君が幸せならそれでいい
どうぞ宜しくお願い致します。
ルンガ国のアダムスに召集がかかった。
隣国との戦争が終結しないため、十八歳を迎えると同時に軍隊に所属し戦地に行くように手紙が来たのだ。
「やぁ、サリー、君に伝えないといけないことがある」
アダムスは、結婚を約束しているサリーに戦地に赴くことを伝える。
「戦争から戻ってきたら、ぼくと結婚してくれるかい?」
アダムスは、生きて帰ってくるためにも希望が欲しかった。
その言葉を聞いて、サリーは出兵する前に婚礼を挙げましょうと喜びながら言ってくれる。
「その方が、無事に私の元に帰ってきたくなるでしょう?」
サリーもアダムスも二人が愛しているという繋がりが欲しいと願った。
結婚指輪を見て、いつでも愛を思い出せるように。
アダムスもサリーも、出兵する7日前に親友で幼馴染のテリーを呼んで、小さな結婚式をあげる。
二人は短い期間であっても夫婦生活を楽しむことができた。
■■■
アダムスが戦地に行って半年。
サリーから戦場に一通の手紙が届く。
夫婦として生活していたのは7日しかなかったが、”あなたの子供を妊娠している”との報告だった。
「だから、必ず帰ってきてね。ずっと待っているわ。愛している」
文末には、そう書いてあった。
戦況が悪化していく中で疲弊していたアダムスの心に、生きて帰るぞと決意がみなぎった。
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アダムスが戦地に行って一年後。
アダムスは極寒の地で戦闘に参加していた、隣国は魔獣を従えていて見た事のない戦法と攻撃を毎日受け続け、ルンガ国は苦戦を強いられていた。
魔獣のいないルンガ国では、魔獣の弱点が何かもわからず、どんどん状況は悪化し、最終的にアダムスは捕虜として捕まってしまった。
アダムスは凍死する者が続出している敵国の収容所に入れられ、祖国ルンガ国と連絡をとることは叶わない。食べ物も一日一食のカチカチに凍った物しか与えてはくれない。
それでも、祖国に帰る希望だけは失わないようにしていた。
それから二か月後。
ルンガ国が戦争に負けたと連絡が入った。
魔獣により強化された軍隊に、歯が全く立たなかったのだ。収容所の中は葬式のように暗く、負けた悔しさで自死するものもいた。それでも、アダムスは生きること諦めなかった。
アダムスはすぐに祖国へ帰れると喜んでいたが、捕虜になっていたため終戦を迎えてもすぐに帰国することはできなかった。負けたルンガ国が賠償金を支払うまで祖国の土は踏めないらしいと人づてに聞いた。
■■■
それから三年後。
ルンガ国は賠償金の支払いを終え、アダムスはやっと祖国に移送されることになった。
「やっと、サリーとぼくの子供に会える!!」
そう思って、ボサボサの頭のまま、帰国するなりアダムスはサリーに会いに行く。
(長い間、一人で子育て大変だっただろうな。ぼくの顔を見たらきっと驚くぞ!)
アダムスは、サリーの驚きながら泣いて帰国を喜んでくれる姿を想像してサリーのところに真っ先に向かう。
「あ! あの子が……ぼくの子かな? 」
アダムスは三、四歳くらいの女の子が庭で楽しそうに遊んでいる姿を見て、早く「お父さんだよ」と伝えたいと思った。
「ただいま!! サリー? 帰ってきたよ!!」
アダムスは玄関先で大きな声を出した。
(早くサリーの喜ぶ顔が見たい!)
室内から、ガチャンッと何か落とす音が聞こえる。
(さすがにびっくりさせすぎたかな?)
アダムスは、パタパタと駆け寄ってくる足音を聞いて、サリーの顔を見ると満面の笑みでもう一度
「ただいま!」
と声を張り上げた。
……でも、サリーの表情は驚いてはいるけれど……驚愕しているようにも見える。
「……ほ、本当にアダムスなの? 幽霊とかじゃない?」
「もちろん、本物さ! 遅くなって……待たせてごめん!!」
アダムスは、サリーに駆け寄って彼女を抱きしめようとする。
でも、サリーの様子がどうもおかしい。
「……アダムス……あなたが生きていたなんて……聞いていないわ!!」
サリーは室内に入って、大声で泣き出した。
(どういうことだろう……。どうやら、ぼくが死んだと思っていたようだ……)
アダムスは、何か嫌な予感がして、泣きじゃくるサリーの横に立つ。
「ぼくが、死んだと思っていたの? 必ず帰ってくるって約束したよね?」
「……でも、私は戦死したと聞かされていたのよ!! 戦死の通知の手紙も届いたの! 三年以上前に!」
アダムスは、状況を理解する。どうやら捕虜として捕まった後から同じ部隊の全員が消息不明となり、戦死したことになっていたらしい。
「そうか。それは長い間……悲しい思いをさせてごめんね」
アダムスは捕虜になって、手紙を一切送ることができなかったことをサリーに伝える。
「サリーどうしたんだい?」
玄関から、親友のテリーが入ってきた。
「アダムス? お前、生きていたのか?」
テリーもやはり戦死したと思っていたようで、目を大きく見開いている。
「あぁ、幽霊じゃないよ。幼馴染で親友のアダムスだよ!」
アダムスの帰還を労ってくれると思っていたのに、テリーも様子がおかしい。
「二人とも……なぜ、ぼくの帰りを喜んでくれないんだい?」
アダムスは、予想と違った反応を見せた二人を訝しく思った。
「実は……アダムスの戦死の報告を受けてから、サリーは一人で娘を育てていたんだ。そこに戦争が終わったから、俺がこの地に戻ってきたのだけど……俺もサリーもお前が死んだと思っていたから、今は結婚して夫婦になって、お前の娘を育てている。次の春には俺とサリーの子として男の子が産まれる予定なんだ」
アダムスは自分の存在が、この二人にやっかいな状況を生み出していると認識する。
サリーの薬指には、アダムスと誓い合った結婚指輪はもうはずされていて、別の指輪がはめられていた。
それが、真実であり現実なのだ。
「そうか、テリー。ぼくの代わりに娘とサリーを支えてくれてどうもありがとう。ぼくは、サリーが幸せならそれでいいよ。ぼくはこれからは、実家にでも身を寄せることにするよ」
アダムスは、二人の前では泣く事ができなかった。一人で泣きたかった。
必死に命からがら帰ってきたけれど、サリーの横には自分の居場所がなく、我が子を腕に抱くことができないと理解したからだ。
「生きて帰ってきても、喜んでくれる人なんていなかったんだな。生きていることで……人に悲しい思いをさせるなんて考えてもいなかった」
アダムスは、ボロボロと泣きながら数十キロ離れた実家に歩いて戻った。
■■■
実家に戻った両親は、アダムスの帰宅を驚いたけれど息子の帰還を喜んでくれた。
もう二度と息子には会えないと思っていたからだ。
それから二年後。
隣国が魔獣を使って侵攻してきたという情報が入った。ルンガ国の一部の領土を奪おうと再び敵国が仕掛けてきたのだ。
まだ戦争にはなっていないが、戦争が再び起きる予兆にも思える。
侵攻してきた街はサリーとテリー、そして自分の娘と彼らの息子がいる。
アダムスは、彼らが助けを必要としているかもしれないと思い、慌ててサリーの元に向かった。
アダムスが到着した時には、魔獣による家屋の破壊と空爆の痕が残っていたが、敵の姿はどこにも見えなかった。
アダムスはサリーの家に行ったが、すでに瓦礫の山となっている。
「サリー! テリー!」
アダムスは瓦礫の中にいるかもしれないと、二人の名を呼んでみる。
「おじさん……誰?」
アダムスは自分の娘だとすぐに気が付いた。瞳も髪の色もアダムスと全くそっくりで、自分の子供の頃の顔とよく似ていたからだ。
「ねぇ、サリーとテリー、それと弟はどこにいるの?」
「みんな……もういないの。死んじゃった」
アダムスは、その言葉を聞いて、状況を理解する。自分の娘が戦争孤児になったということも。
アダムスはその女の子を抱きあげると実家に連れて帰った。
孤児になるよりは、マシだと思ったからだ。
幸い、隣国からの侵攻はあったけれど街が一つ壊滅しただけで、戦争にまでは発展しなかった。
ルンガ国にもう戦争する余力がなかったのだ。ルンガ国は敵国に領土の一部を明け渡すことで戦争を回避した。
「ねぇ、きみの名前を教えてくれるかい?」
「リノン」
「可愛い名前だね」
アダムスは、この時初めて自分の娘の名前を知る。
「リノンのお父さんとお母さん、弟は……残念だったけれど……ぼくは二人の親友なんだ。……だからこれから、ぼくがきみの面倒を見てもいいかな?」
リノンは静かに頷いた。
サリーとテリーの両親には、娘を引き取りたいと手紙を出したがいつまで経っても返事はこなかった。
ひょっとしたら、彼らもすでにこの世にはいないのかもしれないし、どこかに移ったのかもしれない。
アダムスは実の父親であることはリノンには告げずに、「親友のおじさんだよ」と伝えてリノンを育てることにした。
リノンに「おじさんって呼んでいいよ」と言っても、リノンはいつも「アダムスさん」と名前で呼んでくれる。
きちんと人は名前で覚えて呼ぶように育てられているのを見て、サリーの教育方針は素晴らしいと感じたし、サリーらしいなとも思った。
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それから十五年の月日が経った。
リノンは成人して、明日に結婚を控えていた。
「リノン。今まで一緒にいてくれて、育てさせてくれてありがとう」
アダムスは、心の底からリノンに感謝をした。
「きみのお母さんサリーも、お父さんのテリーも明日の結婚式は空から見ていてくれると思うから、幸せになるんだよ」
アダムスは、サリーの忘れ形見を育てることができて、嬉しかった半面、やっと肩の荷が下りることの寂しさも感じていた。
「アダムスさん、今まで戦争孤児だった私を育てていただきありがとうございます。これからは、ご自分の人生を楽しんでくださいね」
「あぁ、そうするよ。でも、リノンが困っていたらいつでも駆けつけるから、いつでもおいでね」
「わかりました。私は今、とても幸せです。ここまで育てていただきありがとうございました!
お父さん!」
アダムスは、その言葉を聞いてハッとする。
アダムスはリノンに本当のこと、血がつながっていることを隠してきたけれど、リノンの実の父親はアダムスだと知っていたのだ。
サリーが実の父親は戦地から生きて帰ってきたのだけれど、行き違いがあって、テリーとの家庭を築いていたから一緒に暮らせないと、生前、説明してくれていたことにこの時初めて気が付く。
「そうか、知っていたのか……」
サリーが真実を告げていてくれたことをとても嬉しく感じた。
「ぼくはね、愛している人が幸せならそれでいいんだ。でも、ぼくを『お父さん』って初めて呼んでくれて……嬉しかったよ。ありがとう」
アダムスは、サリーとの愛のカタチがきちんと成長してくれたことの喜びを噛みしめた。
明日のリノンの結婚式には、サリー、テリー、そしてリノンの弟も、リノンの幸せを見届けてくれると信じて。
お読みいただきありがとうございます。
今も昔も戦争中は、アダムスの身に起きたようことは実際にありました。
戦争の混乱の中、生きていても死んだことになってしまった人もいたのです。
平和を願い、作品にしました。
星5つから星1つで評価ポイントが入ります。
少し悲しいお話でしたが、戦争を知らない私たちですが何か感じていただければ幸いです。