第9話① 薬売りの甘い誘惑に打ち勝て! 「浮気するな!ババア!! 」
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「少し、一人になりたいの。しばらく別行動を取りましょう」
「なんだと?」
「行きたい所もあるの。あなたには退屈な場所だと思うから、いちいち付き合わなくていいのよリュギオン」
「だめだ!俺はババアについて行く!」
「もぉ」
「どこへ行くつもりだ?俺が一緒にいると困るのか?どこだ?」
「そりゃあ色々あるわよ。女性用の衣装を置いてるお店、下着屋さんとか。男性の目が気になって、他のお客さんだって選びにくいでしょう」
女性向けのお店が立ち並ぶショッピングエリアには、正直、近寄ってほしくないわよね。
それにね、私だってたまには羽目を外してお酒を煽ったり、上品さ優雅さを忘れて、ジャンクなフード買い食いしたり意識低〜い自堕落な一日を送ってみたくもなるわよ。人間ですもの。それこそ、男子大学生の冬休み中みたいに怠惰な生活よ。お菓子つまんでゲームして夜食にカップ麺すすって夜更かしして昼頃起きてコンビニ飯買いに行ってお昼寝して、みたいな一日を、送りたい日だってあるのよ。
「急にどうした」
「自由にさせて。一人で過ごさせてちょうだい」
「……わかったよババア」
「じゃあねリュギオン」
こうして、若き傭兵リュギオンとは別行動を取ることになる。
私、瑠奈の一人旅が始まった。
まずは、卸問屋街。
衣装も下着も、バッグもポーチもアクセも安い。可愛くてお買い得なものばかり。お化粧品も選びたい放題。歓喜のタイムセールまで設けてくれるのだから、ありがたいことこの上ない。
女性向けの商品が割安で購入できるとあって、街の中は、常に女性客でごった返していた。道ゆく客、従業員、出入りの業者などなど、九割以上が女性といった街だった。
衣料品店はもちろん宿泊施設に飲食店と、まさに女性専用区画のよう。まるで女子校、女子大、女子寮。女性専用車両や女子トイレや女子更衣室といった具合。
ここでは男性の目を気にせず、自由にのびのびと過ごせる開放感に満ち溢れていた。
この女性だらけの街には、夜遅くまで開いている飲食店も多くあり、女性一人で夜の街を歩いていても何の危険もないのだ。
こうして私は、禁酒の誓いも破る。
大手を振って、夜の街を徘徊したり、飲食店のはしごをして呑み歩いたり。大いに羽目を外して楽しんでしまった。
そんな生活を何日か続ける私。
すると、当然のごとくに、頭はズキズキと痛みが生じる。二日酔いに苦しみ、暴飲暴食が過ぎた胃腸は荒れ、肌も荒れ。
ついでに当然、体重も、ぐっと増してしまった。
せっかく問屋街で買い込んだ、割安の新しい衣装が、ものすごくキツイ。
あ、あら、まずい。やばいわ私。
そろそろ、まともな生活に戻らねば。
もお、しょうがないわねぇ。
名残惜しいけども、誘惑がすごすぎる。しょせん、私のような基本怠惰な人間には、こういった街は毒なのよ。身を持ち崩す前に、この甘い生活から抜け出さなければ。この女性だらけの楽しい街にもそろそろ別れを告げなければいけないのだわ。
さあ、旅に戻ろう。歩こう。ウォーキングしよう。
うーん、スロージョギングくらい強度をかけないと、体重戻らないかも。
そうして、せっせと歩いて道なりに進んでいると。
ある漁師町に辿り着いた。
この近辺は、季節の漁が盛んな地域。
男手がメインの出稼ぎ労働の場とあってか、女性の行き交う姿が、極端に少なかった。
女性だらけの問屋街周辺地域とは対象的に、こちらは、男性だらけの地であった。
「おや、またお会いしましたね。美しい旅人さん」
「まあ、ジオファラス様」
漁師町の一角に、荷を広げるジオファラス様がいた。
なんと、彼のほうから声を掛けてきてくれたのだった。
「お元気そうで何よりです瑠奈さん。あれからお変わりないですか?」
男性だらけのこの地では、あの人気者、ジオファラス様の行商も、あまり振るっていないようだった。
行列もなく、客足もまばら。女性客がほとんどいないこの地では、ごくふつうの一般的な薬売りとしての認知度と集客しかないようなのである。
そのため、この地では、私は行列に並んだりすることなく、すぐに彼の接客にあやかることができた。
いつもと比べると、他の客に遠慮することもなく時間も気にせず、ゆっくりと商品を吟味することもできたのだった。
リュギオンもいないことだし、ちょうどよかったこと。
常備薬の補充を済ませておこう。
ああ、あと、旅のお土産ものにも、各地の名薬が人気なのよね。遠方の珍しいものも、いくつか買っちゃおうかしら。
そうだ。お世話になった期間工のみんなや奥方様にも、お土産を持って行ってみようかな。シュティテさんやラゴス君、傭兵仲間さんたち、三段櫂船で一緒になったダイエッター仲間にも。
お会計を頼むと、ジオファラス様は、後ろに積んであった荷物をごそごそと探って、ある品を取り出してくれた。
「たくさんお買い上げいただきありがとうございます瑠奈さん。これはおまけです」
それは、手のひらに載るくらいの、小さな置物だった。
小動物をかたどった、細かくて見事な彫刻と細工、木製の民芸品だ。
「まあ、なんて可愛らしい置物」
「今回の行商では、女性向けの景品を用意していませんでしたので、代わりに……ごひいきさんのお子さん方へのお土産ですが、よかったら」
「ありがとうございます、とても嬉しいです」
「ふふふ、喜んでいただけてよかった」
売薬業を営み、旅をする、ジオファラス様の荷物。
薬売りの商売道具である。柳行李のように背負うタイプのトランクだった。商品がみっちり詰まった運搬具。重さは20kgくらいはありそうだ。
船便を使ったり、馬の背に乗せたりもするのだろうけど。馬が通れない細道山道などでは、この重たい背嚢を背負って、毎日長い道のりを歩いたりしなくてはならないのだ。
改めて、ジオファラス様のお姿を眺めてみると、意外に逞しい方なのだということがわかる。
一見細身ではあるが、肩幅も背中もがっしりとしていて広く、足腰も頑強そうだった。
この間の鉱山の村でリュギオンがこなした依頼のように。特殊な薬草採集には危険が伴う上、野草と山岳の知識、登山経験、ある一定以上の身体能力までが要求される。
野犬が出たりするような人里離れた山岳地帯、崖っぷちに群生してるものなども、採りに赴かねばならない。
外注して済ますことも多いのだろうが、このジオファラス様のご様子では、どうやらほとんどを自力で揃えているようなのだ。
「おや、いつもの彼は?用心棒の」
「あ、ああ、えっと」
「いつもはそこらに待機して、こちらを見張っているでしょう?あの若者、リュギオン君。今日は珍しく、姿が見えませんが」
えっと。
「もしかして、傭兵の契約期間が切れましたか?」
「あ、ええ、まあ。そのようなものです」
「それでは、今はお一人で?」
「ええ、うーん、まあ」
「でしたら心細いでしょうに。それに、退屈では?ああ、そうだ、よかったら、私の庵へ遊びに来られませんか?」
「えっ?」
「ここから西南へ……さほど遠くない低山を二つ三つ越えた先にあるのですよ。私はこれからしばらくそこへ逗留していますので、よかったら。ぜひ立ち寄ってみてくださいね」
「まあ、私を招待してくださるのですか」
ジオファラス様には、彼には、聞きたいことがたくさん溜まっていた。
彼とゆっくり話ができるのなら、ちょうどいい機会かもしれない。
「ただし、他言は無用で。あなたは口堅そうだから、特別にご案内するのですよ、瑠奈さん」
「え、あの……誰にも内緒で?」
「希少な薬草の群生地ですのでね。同業者には知られたくない、市場を独占したい、そういった理由からです。浅ましく卑しい考えだと我ながら呆れますが、商いをする以上は、狡猾に立ち回る必要もありましてね」
「ええ、それはもちろん……理解できます。私、誰にも情報を漏らしたりしませんから、安心してください、ジオファラス様」
「それはよかった。では、お待ちしていますよ瑠奈さん」
こうして。
さらに詳しい場所を教えられた私。
彼と一旦別れてから、数日後に、その場所を目指すのだった。
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




