第3話① 船上の危機を乗り越えろ! 「さわるぞババア!いいな⁈」
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街道の端に、人だかりができていた。
「まあ、あれは何かしら」
路端に荷を広げ、のぼり旗を掲げながら何やら呼び込みをしている。
特徴のある声色や姿格好の行商人たちが、さまざまな商品を目玉にして、路上販売をしているようだった。
青果はもちろんのこと、民芸品や陶器の物売りもいた。郷土名物のお惣菜やお茶を出してくれる簡易的な出店まであった。
「薬売りもいるな」
「あらお薬屋さん、ちょうどよかった。私も買っておこうっと」
旅人が医薬品を一通り補充しておくのは、基本の習わしよね。
もうすぐ船に乗る予定だし、乗り物酔い止めにも予備があると、一安心だわ。
「ものすごい行列だな。あれに並ぶのかよ、ババア」
「平気平気ー。リュギオンはどこかで待ってていいわよ」
こうして、しばしの別行動。
リュギオンは、向かいの屋台でお茶を飲んだりして時間を潰し、私、瑠奈は、薬売りの行列に並ぶことになった。
ふう。
それにしても、大行列。すごい人気ね。
そんなに効き目のよいお薬なのかしら。
私は一人、最後尾につくと、前に並んでいた方々と世間話を交わす。
「はぁぁ〜、ああジオファラス様、今日もなんと見目麗しいの」
「前に来てくださった時よりも、一段と男前に磨きがかかっておいでよねぇ。ああ見て、あの輝くようなお肌、見事な艶のある漆黒の長髪」
「へぇ〜、ジオファラス様とおっしゃるのですね、優美なお名前ですこと〜」
「あら、あなた旅の方?彼の行脚の日にたまたま立ち会えるだなんて、運がよいわねぇ」
わあ、そうなのね。
わーいラッキ〜私ツイてるんだわ〜。
「ジオファラス様はねぇ、各地を巡って行商をしていらっしゃるのよ」
「高名な薬師様でね、お顔だけでなく腕もよくって、とても高品質な品を調合してくださるんだから」
「へぇ〜」
ジオファラス様、か。
有能な薬剤師さんなのね。その上、とても魅力的という理由もあって、女性陣に大人気らしい。
なるほど。
行列の先、先客たちの姿を見ていると。
代金を支払ったり商品を受け取ったり際に触れ合う、手や指先。客と店主という間柄ではあるが、一言二言を交わすちょっとしたやりとりや、ひとときのコミュニュケーションが発生するということに意義があるようだった。
みんな頬をほんのり上気させ、瞳はうつろ。恋する乙女といったふうで、可愛らしい仕草や甘い声でもって、彼の接客に歓喜していた。
いやしかし。
うう。
薬買うだけで、この大行列は、なかなかキツい。
私は、最後尾、と書かれたB5版サイズの紙片、じゃなくて蝋板を両手で掲げながら、自分の番が来るのをひたすら待ち続けた。
「さあどうぞ、あなたが最後のお客様だ」
はあ疲れた〜、ようやく私の番が回ってきた。
「長くお待たせしてしまって申し訳ありませんでしたね。何がご入り用でしょうか?」
「えぇと、頭痛薬や止瀉薬、解熱剤、乗り物酔いのお薬などを、一通りお願いします」
「それでは、5オボロスほどいただきます」
5オボロス=8,300円くらい。
常備薬セットのお値段は、相場よりもお高い。
けっこうな割高店なのね。
ま、まあ、しょうがない、ここまで並んだのだもの。
買うわよ。払うわよ。
「これは、おまけ」
ジオファラス様は、常備薬の基本セットに追加して、小さな瓶を差し出してくれた。
とても凝った装飾と細工の、ミニチュアの香水瓶みたいな、洗練された一品だった。
「まあ綺麗、よろしいのですか?」
「肌と目によい成分が凝縮された、栄養剤なんですよ」
へぇ〜、ビタミン剤とかかな。
健康食品?果実や穀物のエキスを発酵させた酵素ドリンクとか、そんなのかな。
「お気に召しましたら、こちらの大きさの瓶で販売しておりますので、よろしければ次回購入してみてくださいね。またお待ちしておりますよ、美しい旅人さん」
わー、ジオファラス様、商売上手ぅ。
大行列に並んでまで買いにくるお客さんがたくさんいる理由、わかるぅ。
通常サイズの瓶を見せて商品説明してくれたり、女性が好みそうなオシャレな包装の袋に品物を詰めてくれたり。おまけに、試供品サンプルみたいなミニサイズまで販売促進で配ってくれるなんて〜。
わーいラッキー。
ジオファラス様に手を振られて丁重に見送られて。私はすっかりご機嫌になって、ニコニコしながら、リュギオンのもとに戻って行った。
リュギオンは向かいの出店の軒先に座って、行列の先を眺めていたらしい。
「ずいぶんと上機嫌だな。色男の薬売りがそんなに気に入ったのか」
色男の薬売り、とは、ジオファラス様のことを指して言っているのだろうか。
「ふん、あの程度。俺のほうが美男子だろうが」
え?
美男子?
ああ、え、リュギオンのこと?
「美男子だったの?あなた」
「何をいまさら。俺を何だと思ってたんだ」
え、ごめん。正直、顔の細部とか美醜とかまで、よく見てなかったの。
コワモテと筋肉という特徴が印象強すぎて。それで見分けがついているから今まで特に不自由なかったというか。
だってねぇ、若者の顔の良し悪しとか、オバチャンにはよくわからないのよねぇ。
今風のウケる系統とか、流行りのお顔立ちとか、変遷についていけないしぃ。
「いえね。世代がちがうと、どうにもねぇ。高齢女子から見るとね、若者の顔って、み〜んな同じように見えちゃうものなのよ、それでね」
「歳のせいにするなババア。世の中には、しっかりとした審美眼を保持し続ける老齢者なんか、たくさんいるんだからな。これはあんたの個人的な問題であり、短所だろうが。要するにあんた、俺の容貌になど興味も示さず、造形美を理解する努力も怠り、周囲の群衆と区別する義務さえ放棄していたんじゃないか」
あ、あら。
なかなか、怒っていらっしゃる。
若き傭兵リュギオン。
世間一般では美男子扱いを受ける部類に位置する顔面レベルだったらしき事実。
そして意外に、己の美貌にけっこうな自信とこだわりを持っていたらしい。ナルシスト気質でもあったらしき事実。
っていうかね!
あなたこそ普段は、これだからババアは〜だの、年寄りは〜だの、主語デカく大雑把な括りで、勝手な決めつけや偏見に満ちたご高説を垂れていらっしゃったじゃないの!
己の主張を通したい都合のいい時だけ、所詮は個人の問題や短所だとか断じてくるんじゃないわよ!
「まあ、色男とか美男子とかの話題はひとまず置いておいて。あの薬売りさんはね、ジオファラス様と言ってね。高名な薬師様みたいよ。お商売上手でね、物腰豊かで上品で。接客もとっても優雅でスマートで。顧客満足度がとにかく素晴らしい、よい買い物ができたのよ。それに、綺麗な小瓶まで、おまけにつけてもらっちゃったのよね〜」
ジオファラス様は手際よく店じまいを済ませると、早々に姿を消してしまっていた。
街道の隅では、その場で名残惜しそうにお見送りをする一派と、こっそり彼にくっついて後を追おうと画策する一派で、いがみ合いが勃発しそうになっている。
女性からの絶大な人気を誇っているのは、まちがいない。
「あの薬売り、どうも引っかかるんだよな」
「ええ?」
「どうも得体が知れない……掴みどころがない、実態がよくわからない。分析が、捗らない」
ああ、例の職業病。
ヒューミント、人的情報収集技術?ってやつ?
年齢とか身長体重、生育歴や職歴から、果ては、食べ物や異性への嗜好癖まで把握しちゃえるとかいう技能。
統計学が基本としてあって、心理学、社会学、文化人類学、精神医学なんかを含んだ行動科学的に分析しちゃうんだっけ。
名探偵さんとか、プロファイラーさんとか、そういう極端な洞察力をよく発揮してるわよねー。
それがうまくいかない?
スランプ、ってこと?
「そりゃあリュギオン、あなた、まだ若いもの。世の中にはあなたがまだまだ知らない、出会ったこともないような人たちもたくさんいるでしょうよ。わからないことくらい、そりゃああるわよ。万能感を持つほうが、まちがってるのよ。ていうかねぇ、これまで、人間すべてを把握しきった気でいたなんてねぇ、それこそが若者の思い上がりなのよ」
「それだけじゃない」
「ん?」
「あの薬売りの姿。遠い昔に、過去に、見た気がする」
「見た?子供の頃、とか?」
「俺は、一度見た人物のことは、たいがい忘れない」
あら、すごい記憶能力。
「しかし、その記憶では、あいつは今の姿のままなんだ」
「え」
「つまり、歳をとっていない。20代そこそこの姿のまま」
あはは。
まさかぁ。
「あ、わかった!」
「なんだよ」
「わかっちゃったわよ!私!このカラクリに、気づいちゃった!」
つまり!
「一族経営よ!親子二代でお商売してらっしゃるのよ、きっと!あなたが子供の頃に見たのは、ジオファラス様のお父上!叔父上や、歳の離れた兄君なんかかもしれないわね!」
「……納得いかない」
「なによ、もう」
ジオファラス様から購入した商品が詰まった、買い物袋。女性が好みそうなオシャレで可愛らしいデザインをした包装。
リュギオンは、それに目線を落とした。
「あ、ちょっと!」
大事に胸元で抱えていたのだが、リュギオンに奪われてしまう私。
「何するのよ!」
「毒見する」
「え、ええー⁈」
ここは出店の軒先。机と椅子を設けた飲食スペース。
リュギオンは、飲み物や軽食の皿を横に片して、机の真ん中にバラバラと袋の中身をぶちまける。
薬草や煎じ薬、丸薬の数々を、机上に散らばしたのだった。
ああ、なんてことを!
ジオファラス様が丹精込めて調合してくださったお薬が!
丸薬なんて特に、とっても手間がかかってるんだからね!薬草を煎じて粉にした生薬粉を、はちみつや寒梅粉 に混ぜ込んで練り上げて、小さく丸めて真珠のような形に整えてるのよ!
「これが頭痛薬か、こっちは成分に問題はないな。混ぜ物の含有量はどうだ」
丸薬をナイフで細かく刻んで分解したり、乾燥した薬草の根や茎までを、ガリガリ齧ったり噛んだりし始めるリュギオン。
煎じ薬の粉末も、通常はやかんに入れたり火にかけて煮詰めて服用するものだというのに、リュギオンは粉をそのまま掌に出し、目を近づけて、つぶさに観察。
片っ端から、舐めたり嗅いだり経口接種したり。
水に出して色味を検証したり。
あああ、もぉぉ。
「何が毒見よぉー。もー、いいかげんにしてよぉー」
「……っう」
「えっ」
「……う、うぅっ」
「ええっ?」
リュギオンは、急に苦しみ出した。
肩を振るわせ、大きく上下するような荒い息づかい。小刻みに震えたり顔面蒼白したり逆に上気したり、どっと噴き出た、滝のように流れる冷や汗といい、その容体にはあきらかに異状が起きていた。
彼が手にしていたのは、綺麗な小瓶だった。
それを口に含んでから、苦しみ出した。
そうして豪快に吐き出したのだった。
「え、だ、大丈夫⁈」
リュギオンはゴホゴホ咳き込み、ゼーゼーハーハーと肩で息をしながらも、お水をガブガブ飲んでは喉に手を突っ込んで嘔気を促したり、うがいをしたり。
あら、これって、セルフ胃洗浄?
ま、まさか、毒?
え、まさかよね。
オロオロとしながらも、背中をさすってやる私。
リュギオンは、少し落ち着きを取り戻すと、小瓶を床に叩きつけて割ってしまった。
それは、ジオファラス様がおまけにくださった、あの綺麗な小瓶だった。
中身は、肌と目によい成分が凝縮された栄養剤、と言っていた。
とても凝った装飾と細工の、ミニチュアの香水瓶みたいな、あの小瓶。
「ま、まさか、毒物なの?」
「毒じゃねぇ、毒じゃねぇが……」
まだゴホゴホ、ゼーゼー言いながらも、リュギオンは、きっぱりと断言した。
「これは、たちの悪い強壮剤の一種だ……」
「強壮、剤」
「……媚薬だ、ババア」
「え」
性欲を亢進し、積極性や性衝動を高めたりだとか。異性を惹きつける体臭フェロモンを発散したりだとか。脳内で神経伝達物質ドーパミンを促したりだとかいう作用があるっていう。
滋養強壮剤。いわゆる精力剤。催淫剤。
エッチな気分にするやつ。
え。
何それ。
「なんてものをババアに渡すんだ、あのクソヤロウ!!」
「な、なぜ、ジオファラス様は、そのような品を?」
「俺の勘はまちがってなかったぜ!やっぱりあの男、ジオファラスという薬売りは、得体が知れない……!一体どういうつもりだ、あのヤロウ!!」
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━