第2話② 冥界?の河を渡れ! 「俺の金で、遊んで暮らせ!!」「俺に養われろ!ババア!!」
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もう!なんてことを強要してくる若者なの⁈
依存しては絶対にだめだわ!
なんとかして大金パワー特権を使わずに、宿を得なければ!!
私はもう一度、宿屋の何軒かを訪ねてみることにした。
もうこの際、雨風を凌げたらどこでもいいのよ。寝具を収納していた納戸とか、ロビーとか待合室の片隅とか軒先とかでもいいの。なんだったら、下働きなんかを手伝ってもいいし。
それだけ譲歩し懇願して頭を下げて、各受付で、鬼交渉に挑んだ。
だが、それでも、よい返事はなかなか貰えないまま。
時間ばかりが過ぎてゆく。
宿場町を彷徨う私。
その間、リュギオンは一定の距離を保ち続けたまま、私の行動を見守り追従していた。
無言を貫いてはいたが、明らかに何か言いたげなのを堪えてはいるようで。
隠しきれない苛立ちの圧を、私の背後から容赦なく飛ばしてくるのだった。
雨に打たれ続け、衣装も湿り、体も冷えかけてきた頃、いよいよ、本気でリュギオンが捲し立て始める。
「いいかげんにしろよ、ババア!」
うう。
「俺に養われろ!ババア!!」
絶対、いや。
この若者に恩を着せられるのだけは、絶対ごめんだわ。
そうして。
諦めずに交渉に向かい続け、当たって砕けて、何軒目かのことだった。
それは、静かで落ち着いた佇まいの、古風な建物。
老舗の旅荘だった。
「……そういうことでしたら、一部屋だけご用意できますが……」
「まあ!ありがたいこと!」
やったぁー!
これで宿が確保できたんだわ!
よかった〜報われた〜!
「無理を聞いていただいてありがとうございます、本当に助かりましたわ!」
「……ええ、ですが……」
歓喜する私に、受付の女性は、蝋板本と尖筆を手渡してくれた。宿帳への記帳を促してくれる。
同時に、注意事項も説明し始めるのだった。
「……ですが……このお部屋には、ある事情がございまして……」
「えっ?」
なになに?
「……出るのです」
「出る、とは」
「……得体の知れないものを見たとか、聴いたとか。頭痛や腹痛、吐き気を催し体調を崩したとか。宿泊客たちが皆、一様に被害を訴えるものですから……しばらくの間、閉鎖しておりましたお部屋なのです……」
「あー」
あー、そういうことねー。
お化け出るのねー。
「私は平気ですのよー!全然かまいませんわよー大丈夫ですー」
いわくつきのお宿なのねー。
祟りとか心霊現象とか、霊障ってやつなのねー。
「おいババア」
一定の距離を保ち続けたまま私の行動を見守り追従していたリュギオン。彼が、私の背後から口を挟んできた。
「怖くないのか、ババア」
「平気よ。リュギオンは?」
「俺は傭兵だぞ。亡者が集う古戦場で寝起きするくらいは、平常だ」
あー、そうだったわね。
「……ずいぶんと前のお話ではございますが……たしかに実際に、死人を出したお部屋なのでございます……」
まあ。
事故物件、心理的隠蔽なんとかなお部屋、かぁ。
そりゃあ老舗で何十年と経営していれば、たまたま病人や死人が出てしまう不幸なタイミングだって、長いことやってる分、その年月分、多くあるわよね。
他の、できたばっかりのピカピカ築浅お宿や、後発の宿泊業者に比べたら、そりゃあね。
老舗の宿命よ、しょうがないわよね。
「よくある話よ。ふつーふつー。気にしないでー」
「……快諾いただきありがとうございます……宿泊料は、1ドラクマでけっこうですので」
「あらそんな」
「ものすごい笑顔だな。抜け目のないババアだぜ」
わーい!ラッキー!
こうして私は、無事に今夜の宿を確保することに成功。
リュギオンの大金を当てにせず、なんとか自立を保ったまま、雨の宿場町ピンチを乗り切ったのだった。
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そのお部屋は、豪華で広々とした特別室仕様だった。
きっと、このお宿で二番目か三番目かくらいに格の高い、セミスィートルーム、みたいなかんじだろう。
本来なら、安くとも十万円くらいはするであろう客室。つまり10ドラクマの部屋。
それが、1ドラクマで泊まれてしまったのだった。
室内には仕切り境が設けられていて、その奥にはもうひとつの寝室、小部屋があった。
壁紙も、白地に花柄。内装も調度品も木製カントリー調で、とっても可憐でほっこりした可愛らしい雰囲気。
オシャレで、女の子らしくって、ロマンチック!
あー、こういうセンス、好きぃ。
「きゃー、すごい!豪勢ねぇ〜!えー、これが1ドラクマで泊まれちゃうの〜?私たちツイてるわねぇ、ねぇ、リュギオン!」
「じゃあな、俺がそっちの小部屋を使うから」
ん?
あ、あー、そうね。
ものすごい年の差があるとはいえ。男女二人きりで同部屋での就寝はまずいわよね。
小さなサブ部屋があってよかった。
「私が向こうへ行くわよ。リュギオンのほうが体も大きいし、小部屋の寝台じゃ狭いでしょ?」
「いいから。ババアが寝心地いいほうを使え。硬い寝台じゃ、脆い背骨が折れるだろう」
え、いえ、そこまで脆くないし。骨粗鬆症もそこまで進んでないけど。
言いながら、リュギオンは室内をウロウロしては、壁に手をやったり床に伏して耳を当てたり、なにやら環境調査らしきことをしていた。
「そこはもう終わった。先に寝ていいぞ」
軍人気質ゆえだろうか。初見の地では特に。彼は、自分が身を置く場の安心安全材料を確保するため、徹底的に探索をするのだった。
まずは寝床周りに異物がないか、毒虫や害獣がないか、外敵の罠や仕掛けがないかどうか、など。
家具を動かして、壁との隙間を点検したり、絨毯を剥がして床板を覗いたり。
職業病というかなんというか。
手慣れた様子でテキパキ効率的にクリアリングしていくリュギオンの姿を見て。私は、あらあら見事な手際ね、すごいわねぇ〜なんて、ただただ感心してしまうばかりであった。だが。
ああ、いけない、そうだった。
旅行者の心得としては、毎回宿泊施設で、私だってこれくらいは警戒にあたらないといけないのよね……。
私もサボらずに手伝おうっと。リュギオンだけに任せていてはいけない。
「私も手伝うわ。これも動かすの?」
壁に飾られた一枚の絵。
大きな額縁に手を伸ばしていたリュギオンに協力しようと、私も片側に回って持ちあげようとした。
だが、壁から剥がした途端、一瞬たじろいでしまった。結局、リュギオン一人に検分を任せることになってしまう。
「わ、わぁ、これは?」
額縁の裏を見ると、お札のような白い紙、短冊みたいな短い紙片がびっしり何十枚と重ね張られていた。
「これって祈祷師さんの?お清めや、おはらい的なポジティブな作用のほうのやつよね?気味の悪い呪いのお札ではなくって、魔除けとか、お化けを鎮めるための」
一瞬ぎょっとしちゃうけども、お札があるっていうのは心強いことでもあるのよね。
宿側が、その祈祷師さんに頼ったり、お金も手間暇もかけてなんとかしようと対策を講じてくれた証拠でもあるのだから。
その誠意が、お客さんたちにも、霊障を起こしている亡者の方にも、伝わっているといいんだけど。
「何か感じるか?」
「うーん」
「ババアは、本当に怖くないのか?」
「怖くはないのよねぇ。そうねぇ、共感というか。もし、自分がここで死んだとしたら。成仏できずにお化けになってこのお部屋をさまよってたとしたら。って、考えちゃうわよね。そうしたら、こうしてほしい、ああしてほしい、こうだったらいいのに、みたいなことがね。なんとなくわかるというか」
「理解できるのか、亡者の思考が?」
他人事ではないわよね、まるで自分のことのように考えちゃうわよ。
「つまり、すでにもう冥界に片足を突っ込んでいるから、向こうの住人寄りなのか。立場としては、亡者たちから仲間扱いをされる側だろうから、危害を受ける心配がいらない、と。そういうことなのか」
あー、そうかも。
「わかったよ。ババアに体調の不良が見受けられないようなら、それでいい。早く寝ようぜ」
「そうね、おやすみなさい」
うーん、そうよね。私ったら。
生と死の微妙なボーダーライン、どっちつかずの危ういグレーな境界、はざまにいる、というところなのかしら。
自分で思っていた以上に、もう、向こう寄りに踏み込んでしまっているのかもしれない。
たしかに私、いつ死んでもおかしくない。
この世界では、私はまぎれもない年寄りなのだから。
15歳で成人して、20歳までには結婚して、30歳超えたら中高年扱いされて、50歳が平均寿命になってしまうような、そんなかんじの世界だもの。
平均寿命は50歳、人生50年間時代がデフォの世界。
ここでは、私はすでに、年寄りポジション。高齢層。
シニア枠、年寄りカテゴリーに属する、高齢女子としての自覚を持たなければ。
老いや死は、誰にでも平等にやってくるもの。
ならば怖れず冷静に。
もはや、もがかず、抗わず。覚悟だって決めてみせる。
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ザーザーという雨の音が続いていた。
湯浴みを済ませて、就寝準備に入った私。
結局、私は寝心地のいいほうの大部屋で、一人ぬくぬくと寝具にくるまれた。
そのまま心地よく眠りに落ちそうにはなった。だがやはり、旅仲間の境遇が頭をよぎって、なんとなく落ち着かない。
今頃リュギオンは、小部屋で窮屈そうに背中を丸めて寝ているのだろうか。
ふと気になって、そっと覗きに行った。
今からでも遅くない。あんまりにも寝苦しそうなら申し訳ないし、代わってあげたい。
小部屋の引き戸を少し開けて、その隙間を覗く。
「なんだババア」
「わ、びっくりした、起きてたの?」
傭兵は、人の気配には敏感だった。
「寝首をかかれちゃたまらないからな。眠りが浅くできてる」
「えー、夜中の暗殺とか闇討ちとかを怖れて?」
商隊で一緒だった時も、連日ろくに寝ずに、夜中の番とか見張りとかこなしてたものね。
俺は何日かくらいは寝なくても平気なんだ、とかなんとか。意識高い系ショートスリーパーみたいなカッコいいこと言ってたけど。
睡眠を疎かにしても大丈夫な体質って、どうなのよ。傭兵って、戦士って、皆こんなかんじなのかしら。
ほんと人間離れしてるわよね。
「やっぱり狭そうね。私がこっちで寝るから、あなた向こうへ行きなさいよ」
思っていた以上に、リュギオンの大きな体躯に小部屋の寝台は窮屈そうだった。
やっぱり申し訳ないわよね、心苦しいわ。
リュギオンの背中をぐいぐいと押しやっていると、彼は私の腕を軽く払い除けた。
「おいババア、俺を誘ってるのか?夜中に男の寝床に来て、体をさわるんじゃねぇよ」
「えぇっ、私、そんなつもりは……」
「覚悟ができたのか?」
「……え」
「俺に身を任せる覚悟ができたのか、って聞いてんだよ」
つづく!!━━━━━━━━━━━━━