表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

第三章「貧乏悪役令嬢、来襲」

 アストリッド修道院に、また、一台の馬車がやってきた。


 私は手元のスケジュール帳を眺めつつ、小さくため息をつく。


「ここ30日以内で3人も貴族令嬢だなんて……いくらなんでも多すぎるわね」


 その分寄付金が積まれ、修道院は潤っているから、ありがたくもあるのだけれど。


 半眼で眺める視界の向こう。


 門の前に降りたった少女は、過剰でも、無表情でもない。

 なんというか、すごく、普通だった。


 ひかえめな栗色の髪を後ろでひとつに束ねて、明るいオレンジ色のドレスは、質素だが清潔感がある。

 挨拶も丁寧で、感情もきちんと入っていた。


「本日よりお世話になります。エリナ・マルセルと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 おお、まともな娘が来た。


 一瞬感動しかけたが、油断してはダメだ、と言い聞かせる。

 今まで、ふつうそうに見える令嬢が、ふつうだった試しがないのだ。


「よろしくね。ちなみに……修道院の理由だけれど……」


 脳内で、彼女のいきさつを思い浮かべる前に、すっぱりと彼女が言い切った。


「実家が、没落しかけまして」

「没落」

「まあ、今は踏みとどまっている状態ですが……そんな財政的に不安定な家の娘は嫁にもらえない、と。慰謝料は頂きましたが、実家で養われるのも厳しいということで、寄付金を積んでこちらに参った次第です」


 と、困ったような、なんともいえない微笑を浮かべつつ、頭を下げた。


 その様子を見て、確信する。

 ――ああ、この子は苦労人だ、と。


『修道院入り:エリナ・マルセル。経済的困窮の為』


 たしか、資料に書かれているのはそれだけだった。

「貴族令嬢で経済的困窮」と聞いて、もしや散財しまくるタイプのわがまま令嬢かと思っていたが、この様子を見るに、彼女のせいではなさそうだ。


「副院長、案内をお願いね」


 今までの二人に比べれば、はるかに気は楽だろう。

 指示した副院長もそう思ったのか、表情は柔らかかった。




 そして、修道院に入ったその日から、エリナは恐ろしいほどすぐになじんだ。


 お祈りは丁寧。部屋の掃除から農作業、食器洗いや洗濯、という、令嬢であれば戸惑うようなことでも、なんなくこなす。

 そして、空いた時間には、修道女たちにハーブティの淹れ方や、淑女のマナーなどを指導したりもする。


「ねえあの子……本当に、悪役令嬢って呼ばれてたの?」


 なんて、修道女たちが戸惑うほど、とてもいい子だった。




 そして数日後、昼下がりの洗濯場で、私は彼女の今までの暮らしぶりを偶然耳にした。


 ちょうど、レティシアとクラリネッサ、そしてエリナの三人が、今日は洗濯の当番だったらしい。

 レティシアとクラリネッサの二人が、ちまちまと時間をかけて洗濯をしている横で、エリーヌは慣れた手つきで洗濯をこなしていた。


「エリナはすごいわね! なんでもできるじゃない!」

「まあ、なにせ、実家では当たり前だったからさ」

「……え? エリナさんの実家って……貴族、でしたよね」

「貴族って言っても、名ばかりだったし。床は抜けてるし雨漏りはするような家でね……むしろ、今の修道院の方が贅沢できてるくらいかな」

「え……床に……雨漏り……?」

「うん。なんでも、うちの祖父が事業に失敗したらしくて。洗濯、掃除、馬車の修理まで、ぜんぶ自分たちでやってたんだ。メイドなんてひとりもいなかったからね!」


 朗らかに自分の境遇を語るエリナに、レティシアはうるうると涙目になり、クラリネッサも唇を噛んでいる。


 なるほど、そういうことだったのか。


 私は三人の洗濯場から離れ、ため息をついた。


 やっぱり、彼女たちは悪役令嬢なんかじゃない。


 いや、悪役令嬢に仕立てあげられた、ちょっと不憫なただの女の子たちに過ぎなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ