第3話② 船上の危機を乗り越えろ! 「さわるぞババア!いいな⁈」
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「あの薬売りヤロウめ!次見つけたら、タダじゃおかねぇ!!」
「もー。まだ言ってるの?」
あれから。
あの薬売り、ジオファラス様との一件があってから、何日か経った。
「せっかくの船旅よ?愉しみましょうよ」
今、私たちは海の上にいる。
船の甲板で、心地よい潮風を浴びているのだった。
ああ、海〜。
潮の香り〜爽やかな海風が気持ちいい〜。
手摺りから身を乗り出して、千波万波、水面に生じる波紋の流れをのんびりと眺める私。
「愉しむと言ってもな。見るものなんて、波くらいしかねぇだろうが」
う、うん。
たしかに、ロマンチックな豪華エーゲ海クルーズ客船……とは言えない。
お安い船旅プラン、格安船舶会社の、ボロボロの船体、ではある。
ただの移動手段のひとつ、貨物運搬船、だとでも言いたげな、質実剛健な作りのお船なのだけども。
「まったく。地味で退屈な、しみったれた船だぜ。なぜよりによって、こんな安普請の船を選ぶんだか」
「質素倹約よ。いいじゃない」
「乗船代くらい俺が出すって言ってるだろう。船内に遊興場や娯楽施設、観劇広間まで取り揃えたでかい船なら、航海中ももっと快適に過ごせるんだぜ」
か、観劇広間、って。
一体いくらするのよ、それ……。
「リュギオン、あなたね、なんでもお金の力で解決しようとするのよくないわよ」
これだから若いうちに大金得ちゃうの、考えものなのよ。もっと一般的な金銭感覚や、地に足つけた経済観念を身につけるべきなんだからね。
「いいかババア、次に船旅する時は、絶対に大型船に乗るからな」
なによー。
「大きな船って、巨船アルゴー号とかのこと?」
「アルゴー号だとぉ?」
さすがに、あれには一般人の私は乗せてもらえないでしょー。
「あれはね、名だたる歴戦の強者とか勇者とかが乗るものなのよ。黄金の羊毛なんかを探しにいくような旅が目的な人たちだけが乗船できるのよ」
ミノタウロスの迷宮を攻略したりとか、カリュドーンの猪を退治したりとか、海の女神様と結婚したりとかできるような、スゴイ人たちだけよー。
「何かと思えば、神話の話かよ。くだらねぇな」
「ああ〜でも、乗ってみたいわよね、憧れよねー」
イアソン船長が操船指揮をとる、アルゴー号。
テッサリア地方から出航したんだっけ。
ヘラクレス様やテセウス様、ペレウス様などなど、五十名を超える勇士が乗船したといわれる、夢のようなお船。
はー、うっとり。
あのアルゴー船も、このあたりのエーゲ海を航行したのかしらー。
こうして私がロマンチックに波の流れを眺めながら、ギリシア神話の幻想世界に想いを馳せていると。
「海賊だー!!」
甲板に、そんな驚嘆の声が、轟いた。
それを合図に、乗組員たちは一斉に、ばたばたと慌ただしく船内を走り回り始めた。
「か、海賊ぅ?」
「やっと気付いたか。鈍い奴らめ」
「ええ?リュギオン、あなた、もっと前からわかっていたの?」
あー、そういや、リュギオンって、視力もいいものね。
「だったらなぜ、知らせないのよ」
「俺の仕事じゃないからだ」
な、なに言ってるのよぉ。
「まったく、しけた船だぜ。賊対策すらなってないとは。護衛の兵すら乗せてねぇのかよ」
乗組員たちは、戦闘に関してはまったくの素人といった腰つきで、おろおろとしながら武器や防護バリケードの準備をしたりしている。
たしかに、万全の体制とは言い難い。
「リュギオン、手伝ってあげてよ」
「なぜ俺が?」
「あなたは戦闘のプロでしょう。あなたが加われば一気に戦力増強、きっと海賊にも打ち勝てるはずよ」
「俺は今、船賃払って乗船してる客なんだぞ。事態の収拾に奔走するのは乗組員たちの仕事だ。俺には関係ない」
「な、なにをぉ〜、人助けでしょぉ〜」
「タダ働きなんて、ごめんだな」
ま、また、この怠慢な若者は〜!
「なんだよ、俺は傭兵だぞ。仕事の依頼なら報酬を支払ってもらわなきゃな。ババアが払ってくれるのかよ。ああ、たしか前にもこんなことがあったよな。それもまだ未払いなのになぁ。いまだに体を重ねるどころか、ろくに、さわらせてももらえないんだがな」
うわ、出た、この悪しき若者ムーブ!
こんな時に、もうサイテーなんだけど!
「聞きなさい、リュギオン!」
私は負けじと、キッと睨みつける。
「今、この状況!乗組員みんな一丸となって戦闘にあたろうとしているけど!このまま船上戦になったら、かろうじて撃退できたとしても、こっちの人的被害は甚大!絶対、怪我人が出ちゃうわよ!そうしたら、操船に携わる人員が減ることになるわよね!この先の航行にも支障が出ることになるわよ⁈」
「まあな」
「ねっ、あなたの旅程にも利害にも直接関わってくるわよ!楽しく船旅を続けたいわよね!わかった⁈ほら!乗組員の人たちに協力してあげて!頑張って!いってらっしゃい!」
「ふん、口達者なババアだぜ。舌先三寸、口八丁で若者を言いくるめ、労働に駆り出そうとするその姑息な手腕、見事なもんだ」
う、うん。
褒め言葉と受け取っておくわ。
「じゃあ、あれやってくれ」
ん?
「ご武運を、ってやつ」
え。
「ご、ご武運を……!」
「ふん、しょうがねぇなババア。じゃあ、ちょっと行ってくる」
「う、うん……」
あ、あら。
これ、気に入ってたのか……知らなかった。
ようやく勤労意欲が湧いてきたのか、屈伸したり腕をぐるぐる回したりと、準備運動に着手し始めるリュギオン。
私のもとから立ち去ると、すぐに乗組員たちの輪に加わっていった。
終始冷静で、落ち着いた言動で的確に指示を出し、バリケードの補強や武装の準備などに取り掛かる。
自身も短い剣を携え、戦闘への参加意欲をしっかり見せてくれていた。
おお。
ちゃんと、乗組員さんたちに協力してくれている。
あの、ご武運を、が、効いたというのか。
そ、そっか。
なんだ、意外に素直で可愛いところもあるんじゃない、リュギオン……。
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ほどなくして、海賊船との海戦が始まった。
海賊船の固定武装、衝角。
船首のとんがった部分を、こっちの船の側面に当ててこようとするのよね。
こっちの船は、なんとか回避しようと、急速旋回を試みる。
直角90度に当たってしまうと、大破は免れない。
このまま、なんとかスレスレで避けてもらいたいなあ。せめて30度の角度くらいまでなら、いくらか持ち直せるんだけど。
並走したり接触して船同士が接近するたびに、海賊たちがこちらへ飛び移ってこようとする。
少数とはいえ、こちらの甲板にはすでに敵が侵入している状況になっており、乗組員たちは涙目になりながら必死に応戦していた。
「よし、このへんでいいだろう。ここはおまえらで防戦できるな」
不完全だったバリケードの縄目を直したり、死角になっていた隙を間に合わせの樽を組み合わせて埋めたりと、防御面を一通り指揮し終えたのち。
リュギオンは一人、帆柱によじ登る。
そうしてしばらく機を伺っていたかと思うと、投げ縄を作り、海賊船の支柱と横柱に引っ掛ける。
ロープを使って機動力を確保すると、
「今だ!乗りこむ!」
とうとう敵地である海賊船のほうへと、飛び移っていったのだった。
ひ、ひぇぇ。
なんという跳躍力。身体能力。も、さることながら。
こんな海上を跳んでいく度胸。豪胆な精神力。勇ましさみなぎる決断力。
落ちたら海ポチャよぉー。サメの餌食よぉー。海戦中の船二隻に轢かれる恐れだってあるのよぉー。
私の心配をよそに、俊敏な動きを見せるリュギオンは、無事、向こう側に移乗。
海賊船内に乗り込み、帆を破壊。
そして真っ先に、操舵手や漕ぎ手を狙いに行く。
その作戦は見事成功したようで、海賊船の動きは次第にゆっくりとなり、そうして運行は停止した。
おお、これで、敵船からの体当たり攻撃の恐れはなくなったわね!さすがリュギオン!やるわね!
海上戦が終わったわ!
残るは、甲板上の戦闘員たちとのバトル!
船上戦、剣や近接戦での戦いの流れへと、繋がってゆくのだわ!
「リュギオーン!頑張って〜!」
私は、こちら側の船の甲板から、声援を送った。
船尾に作成したバリケードの奥のほうから、海賊船の戦闘を臨む。
船上戦でも、もちろんリュギオンは大活躍だ。
まあ、すごい迫力。
見事な近接アクションシーンだこと。
華麗な剣技はさることながら、足刀蹴りに正拳突き、膝、肘、押しなどの徒手格闘も多用した、圧巻の戦闘パート。
あら、なんだか、バトル漫画みたいな展開ねぇ。
リュギオンってものすごい強キャラで、少年漫画とかヤンキー漫画の主人公みたいだものね。
たった一人で形勢を逆転させ、敵戦闘員を次々に打ち倒していく勇姿。
無双の力を誇る活躍を見せていた。
まるで、大英雄と名高いアキレウス様や、半神半人ヘラクレス様のような、神がかった戦いぶり。
ああ、素晴らしい光景だわ。
神々を彷彿とさせる体躯が織りなす、徒手格闘技術、剣術、まばゆいばかりの躍動感。
飛び散る汗としぶき。熱気。
生観戦ならではの、大迫力と臨場感。激しい攻防や、技の音までが聞こえる。
漢気あふれる、闘いの世界。
ああ、こんな目の前で。特等席で拝めるなんて。
まるでお高い劇場でのお芝居鑑賞。観劇にも、勝るとも劣らず。
私は感動し、終始立ちっぱなし。
スタンディングオベーションで拍手喝采、熱狂して応援した。
「リュギオン頑張って〜!負けないで〜!ああ、うしろー!リュギオンうしろー!あぶなーい!ああ、今度は横ぉー!」
な、なんだか、特撮ヒーローショーのようにも思えてきた。
素面アクション、殺陣シーン。
それなら、私はさしずめ、観客席のチビッコなんじゃない。
ヒーローに憧れるファン、応援するチビッコのポジション……。
……まあ、そういえば、そうね。
つづく!!━━━━━━━━━━━━