第二章「無口な悪役令嬢」
きっかりと図ったようにピッタリ10日後。
今度は、2人目の『悪役令嬢』がやってきた。
馬車はスススッとしとやかに止まり、控えめに扉が開かれる。
丁寧に開けられた扉から現れたのは、完璧にセットされたグレーの髪をいっさい乱すことなく背筋をピンと伸ばした少女だ。
彼女はこれ以上ない完璧な所作で馬車を下りると、
「本日よりお世話になります。クラリネッサ・アグレストと申します」
と、丁寧に一礼した。
美しい。
まるで、礼儀作法の教本から抜け出したかのような佇まいだ。
しかし、その瞳。
目の奥が、なんというか――完全に、無、だった。
光がない。
情熱とか、希望とか、そういったスイッチが、電源から抜かれているかのような、底知れない暗闇があった。
「えぇと……アグレスト嬢。お話は聞いてるわ。なんでも、婚約破棄をされてここにいらしたとか」
「はい、その通りです」
「それにしては……えぇと、その、ご丁寧、よね?」
「婚約者は、私のこの丁寧さを忌避されたようです。本当の笑顔のひとつもない、作り笑顔で愛想の悪い女よりも、感情豊かでにぎやかな女性を選ぶ、と」
私は改めて、ここに送られてきた彼女のいきさつを脳内で思い返した。
『修道院入り:クラリネッサ・アグレスト。なにを考えているかわからない。影で噂を操り、婚約者周りの令嬢たちを失墜させようとした疑惑がある。また、無言の圧で周囲の者を圧倒し、怯えさせるため、修道院にて指導希望』
確かに、彼女の無表情は『圧』だった。
なまじ美人なだけに、この顔に無言で見つめられたら、たしかにおびえる者もいるかもしれない。
「……まあいいわ。副院長、案内をお願いするわね」
いつものように、副院長にお任せする。
修道院の奥から、他にもちょこちょこ様子を見ようとする頭が覗いているから、彼女の面倒も見てくれることだろう。
クラリネッサは案内する副院長についていきながらも、院長の私に向けてまたご丁寧に一礼した。
こんなに礼儀正しい令嬢が、周りの令嬢を本当に失墜させようとしたんだろうか。
……まあ、人間の本性なんて第一印象じゃわからない。
その日の午後。
同じ令嬢という雰囲気を感じ取ったのだろう。お祈りを終えた直後、レティシアがクラリネッサにさっそくアタックをかけ始めた。
「あなた、新入りね! わたくしはレティシア・サンブランシュよ!」
相変わらず声が大きい。
クラリネッサは、レティシアの言葉にやや首を傾げた。
傾げたが、それだけだった。
「わたくし、ここで一番の新人だったのよ! 今度はあなたが後輩ね!」
クラリネッサは、こくん、と頷いた。
頷いたが、やはりそれだけだ。
「年、同じくらいですわね! おいくつかしら?」
レティシアが、勢いこんで尋ねた。
しかしやはり、クラリネッサは黙り込み、じいっとレティシアを見つめるのみだ。
「え、えぇと……あなた、もしかして耳が聞こえていない……?」
クラリネッサが、おそるおそる気遣うように尋ねると、ようやく彼女は口を開いた。
「……言葉にしないことは、罪なのでしょうか」
「あ、え、えぇ……? いや、別に……でも、お話するには、言葉がいるでしょう……?」
「私にとっては、言葉がなくても……つよく主張したいことがなければそれで構わないと……あぁ、でも、だから婚約者様から捨てられたんでした」
「あ、あなたも婚約破棄を……?」
「……はい。静かすぎるのは罪なのだそうです。傲慢で、陰湿で、悪魔のような女なのだ、と」
「…………」
なんという難癖。
いや、たしかにこの子の無口っぷりも問題かもしれないけど。
「……とりあえず、食事にしましょう」
重苦しく静まり返った修道院のホールに、そう声をかける。
これはまた、レティシアとは真逆の性格の子だ。
夜、またもや気疲れした様子の副院長が、報告のために部屋にやってきた。
「マナー、皆への礼儀は完璧です。完璧ですが……なんといいますか、感情が希薄すぎて戸惑っていますね、皆」
「サンブランシュ嬢と真反対じゃないの。ケンカしてない?」
「それが……なぜか、案外うまくやっているようですよ。レティシアのあの大仰な仕草を見て、案外ビシバシと指導したりツッコンだりしてるようで」
「そう……意外と性格が違う方がうまくいくものなのかしらね」
ピラリ、ともらっている資料をまた眺める。
それにしても、この子も婚約解消となっているとは。
貴族となれば、家同士のつながりだ。
多少の性格の不一致程度で解消されることはないはずなのだが、いったいなにがあったやら。
「……あと一人いるのよねぇ……」
「……あと一人、いるんですよねぇ……」
3人目の悪役令嬢が来るのは、またこれから10日後だ。
演技派声デカ金髪令嬢と、無口無表情グレー髪令嬢の次は、いったいどんな悪役令嬢が現れるのだろう。
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