第10話③ 若者は住めない村! 「逝くなババア!俺にあとを追わせるな!!」
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軍に逗留する期間が長くなるにつれて。それに比例して、リュギオンを慕う志願兵はもちろんのこと、女の子たちの数も増えていった。
親衛隊ともいうべきファンの女の子たちは、軍に志願してまで、彼に接近したがるのだった。
軍において、後方支援を担当する者たち。
兵站とは、戦闘地帯から見て後方にあたる、軍の諸活動、機関、諸施設を総称したものである。物資の配給や整備、施設の構築や維持など、兵士をサポートすることがメインの、裏方仕事。
それは、体育会系の部活動。アメフトやラグビーなどの荒っぽいスポーツ、男子運動部における、女子マネージャーのような存在である。
ほとんどは、自己犠牲の精神や、純粋に軍に貢献したいという熱意に溢れた真面目な子らだった。
だが、連戦連勝の快進撃を続けるリュギオンたちの活躍によって。隊や軍の規模も大きくなっていき、兵員の数も多くなっていく。傭兵軍や兵士、戦場といったものが持て囃される流れとなり、社会全体でよい印象や流行りのイメージがつき出すと……。
「きゃあああ!リュギオン様ぁぁ!」
……上昇志向が強く、野心に満ちた面々も集ってくるようになったのだった。
眼光鋭い女傑たちである。
推薦AO入試や、就活や婚活の自己PR欄に書くと有利だとか、人脈づくりに最適だとかいった、そんな打算的な志望動機で、マネージャーの肩書きを得ようとする一派だった。
野心家の彼女たちが、資産家で有名人のリュギオンを恋愛対象のターゲットに設定するのは、わかりやすい流れではあった。
こうして。
私は、彼女たちの恋のライバルとして、徹底的に喧嘩を売られることになったのだった。
まずは、根も葉もない事実無根の噂話を吹聴される。
おかげで、女神様だ何だという説は無事収まってくれたわけで、そのことに関しては、ありがたくはあった。
だが。
目が合えばヒソヒソ嫌味を言われてしまうし、聞こえよがしに中傷もされる。
この状況には参ってしまう。
申告すれば、侮辱罪、名誉毀損罪くらいには相当するレベルの、陰湿な会話を聞かされるのだから、堪ったものではない。
「あーら、あれが毒婦の瑠奈さんよ」
「妖婦に狙われて、リュギオン様も災難ですわね」
「さすが淫婦、気味が悪いこと。どんな手練手管を使って、英雄を陥落させたのか、考えるだに恐ろしいですわ」
ど、毒婦!妖婦!淫婦!
ひ、ひど!
ひどい言いがかり!
あのねぇ、私はねぇ、ババアだのオバサンだのオバチャンだのと呼ばれるのは、別に傷つかないわよ、だって事実ですもの。
でも妖婦毒婦淫婦は、やめてよ。
事実無根よ、まったくの冤罪よ。
やった覚えもないことで咎められるなんて、理不尽すぎるわよ。不名誉この上ない。不条理なこの状況には我慢ならないわ。
日々年老いてゆく身の私だけれど、気持ちだけは荒ませることなく周囲に感謝を忘れずしてひたすら謙虚に毎日を送っているのよ。
清く正しく真面目に生きてるんだからね。
人様のことを陥れたりなんて考えたこともないわよ。まして危害を加えたりなんてしたこともないし。殿方を誘惑したりなんてしたこともないわよ。売春どころか。関係を持った異性なんて、生涯通じてたった一人。亡き夫のみ、昌幸さん、ただ一人だけなんだからね。
……などと、彼女たちに反論したところで、どうせ無駄よね。
どうやら本気でリュギオンを狙っているようだから。
私のことを恋敵として認定、徹底的に排除しようと全力で攻撃を仕掛けてきているのが、よくわかるもの。
彼女たちは、とても賢く、女子としても強者だ。
無力で弱者な私になど、とても勝ち目はない。
立ち向かっても無駄よね。
彼女たちは、声が大きく、立ち回りもうまかった。
マネージャー的な役割を分担する際においてもそうだ。
兵士たちのサポートや裏方仕事。泥臭い雑事や下働きのような雑務は、他の子たちに押し付けて丸投げをして、任せっきり。要領よく逃げたりサボったり。
そして広報など、男性の目に留まることの多い表舞台や、存在をアピールできる明るい立ち位置に身を置いては、目立つ言動を画策するばかりといったありさまなのだった。
……ああ。
ずる賢いというか狡猾というか計算高いというか打算的というか。世渡り上手で頭のいい子たちだなぁ。この先もずっと、失敗とか挫折とか損とかを絶対経験しないように、うまく立ち回って、常に計算して頭を動かして、器用に要領よく生きていける子たちなんだろうなぁ。恋愛も就職も婚活も、狙ったものを手に入れて、狙いどおりの場所に収まって、勝者となって。弱者や敗者を愚鈍と見下して嘲笑して、そうして生きていくんだろうなぁ。たとえば大奥とか後宮の世界に放り込まれたとしても……望むところとばかりに女性同士の陰湿バトルも好戦的にこなして娯楽のように楽しんで、愉快痛快に生き延びて権力を掌握していくんだろうなぁ。この先の人生、まったく何の心配もいらない子たちなんだろうなぁ。
きゅっきゅと、大楯を磨く私たち。
この業務も、本来は彼女たちの担当なのに。要領よく押し付けて、どこかへ雲隠れしているらしいのだった。
はあ。
武具の手入れは嫌いじゃないからいいけども。
私のお気に入りは、鍛治神ヘパイストス様がお造りになられたというアキレウス様の盾のような、丸い盾、円盾ホプロンなのだけど。この大楯もすてきよね。長方形のスクトゥム。
四角くて、がっしり頼もしい。私の元いた世界では、機動隊員さんたちが持ってたわよね、防護楯と呼ばれる、かっこいいやつ。
私は、せっせと根気よく磨いたり、傷を修復したり紐や把手の欠けた部分を補修したり。
簡単な補修は私たちで間に合わせたが、壊滅的にヒビが入っていたりする物は、よけておいた。
プロの鍛冶屋さんに見てもらうため、リヤカーみたいな荷台に載せて行かなければならない。
ああ、盾や武具をいくつも運ぶとなると、めちゃくちゃ重いわね。
重労働だわ、大変よねー。けっこうな力仕事よね。ああ、腰に来るわぁ。
そうして、私を含めた何人かの女の子たちで、苦労して運搬しようとしていると……。
「やあ、手伝おうか?」
「これを運べばいい?」
なんと、見かねた兵の何人かが、手伝いを申し出てきてくれた。
「ありがとう、重いでしょう?」
「全然だよ、大丈夫」
「いい鍛錬にもなるし、任せといて」
あら、なんて爽やかな男子たち。
真面目な女の子たちとの相性も良さそうね。
見れば、女の子たちは彼らの親切心に素直に感激して、嬉しそうに顔を綻ばせていた。
あら、笑顔。よかったわ、いい出会いがあって。
辛い業務を押し付けられて、ついてなくって、悔しい想いもしちゃったけども。でも誠実な異性は、ちゃんと頑張ってるところを見てくれてたってことよね。そうなのよ、真面目に生きてれば、真面目に生きてるお相手に出会えるようにできてるものなのよ。
ああ、みんなお似合いだわ。
うんうん、よかった。とってもいい雰囲気。
彼らのお手伝いのおかげで、辛かった運搬業務も、あっという間に終わることができた。
はあ、めでたし。
やれやれ、よかった。
帰りがけに、兵舎の売店が目に入った私は、みんなと別れて単独行動。そのまま次の仕事に取り掛かることになった。
「ようババア、何か手伝ってやろうか」
いきなり背後から、リュギオンが声を掛けてきた。
「さっきまでは大変だったんだけどねー。あとは、売店に行くだけよ」
「買い出しか。荷物持ちくらいしてやるよ」
「いらないわよ。在庫の数を数えるだけなんだから」
兵営にある売店。店内にある商品の補充をしておかなくてはいけない。
少なくなっている在庫の数をチェックして、業者に納品してもらわないと。
力仕事などはない。正直、リュギオンの手助けはいらなかったが。断っても、彼はしつこく私に追従してきた。
リュギオンは真隣を歩いて、そっと私の指を掴んでくる。
ちょっと、私たち、なんで兵営内を手繋ぎデートしてるのよ。
業務中よ。いちゃついていてはいけないわ。まったくもう。
私はその手を払い除け、早足で店を目指すことになる。
そうして店内に入る。
すると、ある人物の姿が目に入り、私はぎょっとなった。
「ジ、ジオファラス様⁈」
「やあ瑠奈さん、このような戦地でお会いできるなんて、奇遇ですね」
「よ、よよよくも!」
ジオファラス様だった。
なんと、あの彼が、軍の施設内に出張営業に来ていたのだった。
「よ、よくも、のうのうと私の前に顔を出せたものね!しらばっくれようったってそうはいかないわよ!」
「どうしました、瑠奈さん」
「ほ、北西のほうで!あの鉱山事故とかがあった地方一帯、山奥の庵での出来事よ!忘れたとは言わせないわよ!」
「何のことです?あのあたりは、叔父と一番上の兄の担当区域で……」
「ほ、ほらまたー!そんなこと言って、お顔そっくりの親戚のしわざにして言い逃れする気でしょう!もう騙されないわよ!」
「ああ、まさか、彼らが何かしでかしたのですか?温厚な瑠奈さんをこんなにまで怒らせるなんて、何か、人道に逸れたひどい悪業をしでかしたとしか」
「わ、私を手籠めにしようと……」
「ああ、なんということを!」
えー、なんなの?
もう、まさか本当に、別人のしわざなの?よいジオファラス様と、悪いジオファラス様が別にいるの?
それとも私、また騙されてる?いいように言い逃れされてるだけ?
もおお、わけがわからない!
「大丈夫だババア。こいつは、あの薬売りヤロウじゃない。別人だ」
え。
「おい、おまえ、いつもは軍港なんかによくいるやつだろう」
「は、はい、私は、軍関係の事柄に憧れがあって、よく……」
「ええ⁈別のジオファラス様⁈」
信じられない!うそでしょう⁈
「リュギオン、見分けがつくようになったの?」
「なんとかな。あいつの庵に入り込んで、間近でじっくり観察できたのは大きい。ババアの手柄だ」
「わ、私?どうして」
「俺一人では警戒されて、敵の拠点になんて、とても入り込めなかっただろうからな。あんたが敵を油断させてくれてたおかげだろう」
そんな。
囮捜査官とか、潜入捜査員みたいなことをしたつもりではないけども。
「やっぱりわかりやすいのが耳孔だよな。あとは、歯列と、鼻の付け根。表情筋の一部にも、特徴的なちがいがある」
そんなん言われても、私には分からないけども。
「急遽、親族会議を開いて招集をかけて、彼らを徹底的に糾弾します!どうか、私の身内の者がしでかしたことをお許しください!瑠奈さんには、また改めて、報告と謝罪に伺いますので!」
ジオファラス様は、そう言い残して、足早に立ち去って行った。
私は、ぽかーんとなって、呆気に取られるしかない。
「大丈夫だババア」
「う、うん」
「ジオファラスの件に関しては、各地の憲兵隊に報告しておいたし、ロナードにも頼んである」
「ロナード?」
ああ、あのSパルタ国のお役人さんのことかな。
有能そうなあの人のことだ。今頃、各国に取り次いだり手を回したりなどもしてくれていることだろう。
リュギオンは、いつものごとく私の知らないところでも、しっかり動いて事態の収束に努めてくれていたらしい。
はあ、それにしても、びっくりした。
私、まだまだ、あの時起きたことや彼の言っていたこと、すっきりとは消化しきれてないみたい。
自分で思っていた以上に、けっこうショックが大きかったのかもしれない。ダメージを引きずっているのかもしれない。
売店での業務を終えて、私たちは、兵舎の周辺や敷地内を二人連れ立って歩く。
真隣を歩くリュギオンは、私の手を優しく握ってくれた。
彼の体温が伝わってくる。
冷え切った私の指は、徐々に温まってきていた。
「……ねぇリュギオン」
「なんだよババア」
「……あの時の、ジオファラス様の言っていたことって、どこからが嘘で、どこまでが本当だったのかしらね」
すべてが嘘だったのかな。
それとも、本当だったこともたくさんあったのかしら。
たとえば、霊薬は存在していること。霊薬が独占されていたこと。
そんな一族の方針とは、ジオファラス様は対立していたこと。
彼が反旗を翻してその気になれば……。
人間は。
私たちは……本当に。
「あのヤロウの言葉なんか忘れろよババア」
「……そうね」
そうよね。
「あと、もうひとつ言おうと思ってたことがあるのだけど」
「なんだよ」
「この作戦がひと段落ついたら、私、軍を抜けるわ」
「どうしたババア、もう戦場に飽きたのか」
例の、眼光鋭い女傑たち。
彼女たちの攻撃は、ますますエスカレートしていた。
私物を盗まれたり切り刻まれて捨てられていたり、飲み物に異物混入されたりといった、実害まで伴う、陰湿な嫌がらせの数々が続いていた。
これ以上、過激な犯行に及ばれないうちに。
怪我をさせられないうちに、逃げたほうがよさそうなのだ。
「あなたがあんまりにも英雄で人気者なものだから。私、ちょっと居心地悪くなっちゃったのよ」
「なるほど、そうか嫉妬か。妬くなよ、俺はババアだけのものだ」
何言ってるのよ。独占欲なんかないわよ。嫉妬なんかしないわよ。
「それじゃ、俺もそろそろ引き揚げるとするか」
「あなたは残らないとだめでしょう、リュギオン」
「一定の戦果も出したし義理は果たした。あとは正規軍に手柄を置いといてやるよ」
「だめよ、あなたは。この軍には欠かせない存在でしょう。まさに、トロイア戦争時におけるアキレウス様のような。策を講じたオデュッセウス様に無理矢理引っ張り出されていった、あの英雄アキレウス様みたいな影響力じゃないの。あなた目当てに志願した兵や後方支援の女の子たちが、ほとんどなんだから」
「神話の話を混ぜるのはやめろよ。聞く気が失せるぞ」
えー、でも。
「隊が総崩れになったらどうするのよー。残ったほうがいいと思うなぁ」
「あんたと一緒にいる時間のほうが大事だ」
「私は特に何もしないわよ。のんびり過ごしたいだけだもの」
私はねぇ、ちょっと都会の喧騒から離れてゆっくりしたいだけなのよ。
なんだか、少しだけ、疲れちゃったのよね。
ちょっとだけ、静かに過ごしたいの。すごく楽しいけどもね、若者たちのパワフルさと、テンポの速さやノリのちがいに、ちょっとついていくのが辛くなってきちゃったの。ここにきて、ついにね。
そうだ、若者が住めない村、っていうのに行ってみようかな。
たしか、そんなのがあるって聞いたのよね。
あの女性だらけの街で。呑み屋街で呑んだくれていた、あの時に。
酔っ払いの戯言、ろくでもない酔客の小噺か、ただのネタ、酒のつまみに聞く程度の、信憑性もない噂話、かもだけど。
そうして、ひと段落ついた作戦後。
私たち二人は、軍団長のもとを訪れる。
部隊を離れる旨はあらかじめ伝えていたが、やはり当日ぎりぎりまで引き留められることになってしまった。
そこで私は、軍団長にこっそりとお話をした。
離脱は、あくまで一時的なものだから、と伝えたのだ。
リュギオンのことは、あとで必ず説得して戻らせるからと、私は固く約束をするのだった。
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




