるね」
「エリナ、逃げたニワトリ片手で捕まえたんだって? 助かったよー」
笑いは、バカにするようなものではなく、微笑ましい三人を暖かく見守るものだった。
お昼の食事は、持ち回りで当番だ。
先輩修道女といっしょに、三人も昼食の準備に入っている。
入って二カ月経ったとはいえ、元貴族令嬢。
まだまだ、手つきは拙い――エリナ以外は、だが。
サクサクと昼食の手伝いをするエリナをよそに、クラリネッサとレティシアは野菜の皮向きだ。
静かに、黙々とジャガイモの皮をむくクラリネッサ。
実ごと皮を剥いては苦戦しているレティシアが、目を輝かせてクラリネッサを見る。
「まあ、クラリネッサさんは包丁裁きがお上手ですわね……!」
「……もともと、手先が器用みたいで」
しれっとした顔で言いつつ、次の瞬間、「ザクッ」と不穏な音がした。
「えっと……もしかして、指、切りました?」
「……ええ、まあ、少しだけ」
ぷしゅう、と噴き出す血に、レティシアはパニックになってあわあわしている。
わずかに顔をしかめるクラリネッサは、血の出ている指をちょっと高く上げて、反対の指で押さえて静かに止血している。
「わっ……ちょっと、クラリネッサ! 大丈夫!? すぐ消毒と布持ってくるから!!」
鍋をかき回していたエリナは、レティシアのパニックに巻き込まれることなく、作業を他の修道女にバトンタッチして医務室に走った。
幸い傷は大したことなく、クラリネッサの指には小さな包帯が巻かれるに終わった。
器用に見えて、案外、彼女は不器用なのかもしれない。
昼食が終わって、午後は畑作業だ。
修道院の裏には、田舎の敷地を広く使った広大な畑がある。
自給自足の生活の一環で、余ったら孤児院などにもおすそ分けする、大事な食料の源だ。
慣れないクワや鋤を操りつつ、3人は一生懸命に畑作業に従事している。
特に、エリナの動きは顕著だ。
雑草のむしり方など、かなり様になっている。
「まあ! エリナは、引っこ抜き方がお上手ね!」
「うちのお屋敷周りの雑草の処理は、あたしの仕事だったからね~」
「……まあ、雑草の処理」
最初に来たときのお嬢様しゃべりはすっかり抜けて、エリナはいかにもふつうの町娘、といった雰囲気だ。
その割に、お嬢様風のレティシアとクラリネッサとなじんでいるのは、彼女の気さくさゆえだろうか。
「……きゃあ! ヘビ!」
と、畑のスキマからニョロっと出てきたヘビに、レティシアがしりもちをつく。
しかし、次の瞬間。
「ああ、これは食べられるヘビだね。毒もないし、案外おいしいんだ」
エリナがヒュッと棒を使って、ヘビの頭をつぶして取り上げた。
「……エリナさん……食べるんですか……ヘビ……」
さすがのクラリネッサも、表情にやや怯えを見せている。
「うちじゃあ、野生の肉は貴重だったからね! ま、副院長に聞いてみるよ。ダメなら、あたしが調理しておいしくいただくし」
と、朗らかに笑った。
私は、脳内の彼女のイメージを書き換える。
素朴な少女、ではない。野生少女だ。
夕暮れの時間。
一日の作業が終わって、食堂にて、彼女たちはのんびりとお茶を飲んでいた。
「ふぅ……今日は、土の香りが鼻腔に染みわたりますわぁ……」
「……それ、つまり、臭いってことじゃ」
「クラリネッサさん! 優雅に言いなおして頂けません!?」
そんなじゃれ合いに笑いがこぼれたとき、ふと、エリナがつぶやいた。
「ホント、こうして毎日働くの、悪くないよね」
クラリネッサが少しだけ口元を緩めて頷き、レティシアは嬉しそうにティーカップを上に掲げる。
「ええ! まさに、神への貢献! そして、我々の友情の芽生えですわ!」
「……そのセリフ、一番土臭いです」
「ぐっ……く、クラリネッサさん!?」
「二人とも、お茶のお代わり入れるねー」
胸をおさえるレティシアと、しらっとした顔で紅茶を飲むクラリネッサ。そして、のんびりと二人のティーカップに紅茶を注ぎ入れるエリナ。
彼女たちの等身大の姿を眺めて、周りの修道女たちも、優しくそれを見守っていた。
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