第7話③ 三段櫂船ダイエット! 「俺と結婚してくれ!ババア!!」
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岩砂漠。
あたり一面、灰色の岩石がゴロゴロ転がっている。荒れた地を行く私たち。
「はぁぁ〜」
「体重の増減ごときで、そんなに落ち込むなよババア」
露骨に溜め息を吐きすぎたのか、察したリュギオンが、慰めなんだかフォローなんだかよくわからない言葉を投げ掛けてくる。
「落ち込むわよ、ショックよ。私、太っちゃったのよ、一大事よ」
「適性体重の範囲内だろうが。健康上特に問題もないんだろう?だったら、そこまで気にすることでもないと思うが」
「私はねぇ、これまで、太らないようにものすごく気をつけていたのよ」
「どうしてだ」
「いずれ来るお葬式の時によ、棺を運んでもらう、その時に。運び手さんたちにご負担をおかけしたくない、という想いからよ」
うん、というよりかは。
まあ、ふつうに恥じらいの意識よ。
女心よ、わかってよ。重いと思われたくないのよ。
「さすがババア、己の死後のことまでずいぶんと行き届いていることだ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「ババアの棺くらい俺一人で運べるから、くだらない心配するな」
「あら、一人ではさすがに……棺桶そのものも、けっこう重いわよぉ?」
「ほら、見てろ」
言いながら、リュギオンは、そのあたりの岩石をひょいと持ち上げて見せた。
私の身長と同じくらい高さのある大岩。それを軽々と持ち上げるパフォーマンスを披露するのだった。
あきらかに常人離れというか、人間離れした、驚愕の力自慢、剛腕ぶり。
「あら力持ちね〜。あたかも怪力ヘラクレスのごとし……あら、そういえば、ヘラクレス様もたしか半神の……」
うーん、やっぱりリュギオンって、半神?半神半人?
お父上は、全能神様だったりする?それとも、お母様のほうが女神様だったりとか?
神と人との間に生まれた存在、半神半人。
半神は、不老不死の神々とは異なり、寿命や死期というものを持っている。
だが、若い姿のまま長くを生き続けることはできるという。立派な長命種であるようだ。
絵画や彫刻では、まるで超人のごとく、筋骨隆々の大男に描かれていることが多い。
何千本もの弓矢を受けてもびくともしない、鋼のように強靭な肉体を持っているとか。どんなに深い傷を負っても、致命傷でも、たちどころに治癒するとか。ただちに戦場復帰してしまうとか。そんな逸話ばかりなのである。
「やれやれ、また神話の話かよ。聞きたくねぇぞ」
「ああ、はいはい、わかったわよ。まあ、ともかくね、それ以外にも太りたくない理由なんて、たっくさんあるのよ。痩せてたいわよ。まあ、リュギオンにはわからない話なんでしょうけどね」
「痩身願望、ねぇ。そんなもの、ある程度の負荷を掛けた運動でもすればいいだけだろう」
「ほらーそういうこと簡単に言ってのけるでしょぉ〜?いやぁねーこれだから、ダイエットとは無縁の人生歩んできたような勝ち組、運動得意で食べても太らない、痩せ体質さんは、もぉ〜」
リュギオンなんて、どうせ体脂肪率10%以下とかなんでしょぉ〜⁈腹回りの内臓脂肪とか皆無な、スッキリウエスト維持するシックスパックさんなんでしょぉ〜⁈腹肉?何それ美味しいの?とか抜かすようなスリムマッチョさんなんでしょうがぁ〜!!ああー羨ましいですことー!!
ああ、太りたくない、痩せたい理由なんか、たくさんあるわよね。
まずは衣装がキツいのよね。
お気に入りを手放したくないもの。いまさら手持ちの衣類を買い直すなんて、嫌なのよ。
はあ。
まあリュギオンの言うことは、いちいち正論なんだけどね。
ある程度の負荷を掛けた運動をすればいいんでしょう。わかってるわよ。そのくらい。
やっぱり筋トレとか、ハードな運動しなきゃだめよね。こうしてのんびり旅路のウォーキングするくらいでは、なかなか痩せていかない。
うーん、でもどうしよう、具体的に何したらいいのかしら。
岩場を抜け、しばらく大きな道筋を進んでいると、港町が見え出した。
遠目からでも大きな船が何隻も見つけられる。通常の運搬船や旅客船などとはあきらかにちがう船体が、いくつも並んでいた。
「あら、あれって軍艦?」
「そうだな、ここらは軍港都市にあたる」
三段櫂船。トライリム、トリエーレス、などとも呼ばれる。
漕ぎ座が三層になっていて、圧倒的な機動力が確保された、攻撃用のガレー船である。
港の出入り口にある検問所を無事パスして、ようやく港内に到着する私たち。
「あっ、あいつは……」
リュギオンが、港内に入るやいなや、不機嫌そうに呟いた。
行商人が見える。
港の一角で、商いをするジオファラス様だった。
「あの薬売りヤロウ、ジオファラスのやつめ」
相変わらず、女の子たちの行列に囲まれて、にこやかに接客をこなすジオファラス様。
「あのヤロウ……相変わらず、怪しい風貌しやがって」
「まあ。この地でも商いをされてるのねえ」
えーと、この間お見かけしたのは、西部の街道沿いだったかしら。
いつものことながら、すごい長距離の移動をなさってるわね。
とっても広い商業圏よねえ。
「どうするんだ?並ぶのか?」
「今日はやめておくわ。向こうへ行きましょう」
今日は薬も足りているし、暑くなってきたから、あの行列に並びたくないしね。
なんたって私、この増量した姿をあまり見られたくないのよ……。
……ここは気づかなかったふりをして、ご挨拶はなしで、通り過ぎてしまいましょう。
私たちは、そそくさと足早に行列から離れて、別のほうへと歩みを進める。
ジオファラス様以外にも路上販売をする行商人はたくさんいて、他にも大道芸人や吟遊詩人などなどが営業を行う港内はとてもにぎやかだった。
軍港都市とはいえ、民間人向けの港湾機能も多く残された、寛容でおおらかな雰囲気漂う港町であった。
にぎやかな飲食店街や土産物屋に、観光船。検問所の物見櫓も兼ねた、展望台もあった。
ついでに軍艦の見物も楽しめるというのだから、願ったり叶ったりである。
ウキウキして、あちこちをウロウロする私。
すると。
「さあさあ、そこ行くご婦人方!暑くなってまいりましたねぇ!薄着の季節がやってまいりましたよ!」
軍港に似つかわしくない呼び込みの声が、響き出した。
「さあ、今こそ贅肉を削ぎ落とす、またとない機会!さあ、今こそ始めましょう!三段櫂船痩身術を!!」
ピクッと、私のダイエッターセンサーが反応した。
痩身術、というワードに、瞬時に振り向いて、呼び込みさんのお話に食いつく私。
さ、三段櫂船痩身術、ですって?
「痩せるのなんて、かーんたん!この三段櫂船に乗って、漕げばいいだけ!たったそれだけ!櫂を漕ぐ動作は、痩身運動にもってこい!二の腕やお腹のお肉撃退に効果覿面!さあ!早い者勝ちですよ!三段櫂船の漕ぎ手はまだまだ募集中!痩せたい方は集まってくださいねー!」
「ハーイハーイ!」
「私も!私も!」
殺到する女性陣。
私も漏れなく、その集団にちゃっかり紛れ込んでいた。
三段櫂船ダイエット!たしかに!
ボートを漕ぐような動き、ローイングは、よいダイエットになるわ!
背中をメインに脚、腕、体幹の主要な筋肉を鍛えられる上に、有酸素運動にもなる!カロリー消費量も多い!脂肪燃焼率も高いトレーニングじゃない!
「おいババア、正気か?」
「うん、私、痩せるわ。痩せてみせる」
「おいおい、軍艦の漕ぎ手にさせられてんだぞ、危機意識はないのかよ。敵の攻撃を受けたら船は沈むし、追突の衝撃で、打撲やむち打ち損傷が生じる恐れだってあるんだぞ」
リュギオンが、私の後ろから口を出してくる。
呼び込みさんを相手取って、すごんだりもするのだった。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ、おにいさん!大丈夫、ご婦人方を危険な目に遭わせたりする気はないですよ!」
呼び込みを担当していた青年は、突然のコワモテリュギオンの襲来にも怯まず、常に飄々としていた。さすがは軍属、といった器だった。
きっと、海軍のそれなりの役職に就いた軍人さんなのである。
「ここだけの話ね、危なくないんですよ!実は、今回の海戦はね、威嚇目的なんです!」
え、威嚇?
「敵にね、うちの海峡を通らせないぞ、これだけの軍艦で守ってるんだぞ、って見せつける示威行為が目的なだけなんです!我らが乗るのは、ただの数合わせ!大丈夫、戦闘なんて発生しませんから!」
へ、へぇ〜。
「敵の艦隊はおよそ10。こちらは、20用意できれば、敵は怯んで攻撃なんて仕掛けてこないでしょう」
まあ、それなら。
「今ちょーっと人手がね、漕ぎ手が足りてなくて。ご婦人方の足元を見て口車に乗せてしまったのは謝りますよ。もちろん、お給金もたっぷりはずみますし。どうでしょう、快くご協力いただけると嬉しいんですが」
そうね、漕ぐだけなら、私のような老体でも務まるしね。
うんうん、全然いいわよ。
「海上作戦なんかに組み込まれるなよババア。俺は反対だぞ」
「邪魔しないでよリュギオン。私はやるわよ。三段櫂船に乗って、漕いで、痩せてみせるわ」
私は━━━━━━
この漕ぎ手の任務、受けるわ━━━━━━━━
最後まで、きっちりやり遂げてみせる━━━━━━━━
万年ダイエッターとして━━━━━━━━━
プロとして━━━━━━━━━━
ダイエットのプロとして━━━━━━━━━
「急にどうした」
「リュギオンが悪いのよ。美味しいお料理ばかり作ってくれるから。私が太っちゃったのは、リュギオンのせいじゃないの」
「俺が悪いのかよ。さすがに他責思考が過ぎやしないか、ババア」
「いいから!止めないで!私は三段櫂船に乗る!ダイエットのプロとして!」
「やれやれ」
こうして私はダイエット目的で、ジムで運動でもするかのようなノリでもって、軍艦に乗り込んだのだった。
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━━━




