第10話② 若者は住めない村! 「逝くなババア!俺にあとを追わせるな!!」
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正規軍の花形はやはり、貴族たちであった。
彼らは御者とともに、二頭立ての豪華な戦車に乗っていたりもする。
華やかな騎兵部隊は、ひときわ目を引いた。
その中でも特に、派手な戦装束をした騎兵がいた。
長髪をたなびかせて、花のかんばせを存分に見せびらかしてから、華々しく名乗りを上げる。
注目を集め知名度を上げて名声を高め。
だが、そのあとすぐのこと。
不思議なことに一旦、間があった。
一旦後方へと下がってから再登場をするのだった。顔面全体を覆い、額や鼻を大きくカバーするタイプの兜をかぶってから。
「あら、あれって……」
私はすぐに気がついた。
立派な白馬にまたがった、騎兵の姿。
さっきと同じ豪華な鎧や黄金色のマントを身に纏っていても。高価そうな煌めく槍を手にしていても。違和感が生じていた。顔は、兜で隠されてしまっていて、よく見えなくなっている。
別人だ。
あれは、きっと、影武者である。
臆病な貴族のお坊ちゃんが、見栄を張って、前線の戦闘をニセモノに任せているのだった。
やたら大袈裟で無駄の多い動き。ぶんぶんと振り回す、大雑把で豪快な槍さばき。
だが、見ている者たちには強烈に存在をアピールするような派手な立ち回りで、敵の何人かを仕留めていく。
戦場パフォーマンスとでもいうべき活躍を、ひととおり披露。そのあとは、さもノルマをこなしましたよ、とでもいったふうに、さっさと後方へと下がっていった。
後方にある拠点。
そこでは鎧や武具、防具など、装備品の取り替えなどが行われる着替えの場が設けてあった。
貴族用は奥にあり、目隠しがしてあって、個室の更衣室のようになっている。
私はそこの担当ではなかったが、武具の装着や鎧の脱ぎ着の手伝いを受け持つ補助係を申し出ると、簡単に入り込むことができた。
着替えをのぞくと、見知った筋肉美の彼が、やはり立っていた。
「やっぱり、リュギオン」
「なんだ、ババアか。のぞくなよ」
「やっぱり、さっきのあれ、あなただったんだ」
足元には、鎧兜が転がっていた。
装飾刺繍びっしりの黄金色のマントや、ゴテゴテとしたデザインのゴージャスで煌びやかな武具ばかり。それは貴族仕様の、高価で豪奢な装備品だった。
やはり、貴族の影武者として活躍していたのは、リュギオンだったのだ。
「ばれたか。内密にと頼まれたんだよな。黙っててくれるかババア」
「もちろん私は黙ってるわよ」
でも、みんな気づいてると思うけどなあ。
最強歩兵なのは知ってたけども、リュギオンって、騎兵としてもすごかったのね。
色々極めていらっしゃる……見事な乗馬技術よねぇ。
鞍もないのに、軸が全然ぶれてなかったわよね。安定感抜群の体幹。馬上で、よくあんなに槍を振り回せるものだわ。
「せっかく、あんたが来てくれたのにな、残念だ」
「えっ」
「こういう閉所でいちゃつくのも悪くないが、残念なことに、急いでる」
「そ、そんなつもりは」
「さっさと歩兵の陣地に戻らねぇとな」
「そ、そうなのね、手伝うわ」
すぐに着替えて、歩兵のほうの布陣位置に戻るのだと言うリュギオン。
その言葉を聞いて、私も急いで鎧の紐をほどいたり結んだり、脛当ての装着を手伝ったり、せわしなく前線に送り出したりと、彼のサポートに徹っする。
まあ忙しいこと。すでにもう何人分かの働きをこなしているというのだもの。
さすがは一騎当千の、英雄リュギオン。
あと何百人分の戦働きをするのかしら。
私が配属されていたのは救護班であったが、幸いにも人は足りていて、暇だった。
リュギオンたちの活躍により、こちらの軍は終始優勢で、たくさんの怪我人が運ばれてくるような事態にはならなかったからである。
おかげで業務の合間合間には、みんなで交代で休憩を取って、前線を見守ったり兵士たちを応援する余裕があったのだ。
前哨戦が終わってからは、開けた平地まで進軍して行った。行軍の障害となる山や川は、一切無い。
大軍勢同士の衝突、会戦が始まっていた。
砂塵の中で揉み合う。
重装歩兵密集部隊。ファランクス。
縦深は、八列ほど。兵士同士が隙間無く密着して隊列を組み、守りを固める。
右手に長槍を、左手に小型盾を携えて、密集隊をなす戦術。自身の左半身と、自身の左隣に位置している兵の右半身を盾で守る、というわけである。
盾は小型で、円形のホプロン。
裏側の中央部には、輪や把手が付いている。それに腕を通したり把手を握って盾を簡単に固定できるような装備となっていた。盾からは紐も伸びていて、肩や首から吊るせるような工夫もされてある。
この中での一番の安全地帯は、なんといっても中央部。
ここには、戦闘経験の少ない新入りの兵などが配置される。
最前列と最後列にはベテランの古参兵を置いて固め、右半身が無防備になることから、最右翼の列には特に精鋭を配して対処にあたる、といったふうだった。
彼らは号令や笛の音に合わせて、歩調を乱すことなく、規律正しく整然と前進した。
号令によって、素早く陣形を切り替える。規律正しく足並みが揃う。徐々にフォーメーションが変化していく。
団結心と、日頃からの集団訓練の成果が、ここで発揮されるのだ。
盾でぶつかり合う最前線。互いの重圧をぎりぎりと押し付けながら、槍で突き合う、ファランクス同士での戦闘。
そんな大軍勢同士での激突シーン。
その中に、私は見覚えのある影を見た。
いつも見ているからこそ捕捉できた。
あの彼、だからこそ、見間違うはずはなかった。
「あら、あれって……」
リュギオンが、敵の陣地内において暗躍していた。
剣は、クシポスと呼ばれる両刃剣。青銅の直刀である。まるでアサシン、暗殺者のようだった。
敵陣に紛れ込んでは、ステルスなキルを繰り返す。
土色をした布地、外套で身を包んで、体勢を低くして移動する。
砂塵の中に、身を潜ませて。
敵陣の合間を縫うように、走り回っていた。
拮抗したファランクス同士の激突だったが、敵方にはいつのまにか損害が出ていたり、陣形の要といった位置が崩れていたりといった、不測の事態が続いたようだ。
形勢はすでに、もう覆しようもない差が開き、こちら側の断然有利となっていった。
「ま、まあ〜。戦場では、こういう活躍の仕方もあるのねぇ」
私はぽつりと、思わず呟いてしまった。
奇襲攻撃を行う別動隊、遊撃部隊とでもいうべきか。
敵陣地に潜り込み、トリッキーな立ち回りを見せる、危険極まりない役どころ。
戦場で目立ちたくない、英雄やら半神だなどと讃えられたり、民衆に注目されたりしたくない、とは、たしかにいつも言っていたけども。
リュギオンは、まさしく影の主役だった。
会戦の決着は、思っていたよりも早くに、見え出してきた。
あっけなく崩れていく敵の大軍勢。
勝利はもう、すぐ、目の前だった。
すると、奥に引っ込んでいた貴族のお坊ちゃんたちは、急にやる気をみなぎらせ、姿を見せ出した。
騎兵の活躍をアピールするように、我先にと、大仰な名乗りをあげて戦場に突っ込んでいった。
どことなく腑に落ちない気もしないでもないけども……。
でもまあ、あとは彼らに任せておけばいい。
武勲を稼いで、貴族の責務を果たし、民衆の信頼を得て。いずれ求められるのであろう戦後の処理、国内の収束にも、なおいっそう奔走してくれることだろうから。
うん、これでよしとしよう。
ほどなくして、リュギオンは前線から戻ってくる。
造作もないことのように業務を終え、すでに装備を外して身軽になっていたほどだった。まだまだ余力があるといったふう。
傭兵仲間たちは高揚し、彼の周囲に集まっていった。
おどけ半分で抱きついたり、ぐしゃぐしゃと乱雑に頭を撫でたり。興奮と感動と感謝の熱意を、素直に相手に伝えようとするのだった。
みんなが一様に、彼の手柄と腕っぷしを褒め称えていた。
あら。こういうの、元いた世界でも見たことあるわ。
えーと、たしか。
あれだわ。あれ。サッカーの中継。シュートして、ゴールが決まった時とか。
チームプレイのスポーツで、よく見るやつ。
あら、いいわね。青春ってかんじ。
仲間っていいわね、すてきよね。
私もハイタッチとかジャンピングとか、ウェーイなノリに混ざって、ワーワー騒ぎたいのですが。
うーん、とても近づけない。
それに、なんだか気兼ねしちゃうわよね。
若者たちの輪の中に、私が混ざっちゃって大丈夫かしら。
気分だけでも味わおうと、盛り上がる集団の隅っこのほうにコソコソ紛れこみ、ポジションを確保した。
それだけでも十分楽しかったから、まあいいか。
……なんて、私がささやかに満足していたら。
「おう、ババア」
「あっ」
「さっきはどうもな」
リュギオンがこちらに気づいて手を上げた。
手を上げたまま、近づいてくる。
私はすかさず、その手に、自分の掌を合わせに行った。思いきり背伸びして、腕を伸ばして。
ぱちんという、軽やかに弾けるような、小さな音がした。
ハイタッチに成功した。
私はまるで、憧れの特撮ヒーローにファンサービスをしてもらえたチビッコ視聴者のように、無邪気にはしゃいだ。
そんな至福の時間。
しかし噛み締める隙もなく、それはすぐにかき消された。
「おお、瑠奈様だ!」
「瑠奈様!女神様!」
「やはり、人間の姿を借りた女神様が、我らに力を与えてくださっているのだ!」
「女神の化身だ!瑠奈様!」
私は、リュギオンともども囲まれて、混沌の中央位置に配置されてしまう。
ひ、ひえぇぇ、ちがう、ちがう!
女神様じゃないったらー!
私は、リュギオンとちがって、何の活躍もしてないんだからー!
戦場はまったくもって、エネルギッシュでスリリングでエキサイティング。バイタリティにあふれ、心躍るようなダイナミックさが愉しめる場所であった。
こうして。
私たちが所属する傭兵部隊。その雇用主である某国の正規軍は、連戦連勝を重ねて、まさに破竹の勢い。
快進撃を続け、その名を大陸中に轟かせるのだった。
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━━




