第一章「演技派悪役令嬢」
修道院の朝は早い。
とはよく言われるが、我がアストリッド修道院に限っては、さわがしい、の方が正しい。
朝日が昇る前に目覚めた私、修道院の女院長は、今日も深いため息をついた。
窓の外で、アホー、アホー、というカラスの鳴く声がする。
こいつの鳴き声が聞こえる日に限って、なにか厄介なことが起こるのだ、いつも。
案の定、朝の祈りを済ませたところで、馬車の音が聞こえてきた。
ドアを開け、その貴族の乗る高級な馬車を見た瞬間、私は悟ってしまう。
――ああ、またも”悪役令嬢”のご到着なのだと。
「このわたくし、レティシア・サンブランシュ! 王子殿下の婚約者の座を追われし者! 今ここに、魂の浄化を求めて参上しましたわッ!」
第一声から、すでに音量MAX。
令嬢であるにも関わらず、いきなり馬車からヒラリと降りた彼女は、両膝を土につけ、両手を空に掲げて見せた。
「この罪深き身……神の恩前にて、罰を受ける覚悟はできております!!」
私は、静かに目を閉じた。
――誰か、耳栓持ってきて。
レティシア・サンブランシュ。
彼女は、サンブランシュ公爵家の三女であり、本人が語った通り、第三王子との婚約を解消された、齢16才の淑女だ。
金髪をこれでもか、とロール状に巻き上げ、ドレスのすそを土で汚した令嬢は、依然として、大音量で口上を述べている。
「家族にも愛想をつかされ……婚約者にも愛想をつかされて……わたくしに残されたのは、神に使える道のみ……! どうか、どうか、わたくしに罰をお与えくださいませ……!!」
そう涙すら浮かべる彼女の姿は、ふつうであったら、哀憫を感じずにはいられないだろう。
ただ、口調は妙に芝居がかっているし、身振り手振りが、異常に大げさだ。
舞台俳優の演技だ、と言われても納得できるような、そんな仕草。
半眼でその動作を眺めた後、馬車の横でオロオロしていた老人に目を向ける。
彼は視線に気づき、ハッとしたように表情を改めた後、近づいてきた。
「どうか……どうか、預かってやってください、院長様……その、サンブランシュ家では、もう、いろいろと限界のようでして……」
――限界、ときたか。
彼女の婚約がなくなったいきさつに関しては、事前に聞いている。
いまだに夢見るような眼差しでなにやらひとり演説をくり広げている彼女を見下ろして、私はため息をついた。
「……サンブランシュ嬢」
「はい、あなたは院長様でしょうか!? この、罪深き身を――」
「とりあえず、黙りなさい。あなた、まず一人目なんだから」
「……えっ?」
ぽかん、と目を見開く顔を、改めて観察する。
やはり、令嬢だけあって、美人ではあるのだ。
ただ、あの異常に大きな声と、芝居がかった仕草がひと癖あるだけで。
「まずは、その服の泥を落としてちょうだい。その姿じゃ、神様にも失礼だわ」
「か、かしこまりましたわ!」
私は修道女に目配せをして、彼女を中へと案内させた。
――とにかく、声が大きい。
これじゃあ、修道院の奥にいる子たちにも、すべて筒抜けになっているだろう。
レティシアが連れていかれた後、馬車はそそくさと帰って行った。
私は、あらかじめ渡されていた彼女の事情が書かれた資料を開く。
『修道院入り:レティシア・サンブランシュ。言動が過剰で、感情の起伏が激しすぎるため、王家との関係継続困難と判断され、婚約破棄。矯正しようとも言動が改善されないため、修道院にて指導希望』
まあ、社交界で悪評がたった娘を修道院へ放り込んだ、という流れだ。
なぜだか最近、こういった、社交界で悪評がたった令嬢のことを『悪役令嬢』と呼ぶ風潮があるらしい。
資料には書かれていないが、この婚約破棄に関しても、彼女の言動ばかりが問題――というわけではなく、相手が別の恋のお相手と結ばれたいがために陥れられたやら、行き違いと勘違いと誤解のトライアングルの結果やら、ウソか誠かわからない噂も耳にした。
しかし、貴族社会は見栄と体裁の世界だ。
都合が悪くなった元婚約者を『悪役』と呼べば、自分たちのメンツも保たれるらしい。
そうやって、何度もこのアストリッド修道院には『悪役令嬢』が送り込まれた結果、もう、慣れっこの事態ではあった。
そもそも、実際にやってくるのは『悪役』どころか、ただの『扱いづらい少女たち』でしかないことがほとんどなのだから。
その日の午後、レティシアは昼食前の祈りの時も、皆が両手を合わせ、座って丁寧に祈りをささげている最中、
「我らが主よ……この罪深み身を――」
と、役に入って立ち上がりかけ、
「座って祈りなさい」
「……あっ、はい」
皆があっけにとられて声をかけられない中、ビシッと言葉をかけると、彼女は大人しく座った後、
「院長って……神様のようでございますね」
「神様のよう? 初めて言われたのだけれど」
「ええ、言葉が鋭くて、絶対的で……逆らうと、雷が落ちそうなところが……」
「…………」
祈りを終えた私は、そっと自分の昼食の野菜に塩を一振りした。
この子、こういう余計なことを言っちゃうところも、王子様に見限られた原因じゃないだろうか。
夜、彼女を部屋に案内した副院長が、気疲れした様子で部屋にやってきた。
「なかなか……強烈なご令嬢ですね、レティシアは」
「まあ……今までの悪役令嬢の中でも、なかなかのクセ者ね」
公爵家の娘なのだから、いろいろと教育はされているはずなのだけれど、と首をかしげた後、預かった資料を眺める。
まあ、貴族の家というのは色々あるものだ。
サンブランシュ家には、令嬢が三人いると聞く。きっと、なにか複雑な事情があるのだろう。
「そもそも、今月、あと二人も来るのよねぇ、悪役令嬢」
「……さすがに初めてですね、こうも続くのは」
副院長を務める修道女が、沈痛な面持ちで頷いた。
そうなのだ。
二人目がくるのは、ちょうど10日後。
たっぷり寄付をもらっている分拒めないというのが、修道院のつらいところだった。
>>