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『また来たわ、悪役令嬢 ~修道院は今日もにぎやかです~』  作者: 榊シロ


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第十章「無口な悪役令嬢の婚約者」

 モンタギュー第四皇子。


 帝国の中でもっとも親しみやすいと言われる皇子で、明るく朗らかで、民から慕われている。


 ――だが。同時に「思慮が浅く、騙されやすい」ともウワサされていた。


 婚約者だったクラリネッサ・アグレストは、寡黙で落ち着いた令嬢だった。


 いつも彼のとなりに静かに控えていて、口数は少なく、淡い微笑みを浮かべていた。

 自分の言葉に頷いてばかりの彼女のことがよくわからず、モンタギューは、クラリネッサのことをやや苦手に思っていた。


 だから、ある日。

 モンタギューは、他の令嬢からもたらされた彼女の悪口を、信じてしまった。


「やはり……腹の中でそんなことを考えていたとは……!」


 彼は、婚約者であるクラリネッサを、みじんも信じていなかったのだ。

 そして、王城での婚約解消へとつながった。




 秋晴れの朝、モンタギュー第四皇子は、城下街で行われる祭りへと参加していた。


 式典が終了すると、王族である彼も祭りを楽しむことができる。

 そんなモンタギューの隣には、ひとりの男爵令嬢がいた。


 その名前は、リリス・クラレンス。


 彼女は、クラリネッサがまだ王子と婚約していた頃――彼女の悪いウワサを吹き込んだうちの一人であった。


「リリス。ようやく式典が終わったんだ。いっしょに祭りを楽しもう」

「ええ、光栄ですわ、モンタギュー殿下」

「今日のぼくの名前はモンティさ」


 モンタギューの婚約者は今のところ白紙だが、彼女が一歩リードしている。

 婚約の解消現場にいたのが、なにを隠そう、彼女だったからだ。


『にらまれた』と『身分の低い者を軽蔑している』と。

 リリス本人は、誰にでも分け隔てなく優しいのだと、笑顔でささやきながら近づいて。


 城下の祭りは、平民がメインのお祭りだ。

 貴族は皆、平民風の恰好に着替え、城下街を楽しむ。


 あちこちにお店が立ち並び、モンタギューとリリスは、すでに婚約者同士かのように腕を組んで楽しんでいた。


 広場の片隅で、ひときわ人だかりができている出店。


「あら……モンティ、あちらへ行ってみませんか?」

「そうだな。なにか面白いものが売っているのかもしれない」


 モンタギューたちが人の間を縫って歩いていくと、そこで目にしたのは光景は、思わぬものだった。


「いらっしゃいませー! こちら、美味しいお野菜、ふわふわのパン、そしてあまーい果物飴など多種をご用意しておりますわよ!」

「はいはい、順番に並んでね。そっち抜かさない! お会計はこっちだから!」


 表立って呼び込みをするのは、金髪の女性だ。

 よく通る大きな声で、人々の気を引いている。


 会計や列の整理をするのは、栗色の髪をひとつにしばった女性。

 てきぱきと客を裁き、品物を手渡す動きはかなり様になっている。


 しかし、皇子たちの目を引いたのは、テントの内幕だった。


「りんご飴、あと五本でいったん火をとめましょう。そっち、氷水の用意をお願いします」

「レティシア、一時呼び込みストップ。まずはお客様をさばきましょうか」

「野菜の数が残り少ないようですね。パンはまだ余裕があるので、売り場を調整しましょう」

「エリナ、お疲れ様です。交代するので、少し中で休んでください」


 小柄な体で、出店全体の流れや状態を管理するのは、見覚えのあるグレーの髪をした女性だ。


「あ、れは……」


 言葉を失うモンタギューの視線の先をたどって、リリスは小さく悲鳴を上げた。


「あの女……卑しい平民に落ちたはずなのに……!」

「……リリス?」

「あっ……いえ、なんでもありません。え、と……クラリネッサ様、ですよね?」

「ああ……おそらく……」


 きびきびと動く横顔は、あの頃と同じ、凛とした気高さを感じさせる。


 相変わらず、大きく表情が動くことはない。

 しかし、誰より率先して動くその姿は、かつて自分の隣でただほほ笑んでいただけの彼女とは、明らかに違っていた。


「クラリネッサ~、あなたもちょっと休んできて。もう、品物も残り少ないから」

「え……でも」

「大丈夫大丈夫!」


 と、他の修道女に肩を叩かれて、彼女はテントから追い出された。


 一人になった彼女に、なにか声をかけようか。

 そう思ったモンタギューより先に、彼女に駆け寄るいくつもの人影があった。


「わー、クラリネッサお姉ちゃんだ! お祭り来たの~?」

「すごーい、テントでっかいねぇ!」

「お姉ちゃん、あの絵は売らないのー!?」


 ワラワラと彼女に集まったのは、ボロ布をまとった子どもたち。

 クラリネッサの両手を引っ張り、つぎつぎと話しかけている。


「あの子どもたち……平民の孤児ですわ」


 リリスは、手で口をおさえ、数歩後ずさった。


「クラリネッサが……孤児の相手を……」


 その光景を見つめながら、モンタギューは混乱していた。


 彼女は自分より身分が下の者を、軽蔑していたのではなかったのか?


 いつも無口で、腹の中でなにを考えているかわからなかった女。

 けれど今は子どもたちに囲まれて、心からの優しい笑みを浮かべている。


「モンティ、もう、行きましょうよ。お祭りを楽しまないと」

「あ、ああ……」


 リリスに腕を取られ、修道院のテントから離れる。

 しかし心は、いつまでもその場に取り残されていた。




 祭りが終わり、帰りの馬車の中。


 リリスは、モンタギューがロクに口をきかないことに、焦り始めていた。


「モンティ……いえ、モンタギュー様! クラリネッサ様は、うまく立ち回っているだけで……本当は、冷たくて、孤児なんて気にも留めていない人ですよ! わたくしたちへの態度は、どれだけひどかったことか……!」


 慌てたようなリリスの言葉に、ずっと無言だったモンタギューは、ようやく口を開いた。


「……具体的には?」

「え? ぐ、具体的、って……」

「彼女の評判は、上々だった。……君たちが騒ぎ立てだす前までは」

「そ、それは……っ、け、結婚間近になって、本性が現れたんでしょう!」

「……本性……か」


 モンタギューは、さきほどの祭りの会場で見たクラリネッサの姿を思い出していた。


 皆に的確に指示を出し、気を使い、孤児にも慕われる彼女。

 貴族でなくなったクラリネッサは、それでも、どこまでも彼女らしらを失ってはいなかった。


「冷たくて、孤児なんて気にも留めていない、か……あれを見て、きみはそんなことが言えるのか、リリス」

「っ、だ、だからそれは……偽りの姿で……!」

「もしかして、それって自己紹介なのかい?」

「…………っ!」


 リリスの顔から、血の気が引いた。


 モンタギューはそれ以上なにも言わず、窓の外――すでに遠ざかった祭り会場の方を、ずっと眺めていた。


『周囲への思慮のなさと、その高慢さ、そして差別意識により、婚姻相手として不適切と判断した』


 婚約を解消するときに、投げかけた言葉が返ってくる。


 ――本当に思慮がなかったのは、高慢になり彼女を見下していたのは、なにを考えているかわからない女と差別していたのは、自分の方だったのだ。





「……気のせいでしょうか。なんだか、やたら視線を感じたように思ったのですが」


 孤児の子どもたちが帰ってから、クラリネッサは首をひねっていた。


「クラリネッサさん、どうしたんですの?」


 そんな彼女の様子を見て、修道院の出店の後片づけをしていたレティシアとエリナが寄ってきた。


「いえ……なんだか、見られているような気がして。気のせいだと思うんですけど」

「もしかして、城下の知り合いが来たんじゃない? ほら、貴族だった時の知り合いとか」

「だったら声をかけてくる気がしますが……」


 クラリネッサは、んん、と考え込むように顎に手を当てた。


 声をかけず、ただ見てくるという相手。

 思い当たる節はない。ない、が――まさか。


(……第四皇子……いや、そんなわけない……)


 ここは城下だから、会う可能性を考えないわけではなかった。

 でも、あぁして解消したのだし、向こうだって未練なんてないだろう。


 ぼーっと考えていると、出店を片付けている修道女から、ヘルプの声がかかった。


「クラリネッサ~! ねえ、こっちの残りは箱に入れちゃっていいかな?」

「あっ、ええ、それはそちらの箱に。ああ、こっちのは袋へ入れておきましょう」

「そうだ、釣り銭は金庫入れちゃっていい?」

「そうですね。ただ、置いておくと危険なので、すぐに馬車を呼びましょう。手配してきますね」


 少しだけ浮かんだ皇子のことは、すぐに脳内からかき消える。

 クラリネッサは、もう第四皇子の婚約者ではない。


 修道院の仲間たちの方が、よっぽど大切なのだから。


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