第7話② 三段櫂船ダイエット! 「俺と結婚してくれ!ババア!!」
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「あいつ、あの頃から瑠奈さんに夢中で。でも、どう接していいかわからない、どう想いを伝えていいかわからない、って、そればっかり」
「まあ、そんな……」
「それで、ボクが背中を押したり素直になれって助言したりしてたんですよ。ふふふ、結果は大成功〜!リュギオンのやつ、こうして今、好きな女性と一緒にいることができてるんですからね」
「そ、そうだったんだ」
そんな頃から、リュギオンって、真剣に私のことを想ってくれてたんだ。
知らなかった。
「今回は、ちょっと借りていきますけどね。まあ、あいつ、何かあなたの気を惹く贈り物を探してたみたいで。それを見繕いついでに遠征もいいか、なんて余裕のある受け答えしてましたから。心配いりませんよ。大丈夫、すぐ返しますからね」
「そっか、ラゴス君も気をつけてね。お仕事が落ち着いたら、ぜひ、また遊びにきて。またみんなでお食事とかしましょうよ」
「わあ、ありがとうございます!リュギオンがいれば砦もサクッと落ちるだろうし、近いうちにまたすぐに伺えると思います!」
ほどなくして支度を終えたリュギオンが、階下に降りてきた。
意気揚々と出発する若者二人。
私は、一人で大きく手を振って、二人を明るく送り出すのだった。
こうして。
つい先ほどまでにぎやかだった借家には、私一人だけが残された結果、少々寂しく静かすぎる環境となってしまっていた。
しーんと静まり返る家屋。
掃除や洗濯、ゴミ出し、お片付けなどなど。昨日はリュギオンが担当してくれていた分の家事雑事を、私は慣れない手つきでこなすしかない。
一人きりの時間は流れていったが、お茶休憩なんかも挟んでしまい、のろのろとした芳しくない進捗である。
ああ、疲れた〜。
はっ、そうだ、面接行かなきゃ。
こうしてはいられない。
昨日よい対応をされずに追い返された、あの織物工房に行くんだったわ。
私は再度挑むため、果敢に向かっていった。
うーん、あんまりしつこいと業務妨害で怒られるかもしれないし。あくまでも控えめに丁重に、頭を下げて、再度の面接を申し込んでみよう。
と、受付に顔を出すと。
「あら、あなたは昨日の、瑠奈さん、よね」
思いがけず厚遇されて、
「昨日からあなたのこと、奥様が気になさっておいででね。斡旋所に連絡を入れようとしていたところだったのよ。ああ、どうぞ応接間へお入りになって」
すんなりと中へと通してもらってしまった。
あら、好感触?
奥様って、工場長の奥方様?
「昨日は、夫が無碍に追い返したりしてしまって、ごめんなさいね」
一階の奥に位置した豪華な応接間。外庭に面した広い窓辺。
工場長の奥方は、とても美しい方だった。
すらりと背が高くて優雅で上品で、佇まいも行儀作法も、何もかもが洗練された貴婦人であった。
「よろしくね、瑠奈さん。明日からでもお願いするわ」
彼女は、そう言ってくれたのだった。
にこにことした、あたたかい笑顔。まっすぐに私に向けてくれた、優しい眼差し。
私は思わず涙しそうになった。
「本当ですか、私でいいんですか?」
「もちろんよ。あなたみたいな人が来てくれて嬉しいわ。瑠奈さん、真面目そうだし。皆とも、うまくやっていけそうだもの」
「ああありがとうございます!」
やったぁぁぁ!仕事が決まったぁぁ!
拾う神あり!
ここにあり!
ああ、なんてすてきな工場長の奥方様!
「ところで、今日は、用心棒の方はお見えにならないの?」
「用心棒?」
「ほら、眼光が鋭くて、年季の入った革鎧の。体格のいい若武者、だったかしら」
あ、あー、リュギオンのこと?
用心棒……ああ、そうか。
私と彼は、旅人と用心棒の関係性。まあ、そんなかんじよね。
ん?でもどうして、彼の存在を知ってらっしゃるのかしら?
「えっと彼は、家賃を折半して割安に借家暮らしするための、ただの同居人で……あ、今朝からいなくって……傭兵仲間からの援軍要請があったので、今、助っ人に向かっていて……」
「まあ、そうだったの。いえね、夫の話だとね」
「え」
「あなたの面接中に、窓の外からね、その用心棒の方が恐ろしい目で睨みを効かせてきたのですって。もう、大袈裟よね。恐怖で何も手につかなくなって目の前が真っ白になってしまった、なんて言うのよ。それで、あなたへの対応がぞんざいになってしまったと、そんな言い訳ばかりだったものだから」
え、ええー⁈
「商売敵の同業者から遣わされてきたんじゃないかとか。内情を探ろうとする産業間者なんじゃないかとか。お役所からの潜入調査員なんじゃないかとか。色々勘繰ったり警戒したりで、採用の判断が遠のいてしまっていたらしいの。臆病な夫が勝手な思い込みをして、ごめんなさいね瑠奈さん、不愉快な思いをさせてしまって」
そ、そんなぁぁ。
それって!
それって!私が面接に落ちまくったのって、リュギオンのせい⁈
な、なんだったのよぉぉ今までの苦労は!
リュギオンめぇぇぇ!
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とんでもない、ちょっとした冗談じゃ済まされないレベルのモラルハラスメント案件!
パートナーの仕事を、裏で手を回したり圧力かけたりして妨害工作するとか!
リュギオンめ!
帰ってきたら、どんな説教と怒りの鉄槌で彼を糾弾してやろうかと思案に暮れる。私は腕組みをして、鬼の形相で彼の帰りをひたすら待った。
が。
だが、リュギオンは、帰ってこなかった。
その夜も、また、次の日の夜も。
私は彼の帰りを待ち侘びながら、毎日、真面目に工場に通った。
情けをかけてくださった工場長の奥方に報うべく、賃金以上の成果を出そうと懸命に働きまくった。
休憩時間も休憩中に寛げるスペースも余裕を持って設けられた、飲用水やお茶も飲み放題の、至極ホワイトな職場だった。
奥方様は、手作りの焼き菓子を工員みんなにふるまってくださったり、困ったことがあれば優しく相談に乗ってくださったりと、とにかくよくできたお方である。
おかげで職場内の雰囲気はとてもよく、奥方様を慕う同僚たちは、明るく真面目な働き者ばかり。
ありがたくも雇用主にも環境にも職場仲間たちにも恵まれて、この久方ぶりの労働者生活においても、私はちっとも辛くなかった。
そうしているうちに、月日はあっという間に過ぎて。
それでも、リュギオンは、まだ帰ってこない。
「……遅い、わよね。やっぱり」
砦を落とすとか言ってたし、傭兵の仕事なんて、期限とか期日とか契約期間とかあやふやで、なかなか予定通りにはいかないものなのかもしれないけどさ。
そんな何日ですぐ終わるとも帰れるとも聞いてなかったしさ。これで予定通りなのかもしれないけどさ。
心配なんていらないのかもしれないけど。
まさか……。
よそで別の女の人に夢中になったとか、私に愛想を尽かせてもう戻ってくる気が失せたとか。そういう理由で帰ってこないのだとしたら……。
……いや、いいのよ。それならそれで。
それよりも、戦場で怪我をして動けないとか、帰らぬ人になったとか。
そういうことのほうが、心配だわ。
あの強者のリュギオンが、まさか捕虜になるとかやられるとか倒れるとか。
え、うそ。
まさかよね。
はっ。
いけないいけない。
私は、仕事を終えると寄り道もせずにまっすぐ家に帰って、内職の袋折りに励んでいた。
節約志向で光熱費削減の環境下、薄暗い借家の中。一人ぽつんと机に向かっていると、ろくでもないことばかりが頭に浮かんでしまう。
そんなふうに私が暗くなっていた、そんな時だった。
玄関の扉が、ふいに開いた。
「まだ起きてたのかババア」
「リュギオン!」
リュギオンだった。
リュギオンが、久方ぶりに、この借家へ帰ってきたのだった。
「お、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
見たところ、あまり変わりなく、いつも通り元気そうだった。
ひとまずよかった。
「えっと、ちょっと心配しちゃったわ。怪我とかしてない?砦の攻落、手間取っちゃった?」
「砦だと?そんなものは、向かったその日には落としておいてやったが」
「えっ」
ん?どういうこと?
「え、じゃあ帰りが遅かったのって?」
「探し物だよ。買い物だ」
言いながら、懐をごそごそとまさぐるリュギオン。
「あんたが喜びそうな物を探してた」
懐から取り出したのは、指輪だった。
小さな彫刻が施された木箱に納められている、可愛らしいデザインの、華奢な指輪。
古代ギリシアにおいて。左手の薬指は、心臓と繋がる血管が通る、とっても大切な指だと捉えられていたのよね。それで、左手の薬指にはめる指輪は、結婚や婚約という重要な契約を示すに相応しい物だ、という考えになったらしいんだけど。
「これを、私に?」
「結婚が嫌なら、もう強要したりしねぇよ。婚約指輪だの結婚指輪だのと堅苦しく考えなくてもいい。ただの贈り物だよ」
「リュギオン……」
「受け取れ。あんたの機嫌を直すための、ただの謝罪の品だ。仕事のことも、干渉したりして悪かったな」
婚約指輪や結婚指輪ではない。と、彼はそう言って謝罪した。
どうやら、あのラゴス君による影響らしい。恋愛相談のアドバイスを受けたり、色々なことをダメ出しされたり、諭された結果のようだった。
「……ありがとう」
「ああ」
差し出された木箱を、私は両の掌の上で受け取った。
「大事にするわ」
呟いて、きゅっと握りしめる。
私は遠慮せず、素直に、彼の好意を受け取ったのだった。
こうして。
リュギオンは無事に帰還し、借家での二人暮らし、シェアハウス同居生活が再開された。
私は毎日、健全でホワイトな職場で、働いたり、おやつをいただいたり、みんなとおしゃべりしたり、奥方様に甘やかされたり。
期間工の仕事をめいっぱい楽しんだ。
一方リュギオンは、武器の手入れをしたり、難しそうな巻子装本の書物を読み進めたりする傍ら。家事雑事を一手に引き受けてくれたりと、インドア生活をして私のサポートに徹してくれていた。
たまにラゴス君や傭兵仲間たちも遊びに来てくれたり、小さな依頼をいくつかこなしたりもして、それなりに充実した日々を送っていたようだった。
そして月日は過ぎていった。
期間工の契約満了期限が過ぎ、貯金の目標金額も達成し。
とうとう、この町をあとにする日がやってきた。
私はお世話になった人たちにたくさんのお礼を言ってから挨拶を済ませて、借家を片付けて、荷物をまとめた。
旅の再開である。
ずいぶんと久しぶりに、旅装束に身を包む。
が。
信じられないことに、私はなんと、衣装がキツかった。
そう、太ったのだ。サイズアウトといってもいいほどに、パッツパツで、ギッチギチ。
胸帯が食い込む。腹肉が揺れる。
きゃああ、やばい!
やだ私、幸せ太りしちゃったらしい!
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━━




