第7話④ 三段櫂船ダイエット! 「俺と結婚してくれ!ババア!!」
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三段櫂船の船体は、他の帆船と比べると、かなり細長かった。
喫水が浅く舷側も低いことから、水深の浅い海では、高い機動性を得るという。
両舷にずらりと突き出た無数の櫂が、ムカデやヤスデを思わせる節足動物のようで、さらに不気味さを増す。
まるで生き物か怪物のようにも見える、脅威の軍艦であった。
急な加速、減速、回頭を行なうような運動性。人力による橈漕は、風力を利用する帆船と比べると、微風や逆風でも自由に航行することもできるため、海上での戦闘においては非常に有利だ。
「そーれ、いっちにーいっちにー」
えーと、まずは、進行方向とは逆に向かって、体育座りするでしょー。で、膝を曲げて、足首あたりに位置する櫂を握ってー。
で次は、膝を伸ばして突っ張って、櫂を胸元の位置まで引き寄せる〜。
「いっち」
脚を前に蹴り出して、同時に肘をうしろに引くー。手で引っぱるというより肘を引くってかんじよね。
「にー」
で、力を抜いて、肘が伸びるまで前に戻してー。
膝をお腹に引き寄せるようにしてー脚を曲げるー。
両脚が伸展した姿勢フィニッシュフェーズの時に、脊柱起立筋などの背筋群が使われてー。
両脚が屈曲した姿勢リカバリーフェーズの時に、体幹屈曲筋、腹直筋、大腰筋とかによく効くんだっけ。
掛け声とともに、そこかしこから呻き声が漏れていた。
ああ、わかるぅ。私も呻きそう。これキツイわあ。
明日、絶対、筋肉痛よね。
「痩せる!これで痩せられるんだわ!この動作が辛い分、お腹のタプタプがなくなっていくのよ、きっと!」
「あたしは背中よ、ちょっとでも小さくなってもらわないと!来週デートなんだから!」
「私も、このままでは着れる衣装がないの!」
「もう暑くなってきたのに、薄着になれないじゃない!腕なんか出せないんだけど!」
うんうん、みんな仲間よ。
なんだか一気に連帯感が出て、みんなの足並み手並みが揃うというものよね〜。
そう、この調子よ。
この乗船が終わったら、きっとみんな痩せてるわよね。頑張ってるわ、私たち。
美容努力は、きっと報われるはずよ。
三段櫂船は、ものすごいスピードを出して、ぐんぐんと進んでいった。
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私とみんなの奮闘の甲斐あって、海上作戦は、大成功を収めた。
軍港からほど近い場所にある、宿泊施設。
そこへ宿を取っていた私は、沐浴場で、日中に染みついた汗と汚れを洗い流す。
「きゃあ、やったわぁ〜」
湯浴み後に、いつもの衣装に袖を通すと、心なしか腰回りのキツさもマシになっていた。
お気に入りの腰帯の結び目にも、ほんの少しだけ隙間とゆとりが戻ってきている。
ごきげんになった私が、湯浴みを済ませて沐浴場から出て行くと。
「久しぶりだな、ババア」
宿泊施設の中庭に、リュギオンはいた。
「作戦は成功したろう。気は済んだかよ」
「う、うん」
「もうここには用はないはずだ。明日は先へ進むぞ」
私は湯上がりで、お化粧もろくにしておらず、髪も濡れ髪のまま。正直、あまり人に会いたくないし見てほしくない格好だったが。
リュギオンとは久しぶりに会えたのだ。
たった三日ほどとはいえ。話したいことは、積もるほどあった。
私たちは、中庭内にあるベンチに二人で腰掛けた。
真横に座って、談笑を楽しんだ。
乗船中は、リュギオンとは別行動を取らざるを得なかったけど、彼は今頃一体どこで何をしているのか、とは思っていた。
聞いてみると。
彼は、なんと傭兵として、海軍からの細かな依頼やお使いをこなしていたとのことだった。
本部内の事情を内部から把握したり、海上作戦を見守ったりと、滞りなく作戦が遂行されるよう、陰ながら尽力してくれていたらしいのだ。
今回の、私の勝手な単独行動。それが、ひとえに彼に支えられたものであったと知って、感謝や申し訳なさといった感情が次々に湧いてくる。
思えば、あの織物工房。期間工の仕事だって。
よく考えたら、もとの工場長のままだったら、私はあんなに平穏に毎日を送れていたのだろうか。責任者が奥方様に代わったことで労働環境が改善されたのだとしたら、それは、リュギオンのおかげだったということにもなる。
……なんだか複雑な心境だ。
そこで私は、ずっとしたかった話を、ようやく切り出すことができた。
「……あのねリュギオン、聞いてくれる?」
「なんだよ、ババア」
私は俯いたまま、語り出した。
「……あのね、年齢差のありすぎるカップル……恋人同士って、難しいのよ」
「難しい?」
「倫理的に問題がある、と判断されがちなの。特に、女性のほうが年上の場合とかはね。世間の目が冷たくって厳しいのよ。非難轟々受けちゃうものなのよ」
「ふぅん」
「ひどい場合は、私が加害者で、あなたのほうが被害者として扱われるのよ」
年端もいかない若い男を誘惑したとか。毒婦が年の功とあらゆる手練手管を使って罠に仕掛けたとか。たらしこんだとか。
さんざんな言いがかりつけられてさ。
あらぬ疑いをかけられちゃうもんなんだからね。
「世間体を気にしてるのか。案外、小さい女だな」
「なんとでも言ってよ。気になるわよ」
「俺は成人済みだし、れっきとした社会人だ。経済状況も判断能力も、男女の交際や婚姻において何の支障もないだろうが」
堂々と断言をした。なんぴとたりとも反論の余地など許さない、といった理論武装。
理屈っぽい論調と勢いで、年の差カップルの正当性を主張する彼、リュギオン。
正論、といえば正論、ではあるかもしれない、けど。
ああでもねぇ、この年になると、色々考えちゃうわよ。
特に、お相手の親御さんの心情とかよね。やっぱり中には、心中複雑で、ショックな想いをなさる方もおられるのではないかしら。
リュギオンのご両親、もしかしたら私より年下かも。結婚なんかすることになったら、報告に上がらなきゃいけないじゃないの。
そうなったら、どうしよう。
まったく頭が痛いわ。なんとご挨拶すればよいものか……。
うん、ほら。
やっぱり、やめましょう。
問題が山積みよ。キツイわ。しんどいわ。私は嫌だわ。
「百歩譲って、交際まではいいとしても。籍を入れるとか婚姻関係を結ぶとか、本格的なのはやめておきなさいよ」
「どうしてだ」
「私が死んだ時、喪主になっちゃうわよ、喪主。喪主とかできる?大変よー、喪主」
「喪主、とは?」
「お葬式の代表者、責任者よ。各手続きや進行なんかの一切を取り仕切らなきゃいけないの。責任重大で、プレッシャーや緊張感がたっくさんで、とにかく大変なんだから」
「なんだ、そんなことか。そのくらいできる」
「え」
「何度か、やったことがある」
え。
喪主、やったことあるのね……。
ってことは、身近な方を亡くした経験があるってことで……。
そうなんだ……そっか。
この彼は、見かけによらず、意外に若いのに苦労してるのかもしれない。
「悪かったわ」
「別に。傭兵仲間のことも、何度か弔った。身寄りのない境遇というのは、傭兵にはありがちだ」
「……ごめんなさいね、辛いことを思いださせてしまって」
「傭兵稼業は、いつ死にゆくとも限らない。常に死と隣り合わせの業界だ。老いも若きも関係ない。老兵も若い兵も平等に、死の恐怖に晒される。もしかすると、ババアよりも、俺のほうが先に逝くかもしれないな。喪主になるのは、ババア、あんたのほうかもしれないぜ」
「……リュギオン」
しばらく、お互いに無言のまま、時が流れた。
私は思い出したように、腕に抱えていたバッグの中身をごそごそ探る。入浴グッズや着替え、手拭いなんかが詰め込まれたバッグ。
貴重品も目を離さないように、奥底にしまって持ち運んでいた。
「ああ、その指輪」
指輪が納められた、美しい彫刻の木箱。
私はその箱を取り出すと、じっと見つめた。
「まだ売ってなかったのか。身につけないなら、路銀の足しにしていいんだぜ」
「ううん、気に入ったのよ。大切にしてるわ」
「そうなのか?」
「うん。ありがとうリュギオン」
木箱を両手で抱え、そっとさすった。
「汚したり失くしたりしたらもったいないから、鞄の奥に、大事にしまっておくわ」
それでね、寝る前にそっと取り出したりして、にこにこして眺めながら眠りにつくわ。
きっといい夢が見られるわね……。
……うん。
この指輪、7号くらいね。
うう。
悔しい。
太っちゃったから、今の私の指には、入らないのよね。
気に入ったのに。
金色の輝きで細身なシルエット、ゆるくウェーブがかかった可憐なデザイン。
私好みのフェミニンで華奢で華やかな印象のものだし、ものすごく可愛いのに。
ああ、でも。
『身につけたいですよ⁈可愛い指輪だからはめたいですよ⁈でも太ったから指が太くて入らないんですよ!太ってなかったら、今頃ルンルンで身につけてますよ!!』
なんて。
リュギオンにだけは、絶対に言いたくないわね。
くうう悔しい。
可愛い指輪が、入らないなんて。
あああ、もっと痩せたい!元の体重に戻りたい!ダイエット成功したい!
この指輪が入るようになりたい!!
こうして。
私の異世界道中記は、一旦の中断を経て、無事に再出発を果たすことができた。
途中、気がゆるみすぎて、ちょっと膨れたり、はみ出たページもあったようにも思う。
けれど、相変わらずの頼もしい旅仲間の尽力で、滞りなく旅路は進む。
街道のその先を目指して。
第7話 三段櫂船ダイエット! 「俺と結婚してくれ!ババア!!」
━━━ 終わり ━━━




