第8話③ 詐欺師?の謎に迫れ! 「俺について来い!行くぞババア!!」
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臨時の救護所が設置されていた。
村の寄り合いの際などに、集会所として使用されるのであろう、広くて大きな平屋だった。
そこには怪我人が運ばれてくるのはもちろんのこと、医療や看護、救助活動をするボランティアの方たちが休息する場所としても機能していた。
食堂では炊き出しが振る舞われ、広間には仮眠室が設けられた。
炊事場の手伝いや、包帯交換や洗濯、簡単な手当てや治療の補助など。私のような、外部から来た素人にも、できる手伝いは山のようにあった。
「瑠奈さん、手が空いたら、こちらもお願いしてよいですか?」
「ええ、ジオファラス様、今行きます」
ジオファラス様直々に頼まれた作業は、大量の薬草を擦り潰すことだった。
手のひらくらいの大きさの車輪。その中央に渡された棒部分を握って、車輪をコロコロ転がす。みるみるうちに、外用薬の原料となる葉っぱは細かく砕かれていった。
これは、薬研というらしい。薬材などを挽いて粉末化したり、磨り潰して汁を作ったりするための伝統的器具である。
あら、こういうの、ダイエット器具にあったわよね。
なんとかローラー。ひざまづいて、両手で車輪を握って、前にコロコロするやつ。
わあ、いいじゃない、腹筋に効きそうだわー。
そんなふうに、調子に乗ってコロコロしていたら、すぐに消耗し疲れる私。
おまけに眠くなってきた。
気がつけば、もう深夜を回っている。
でも、ジオファラス様も、ずっと忙しくしておられるし。
リュギオンだって今頃、高山の崖っぷちで野犬と格闘してるんだろうしなぁ。
「大丈夫ですか、瑠奈さん」
「ああ、はい、平気です、ジオファラス様」
「そろそろ交代をして、休憩と仮眠を取ることにしましょう。食堂へ行って、一緒に炊き出しをいただきませんか?」
「は、はい」
ジオファラス様は、眠たそうにしている私に気を遣ってくれたのか、ともに休憩に入ってくれた。
炊き出しのお料理が振る舞われている食堂では、一緒のテーブル、お隣の席へと誘ってくれる。
真夜中の食堂。
私たちは、ありがたくも温かい食事にありつくことができた。ギリシア郷土料理、ファケスと呼ばれる、レンズ豆のスープである。
温かいスープがよそわれた陶器のお椀。その側面に触れていると、手のひらも指先もじんわりと暖まってくる。
アツアツの汁物を、木製スプーンで掬って、ふーふー冷ます私。
「お疲れでしょうに、瑠奈さん。あなたはよくやってくれています。不満も漏らさず、立派ですよ。なかなかできることではありません」
「まあ、ジオファラス様こそ」
隣同士で席へ座り、静かに会話を交わす私たち。
憩いのひととき。ゆったりとした時間が流れる。
と、そこへ。
「こちら、座ってもよろしいかな」
テーブルの向かい席。
「こんな夜更けに、一人で食べるのもなんだか侘しくてね」
鉱夫らしき男性が相席を申し出て来た。
「もちろん、どうぞどうぞ」
「ありがとう。では、遠慮なく」
「ああ、私は仮眠前に仕込みがありますので、このへんで失礼をしますよ。瑠奈さんはゆっくり食事をしていってくださいね。それではおやすみなさい」
「は、はい、おやすみなさいませ、ジオファラス様……」
お食事もそこそこに、席を立って行ってしまわれる、ジオファラス様。
少食な方なのだろうか。炊き出しのお料理も少なめによそっていたし、ハーブティーに少しばかり口をつけただけで、すぐに食事を終えて行ってしまった。
このような災害時ですものね。ジオファラス様だって落ち着いているように見えて、プレッシャーなどがあるのかもしれない。食欲がないのかも。
「働き者な薬師殿だ」
「そうですよね、心配です」
「ご婦人もお疲れでしょうな、このような夜遅くまで。どうかご無理をなさらず」
「あら、いえ。私は大丈夫ですのよ、食欲もあるので。お気遣いありがとうございます」
私たちは会話を交わしながら、炊き出しの温かいお料理を、美味しくいただいた。
「こちらは、キュケオーンですのね」
栄養価の高い、大麦と根菜のお粥だった。独特の風味と食感が、新鮮な味わいを醸している。
「ここらでは、隠し味にひとつまみの山草をまぶしてましてな」
「ああ、この粒ですね。ぴりっとした苦味があって、美味しいです」
「どれもこのあたりで採れたものでね。お口に合ってよかった」
この根菜の皮剥きや下ごしらえは、私も手伝ったのよね。
採れたて、新鮮な、地元のお野菜。珍しい名産、特産品、珍味。
思いがけず、その土地の美味しい名物お料理が食べられたことで、私は一瞬、疲れを忘れた。
「ふふ、ちょっと元気が出ました」
「気丈な方だな、あなたは。見てるこちらも、元気がもらえる」
「あら、そんな」
「あなたのお連れの方も、早く戻って来られるとよいですな」
「ええ、リュギオンのことだから、怪我もなく無事でいるとは思うのですけど」
「薬草採集の頼まれごと、でしたな」
鉱夫らしきいでたちの、この男性。
ところどころが擦り切れた生地の衣類を身に纏う。煤けて薄汚れた手拭いを首に巻いた、この彼。
彼は次に、リュギオンについて話し出した。
「リュギオン様は、本来ならば、庶民の使い走りなど請け負うご身分ではないのですがね」
「え」
「国に留まっておられたら、名誉も権力も思いのままでしたでしょうに。欲の無いお方よ」
「……え、あの」
なに、その言い方?
「国って、リュギオン様?って、まさか、あなた?」
「彼と、国を同じくする者ですよ」
って、ことは、Sパルタ国の……。
そ、そうなんだ。さっすが修羅の国。
こわ〜い。
お目付け役の、お役人さん、ってとこなのか。
この、鉱夫を装った彼。
なかなかの演技力である。その土地の者に馴染んでなりきって、不審がられず相手の懐に入っていく話術といい。
人は見かけによらない。
擦り切れた裾、煤けた生地。動きやすさを重視したデザイン、労働者風の股引き……。
しかして、その実態は、Sパルタ国の役人だったとは。
やっぱり軍事大国が、そう簡単に優秀な戦士を手放すわけないわよね。
リュギオンが何度も追っ手を撒いたところで。さらに手練れがしつこく足跡を掴んできて、こうして要所要所で動向を把握してくるわけで。
結局は、監視下の対象に置かれてしまう、って状況なのか。
「リュギオン様は、今は、余暇を楽しんでらっしゃるだけ」
あ、ああー、そういう見解でいるんだぁ。
「ひとときの息抜き、自由な旅を満喫し飽きたら、必ずや、我が国に戻ってきてくださる」
ちょっと長めの非番、福利厚生の長期休暇?賜暇、公暇?
はあ、そういうお考えでもって、リュギオンの今の自由を許容してくださってるのねぇ。
「あなたは、リュギオン様にずいぶんと大事に想われておいでだ。あなたが協力してくだされば、彼が国の軍神に戻る日もぐっと近くなることでしょうな」
「え、私?」
「あなたが我が国での暮らしを気に入ってくだされば、リュギオン様も、あるいは……」
「えー?」
「質実剛健が我が国の基礎といえ、国の英雄ともなれば話は別だ。豪奢な暮らしぶりをお約束いたしましょう」
あ、あー。
私のほうは俗物的なので、たしかに贅沢で豪華な暮らしとかに心動いてしまいますけどもね……。
Sパルタ国で、美味しいもの食べて、綺麗な衣装や装身具に身を包んで、みんなにチヤホヤしてもらえる生活も悪くないかもー、なんてチラッと一瞬思っちゃうけども。
……でもまあ、リュギオンが決めることだしね。
リュギオンの人生なのだし。
「残念ながら、私にそんな影響力は無いかと……」
「ご謙遜を。まちがいなく、リュギオン様は、あなたにご執心だ」
「あの鉄の意志を貫く彼ですもの。私がどう説得しようと無意味でしょうね」
「謙虚な方だ。そういったお人柄が、リュギオン様のお心を強く惹きつけるのでしょうな」
いや、そんな。
「いずれ、またお会いしましょう。その際には、力になってくださると嬉しいのですがね、瑠奈様」
あら、私の名前まで調査済みだったのね。
Sパルタ国のお役人さん……。
「それでは。リュギオン様を頼みましたぞ」
彼はそう言い残すと。
机を布巾で拭いたり返却台に食器を下げたり、椅子をまっすぐ元の位置にまで戻したりして。礼儀正しく食後の片付けをしてから、姿を消した。
……はあ、びっくりした。
さすがのお国柄。正体を現してからは、ピリピリする圧オーラを放ってきてたわ。すごい威圧感。
ああいった存在って、リュギオンはもう把握してたりするのかしら。
あのリュギオンのことだもの。ふつうの村人に役人の所作なり兆候が少しでもあったら、とっくに勘づいてたりするのでしょうしね……。
……うーん。
……ああ。眠い。
そろそろ限界……もう深夜を回っていたものね。
考えるのはあとだわ。ひとまず、仮眠を取ろう。
私はふらふらになりながら、広間のほうへと向かう。
広間には仮眠スペースが設けられていて、横になったり、足を伸ばせる場所がある。
私は、手持ちの大判のショールで身を包み、隅のほうで眠りについた。
夜が明ける前には起きて、今看病にあたっている人の交代に入ろう。
うん、今から2、3時間後と、いったところ、かしら。
2、3時間……それだけ、休んで、起きよう。
私の目が次に開いたのは、予定していた時刻を少し過ぎた、明け方の頃だった。
明るい光、朝陽が差し込む。
草木が風で揺れる葉擦れの音が、耳に心地よい。微かに、鳥のさえずりも聴こえた。山の朝ならではの、この爽やかさ。
「今日も無事起きたか、ババア」
目の前には、リュギオンが座っていた。
「まあ、リュギオン」
「毎度のことながら、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思案に暮れていたところだ」
やだ大袈裟ねー、とは言えない年齢。
目を覚まさない、イコール、永眠、だしね。
いつも通りに、私の寝顔を見守っていてくれたらしい。
寝顔を眺めたり愛でたりという、ロマンチックな恋人のノリでは、けっしてないような。
それって、安否確認というか、生存確認というか。
「帰って来てたのね、一体いつから?」
「けっこう前からだよ。ババアが寝入ったすぐ後くらいだろう。聞いたぜ。あんた夜遅くまで老体に鞭打って社会奉仕してたんだって?」
私は髪の乱れを直したり、衣装の皺やひだを整えたりして、簡単に身支度を整える。
「私は元気よ。リュギオンは?怪我はない?」
「かすり傷だよ」
かすり傷、の範囲ではあったが。まったくの無傷というわけでもなかった。
切り傷擦り傷咬み傷が、細かくあった。
私は、手持ちの軟膏を取り出した。リュギオンに向き直り、怪我の手当てをしようとする。
彼の肌に手を伸ばして、そっと触れて。
ぎょっとした。
皮膚が、硬い。分厚い。ごつごつとした質感。ザラザラ、ガチガチとした感触。
「え、何、この硬質感」
「なんだよ」
私の肌とは対照的だった。
「私の皮膚なんか、脆くて薄くて柔らかくって、血管が透けて見えるくらいにペラペラで、弱々しいのに……」
対して、リュギオンの、この表皮。
さすが、皮膚を丈夫に保つために衣服の着用が許されず全裸で過ごすことを強要されたとかいう都市伝説まであるSパルタ国出身者。スパルタ教育の賜物、と言ってよいのかしら。
傷やマメができては治りできては治り、創傷と治癒、破壊と再生を繰り返すうちに、頑強になっていく人体のメカニズム。お肌が固くカチカチに、強化、硬化されていくシステム。
「えー。私の体では、ここまで硬くて分厚い皮膚部分って、足の裏とか踵とか。膝頭とかくらいしか思い当たらないんだけど……」
「おい、俺にさわるな、ババア」
「あ、ごめんなさい」
そうね、さすがに馴れ馴れしかったわね。無遠慮にベタベタ撫でまくって悪かったわ。
「さわると、欲情するぞ」
ひぇっ。
「あんたの白くて柔らかい手だぞ。触れられれば、嬉しくもなる」
「て、手当てしようとしただけよ」
「劣情を催してもいいのか?」
いや、催さないで。
私は素早く軟膏を塗り終えると、すぐに彼から離れる。
広間から立ち上がり、話題を変えるしかない。
「お、お腹空いてない?」
「空いてる」
「食堂へは行った?」
「まだだな。炊き出しがあるんだったか」
「こっちよ。あのね、美味しいレンズ豆のスープと、根菜と大麦のお粥があるの。温かいものいただいてよく疲れを取ってね」
お疲れ様、リュギオン。
私のお願いを聞いてくれてありがとうね。
外用薬の原料となる薬草の数々。
大量のそれらを、リュギオンは依頼通りに短時間で確保してきた。これで医薬品の欠乏問題は、とりあえずのところは解消され、差し迫った危機は乗り越えられたことだろう。
そうしてその後も、リュギオンは仮眠もそこそこに、男手や腕力が必要な救護の現場に向かってくれたのだった。
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━━




