最終章「また来たわ、悪役令嬢」
「あのっ……き、今日からお世話になります……べ、ベティ・フォードと申します……っ!」
門前で震えるような声が響いた瞬間、修道院の院長はそっと息をついた。
ピンク色の髪をふたつ結びにした、まだあどけなさの残る少女。
美しいというよりは可愛らしい、という表示が似合いそうな、どこか素朴な外見だ。
――ああ、なつかしい。
かつて、同じように門をくぐってきた少女たちを、院長は思い出していた。
「事情は聞いているわ。あなたも、修道院送りとなったのよね?」
「あ、は、はい……えっと、私”も”ですか?」
「ええ、あなた”も”よ。なにしろ――」
と、院長が事情説明を始めようとした、瞬間だった。
「あら、あらあら! ずいぶん可愛らしい悪役令嬢ですわね!」
「……へえ、また、新しい雰囲気の方ですね」
「ほら、二人とも。あんまり一気に行くと怯えさせちゃうよ。大丈夫?」
ぱたぱたぱた、と勢いよく中から飛び出してきたのは、先輩修道女の三人組だった。
「え? え、え? ど、どういう……??」
「まずはお荷物をお預かりするわ! ほら、こっち!」
戸惑うベティに、レティシアがハキハキと声をかけ、
「院長、彼女をご案内しても?」
「……ええ。あなたたちなら安心よ。お願いするわ」
クラリネッサが丁寧にこちらに確認をして、
「自己紹介させてね。その子がレティシア、あっちの子がクラリネッサ、で、あたしはエリナ。ゆっくり覚えていってくれればいいからね」
と、安心させるように自己紹介しつつ、修道院の中へ誘導していくエリナ。
――そう。
かつて「悪役令嬢」と糾弾され、修道院送りとなった悲劇の少女たちが、今は「迎える側」となっていた。
ベティは、かつて平民だった。
しかし、早くに亡くした父が実は貴族だったらしい。
特徴的なピンク色の髪で祖父母に見つかり、あっという間に城下街から連れ出され、貴族令嬢に取り立てられた。
ベティは、貴族になることなど望んでいなかった。
それなのに、マナー講師をつけられ、勉学に励めと押し付けられ、毎日窮屈な生活。
15才になって、これも無理やり、貴族の通う学園に放り込まれたのだ。
付け焼き刃のマナーと、勉学。
当然ながらついていけず、友だちもできず、孤独な日々。
そんなポツンと一人のベティを見かねてか、たまに声をかけてくれる男子生徒はいた。
貴族のマナーではいけないと理解していても、孤独のつらさに、ベティはつい、婚約者のいる彼らと、仲良くしてしまったのだ。
といっても、ときどき学園の裏で話をする程度。
当然一線は超えていないし、そもそも友だちどころか、知り合いとすら言えるかわからない程度の接触だ。
だが、やはり、貴族の子女はそんな彼女を甘やかしてはくれなかった。
泥棒猫と。男をたぶらかす魔性の女と。
ベティは非難され、ふだんの素行――つけ焼き刃のマナーや足りない勉強――も問題視され、学園は強制退学。
祖父母は、拾った時の無責任さと同様に、役立たなかった孫娘を、あっけなく修道院へ放り込んだのだ。
「なるほど……ということは、あなたは悪役令嬢じゃなくって、ちまたでいうヒドインっていうヤツね!」
この世界でも、いろいろな恋物語がある。
確かに、婚約相手を奪う元平民の少女が、そんなあだ名をつけられていた、ような。
ベティのショックをよそに、クラリネッサは淡々と、
「まあ、学園というのは貴族の醜い面の縮図でもありますから……大衆扇動に長けた者に陥れられたらどうしようもありません。特にあなたは、元平民……ひどい話、ですが」
生まれついてから貴族だったら違ったのだろうか、とベティは思う。
けれど、すぐに内心首を振る。
生まれついて貴族だった彼女たちだって、ここにいる。
でも、それは負けたからじゃない――抗った末の結果なんだろう。
「ベティ、あんたは全然悪くないよ。自分にウソをつかなくっていいここは、あんたものびのび暮らせると思う」
平民だったベティにとって、確かに貴族生活は窮屈だった。
追放されると聞いて、ショックだった。
でも、ホッとしたのも、あった。
「ありがとうございます……わたし……がんばります……!!」
優しい先輩たち。もう、偽らなくていい自分。
悪役と、ヒドインと呼ばれた彼女も――また、ここで生きていく。
その日、アストリッド修道院の院長室。
窓の外で、アホー、アホー、というカラスの鳴く声がする。
いつの間にか居ついてしまったあの鳥。あれもまた、城下では厄介者扱いされていた鳥だった。
この修道院には、そんな、あぶれものたちが自然と集まってくる。
――でも、それでも。居心地は悪くない。
院長は、台帳に新しい名前を記して、そっとペンを置いた。
「また一人、悪役令嬢が来て――そしてたぶん、また一人、ふつうの娘に戻っていくのね」
窓の外では、だいぶ広がった畑の中で、修道女たちの笑い声がする。
ベティも、三人の令嬢に囲まれて、笑っていた。
「まったく。……ここは『反省』の場のはずなんだけどねぇ。どうして『再生』の場になっちゃったのかしら」
「それは……間違いなく、院長のせいでは?」
ぼそりと呟いた言葉に、お茶を持ってきた副院長の呆れたような声がかかる。
その言葉を黙殺して、院長はふっと部屋に飾られた歴代の院長たちの額縁を見上げた。
「私のせいじゃないわ。……この、アストリッド修道院の伝統でしょう」
そう言う口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
「”アナタは『悪役』じゃなかった。ただ『物語の主役』じゃなかっただけ”。かつて、落ちぶれてここに行きついた私に――そう言ってくれた、前院長と同じでね」
修道院の鐘が、朝焼けに鳴り響く。
それは誰かを罰する音ではなく、誰かを優しく迎える音。
今日もまた『悪役令嬢』が門をくぐる。
けれどその先に待っているのは、誰かの優しさと未来の居場所だ。
「また来たわ、悪役令嬢』――
でももう、誰もそれを、悪いことだとは思っていない。
<終わり>




