第10話① 若者は住めない村! 「逝くなババア!俺にあとを追わせるな!!」
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「おお、瑠奈様だ!」
「瑠奈様!女神様!」
「勝利の女神よ!どうかご加護を!」
私、瑠奈は崇められていた。
とある戦場にて。
若き傭兵リュギオンとともに、傭兵部隊に採用されて、ここにいた。
私のほうは、危険度も賃金も低め設定である、後方支援担当だ。
兵士たちの武具の手入れや管理、炊事、救護、補給、といった銃後の守りに従事していた。路銀稼ぎの一環としては十分すぎる待遇で、毎日が充実していたし、不満点も特になかった。
ああ、それなのに。
「勝利を我が手にー!」
血気盛んに、勢いよく斬り込んでいく兵士たち。
敵は大軍勢だった。対するこちら側は、寡兵。
岩だらけの隘路や峡谷などに布陣するのは、敵の騎兵に、背後や側面に回りこまれないようにするためである。
そこへ敵軍を誘い込んで、少しずつ潰していく作戦だった。
峡谷には、伏兵の用意もあった。
敵軍の背後を封鎖できれば、包囲は完了。勝利はぐっと近くなる。敵騎兵は機動力を失うし、大軍勢は数日で水不足に陥り、降伏ないし全滅するしかなくなる。
その算段は、滞りなく、うまくいっているように見えた。
すべてはこの作戦の立役者。企画立案はもちろんロケーションを設定したりなども含めて。敵軍への潜入調査や情報精査、事前準備といった諸々の地道な活動によるもの。
そう、ほとんどはリュギオンの活躍によるものである。
「お聞きしましたぞ瑠奈様!あなたは、あの英雄リュギオンの想い人だそうな!」
「あの軍神であるリュギオン様がお慕いする女性なのだから、勝利の女神にちがいない!」
「……いえ、あの、私、女神様とかではないので……」
握手や会話をやんわりと拒否するも、それでも引かずに殺到してくる兵士たち。
あのリュギオンの隣にいるくらいだから、とかいう理由で、ついでに私まで神格化され始めてしまったのだった。
「瑠奈様が入隊してからというもの、隊は全戦全勝!負け戦と思われていた先の防戦まで、ひっくり返して返り討ちにしてしまわれたではないですか!」
ちょっと勝手なこと言わないでよ。
それは同時期に入隊したリュギオンの功績でしょうが。私は一切関係ないわよ。ご期待に添えずに申し訳ないけど。
残念ながら、私には何の能力もないんだってば。
「人間の姿を借りた女神様が、我らに力を与えてくださっているのだ!」
「女神の化身だ!瑠奈様!」
え、ちょっと、拝まないで⁈
手を合わせるの、やめて?ありがたがらないで?
リュギオンはともかく、私は、何の力も持たない、ふつーの、ただの、一般の人間なんですから!
何も効能ないのに、期待されても困るから!
私はたまらず、足早に集団から離れて、兵営テントの影に隠れた。
はぁぁ。
まいっちゃうわ。勝手な神格化。女神様扱いにも。
魔法とか不思議な力が使えるとかならともかく。私は、ふつうの一般人。
期待されても困るわよ。
「どうしたババア、こんな日陰で」
「リュギオン、もぉ」
日陰でやり過ごしていたら、元凶が、目ざとく私の姿を見つけてきた。
リュギオンは肩当てやら鎧やら重たそうな装備を身につけていて、金属音をがちゃがちゃと鳴らして近寄ってくる。
「あなたのせいで、私まで拝まれるようになっちゃったのよ。女神様扱いされてるんだからね」
「ふーん、俺の苦労がわかったか」
「なによ」
「半神だなんだと持ち上げられる面倒さを、少しは思い知ったか」
「あなたは、半神と呼ばれるに相応しい実力も実績もある人なんだからいいじゃないのよ。でも私のほうはねぇ、ふつうの高齢女子なのよ。私なんか何にも役立ててないのに。実力も伴ってないのに崇められちゃあ、なんだかみんなを騙してチヤホヤされてるみたいで、落ち着かないったらないわ」
「そんなことはない」
「ええ?」
「あいつらの士気は、勝利の女神が上げてるんだ。あんたが後方にいてくれるだけで、送り出してくれるだけで、戦意が高揚していたからな。あんたは十分役立ってる」
そんなわけないでしょ。
すべては英雄リュギオンの影響力でしかないわ。あなた由来の効果でしょうに。
はあ、居心地悪いわねぇ。
まったく、リュギオンのせいよね。有名人の彼の近くにいる存在というだけで、無力で無能な私までもがなぜか特別視されて、一目置かれてしまうという、この状況。
もー、日陰といえ、彼とこうして一緒にいると、また注目を浴びてしまう。
兵站スペースのほうへ引っ込んでおこう。
リュギオンに手を振って、一旦別れる。
こそこそと移動をして、バックヤードのほうへ辿り着く。すると倉庫テント内は、恋バナで盛り上がっていた。
私と同じように後方支援をこなしている女の子たちが集う。若々しく可愛らしい、活気ある声で賑わっていた。
「あっ瑠奈さん、見てください、これ!」
「あら可愛い」
それは、細かい刺繍が施された、キーホルダーのような小物。手のひらに収まるサイズの、手作りマスコットだった。
兵士たちに、お守りにと渡すのだそうだ。
「みんな手先が器用ねぇ、こんな緻密な小物作りができるなんて。この刺繍もすごいわ」
私は絶対できそうもないわ。手芸って、お裁縫技術って、もう才能よね。芸術の域に入ってるわよ、こんなの。
こんな手の込んだ物貰えたら、きっと感激して喜ぶわね。
「いつも一番左端先頭で護りについてるあの兵隊さん、あたし、あの人に渡そうと思ってて」
「あたしも、思いきって正規軍の彼に想いを伝えるつもりなんです」
「まあ、すてきねぇ〜みんな、頑張ってね」
「わあ、勝利の女神の瑠奈さんに応援してもらっちゃった!」
「あたし、すっごい勇気が出ました!」
「わたしも!」
「あ、あのね、私は女神様なんかではないけども……でも私ね、みんなが、いつも真面目に働いているのをよく知ってるのよ。だから大丈夫よ。お相手の方たちだって誠実なら、そういうところをちゃんと見てくれているものよ、だからね、きっとうまくいくわよ」
私は女神様扱いを受けることには困惑していた。だが、若い娘さんたちが幸せそうに盛り上がる会話内に、たとえ端っこの立ち位置からであっても、少しでも関われたことは素直に嬉しかった。
戦場の華である兵士たちをサポートする、裏方。若い娘さんたちにとっては目を背けたくなるような泥臭い雑務だって、たくさんある。そんな後方支援の仕事を、いつも黙々とこなしている彼女たち。
みんな、とてもよい子たちなのである。
そろそろ前哨戦は終わる。
敵軍との全面からの衝突になりそうだ。大規模な会戦が控えていたのだった。
陣地内は、みんなどことなく落ち着きがない。
前線に布陣する兵士たちを送り出す、ひとときの時間が設けられようとしていた。
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「おお、恋愛の女神!瑠奈様だ!」
「一言お声を掛けていただくだけで、恋愛運が上がるらしい!」
「告白する前に手を握っていただくと、成婚確率が飛躍的に上昇するのですって!」
「ああ恋愛神!おそば近くで香りを嗅いでいるだけでも、恋愛成就のご利益にあやかれそうだわ!」
私たちの所属する軍では、カップルがたくさん成立していた。
勇気を出して手作りマスコットを渡せた女の子たちは、相手の方に受け入れられて想いが通じたと喜んでいた。そんな影響を受けて背中を押された他の男女も、次々に積極的な行動に移すようになったらしい。その結果のようだった。
それ自体は良いことである。
けれども、なぜか、すべて私の功績ということになっていた。
恋愛を成就させた女神だと、もっぱら噂になって、私はさらに持ち上げられているのだった。勝利の女神扱いにもプラスされて、拝まれ方も讃えられ方も崇められ方もダブルになって、ますます大困惑するしかない。
リュギオンが厳しく睨みを利かせたため、不用意に声掛けをしてきたり近づいてくる者は接触を控えるようになってくれてはいた。
だが衆人監視というか、この注目度。
みんなからチラチラと遠目から見守られているかんじは、ずっと続いたままである。
「いつから恋愛成就の女神まで兼任することになったんだ、ババアは」
「勝利の女神も、恋愛の女神も、そんなお役目受け持ってないわよ」
私、瑠奈と、若き傭兵リュギオン。
私たちは、二人で兵舎内や中庭を散歩する。
あてもなく歩き回りながら、会話を楽しむ。そんなデートコースが定番であった。
先日の一件から、私たちは一応、交際をしている。
恋人同士として。
清いお付き合い、肉体関係の生じない、プラトニックな、とはいえ。
一応は、恋人同士、カップル、という公にできる関係性にまで発展したわけで。
やっぱりなんだか、まだまだ気恥ずかしい。
人目が気になってしょうがない。
「おい、なぜだババア……いや、恋愛の女神よ」
「何よ、その呼び方は」
「なぜ俺の恋愛運は上昇しないんだ?これまでずっと恋愛の女神と一緒にいたというのに。俺はまったくと言っていいほど、ご利益にあやかれてないんだが、なぜなんだ」
「あなたまで何言ってるのよ」
「俺にも加護を授けてくれよ、恋愛の女神。いつも相手がそっけないんだよ。俺は本当に愛されてるんだろうか。どうにも俺のほうの片想い、一方通行に思えてならないんだ」
私の目の前にひざまづいて、こうべを垂れ出すリュギオン。
私の長衣、足元のほうでひらひらしている裾部分を掴み始めた。
「おい、さっさと恋愛運を上げてくれよ、俺の女神」
「なんなのよあなた、女神様のお話とか神話とか、大嫌いだったんじゃなかったの」
「俺の恋が実るというなら、それはまさしく神のみわざだろう。神どものことだって、ようやく信じる気にもなるってもんだ。神話にだって敬意くらいは払ってやるよ」
「冗談もいいかげんにしなさいよね。本物の女神様たちが、お気を悪くなさったらどうするのよ」
リュギオンは私の前に膝をついて、こうべを垂れたまま。
私の長衣の裾、ひらひらを掴んで離さない。
「おい女神、あたりを見回してみろ」
「やめなさいよね、その呼び方」
「みんな人目をはばからず、いちゃついてるぞ」
「まあ、それにしても、カップルの数が増えたわよね」
「恋愛が成就したやつらばかりだ」
「そうねぇ。戦場のロマンチックな恋人同士のひとときって、かんじよねぇ」
近く戦場へ向かう兵士たちと、彼らを送り出す女性たちとの恋愛模様。
ひとときの別れを惜しんで、泣いたり抱き合ったり抱擁したりキスしていたり。
恋愛映画のクライマックスのように、恋人同士のドラマチックな展開が、そこかしこで繰り広げられていた。
「俺たちは、抱擁しないのか」
「しないわよ。人前で。恥ずかしいわよ」
「他のやつらは気にしてないが」
「みんなはいいのよ、若いんだから。自由よ。でも私は無理よ。だってもう若くないし。恥ずかしいわよ。そもそもの価値観や感覚がちがうんだもの、だから」
「いいから。おい、抱擁しろ。ハグとやらはどうした」
「え、えええ」
「この間、ようやく解禁されただろう、あれだよ」
か、解禁って……。
「人前ではできないわよ。恥ずかしいわよ、無理よ」
「まったく、頑固なババアだぜ」
「そうよババアよ。女神様じゃないわよ。ほら、わかったでしょう」
ひざまづくリュギオンを強引に立ち上がらせて、この女神様扱いにも、いいかげん終止符を打つ私。
「ほら立って、まったくもう」
ひざまづいた彼の体を起こそうとして、手をやって身を寄せた私。
するとリュギオンは、その機に乗じて、私の腰にすがった。
ひざまづいたまま、私のウエストあたりに抱きついたのだった。
ひ、ひぇっ。
身長差として、リュギオンの頭部が、ちょうど私の胸あたりに来た。
彼をこの角度で見下ろすというのも珍しい。
俯瞰の視点で、彼を見下ろす私。
「ちょっ、何するのよ、離しなさいよ」
ぎゅっとしがみついて、私の胸に顔を埋めるリュギオン。
この強引な抱き寄せ手段に、私は呆れて彼の頭部をポカポカ殴るしかない。
「心臓の音がすごいな」
「こ、こんな時に生存確認とかしないでくれる」
「俺の女神」
「女神様じゃないってば」
「そうだな、瑠奈」
「……もう」
私は、彼の頭部をポカポカ殴るのをやめた。
そしてそのまま、その頭部を掌で包んで、撫でた。
よしよしするように、髪をさわってやった。
「じゃあ、ちょっと行ってくる、瑠奈」
「……ご武運を」
「ああ」
いってらっしゃいリュギオン、気をつけてね。
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━




