第7話① 三段櫂船ダイエット! 「俺と結婚してくれ!ババア!!」
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物価高の波が押し寄せてきた。
ここにきて、異世界でインフレ。
旅程の計画が狂いまくってしまった。もしかしたら旅費が足りなくなるかもしれない。びくびく。
ああ、ここらで少し路銀の補充をしておかないと、落ち着かないわ。
よし、働くわ、私!
稼ごう!バイトしよう!季節労働の出稼ぎとかしよう!
一旦、旅はおやすみして。
町でお安い借家を借りて、自炊して節約して、貯金と労働に励むのよ。
「俺に養われろ!ババア!!」
「またその話?お断りするわリュギオン。自分の食い扶持くらいは自分で稼ぐわよ」
ここは、町外れの古い借家。
一軒家をシェアハウスにする形で、ここでしばらく一緒に暮らすことになった私たち。
若き傭兵リュギオンと、彼にババアとか呼ばれる私、瑠奈。
しばらくは旅仲間ではなく、家賃を折半するシェアハウス仲間となった。
「期間工の仕事だって?やめとけよババア。どうせ工場長は、下卑た助平親父なんだろう?」
「これから何件か、面接に伺ってみるつもりだけどね」
「さんざんこき使われて、奴隷のように虐げられるんじゃないのか」
「それが労働者、疲雇用者という者でしょう」
「おいババア、俺以外の男に、雇われたりするな」
「何言ってるのよ、あなた」
「俺以外の男にこき使われるな。許さねぇぞ」
もー。
何その歪んだモラハラっぽい独占欲、所有欲求、支配意識、同担拒否っぷり。
私は呆れて、無視を決め込んだ。
面接用の身だしなみを整えて、準備を終えて、さっさと借家をあとにした。
求人情報を斡旋してくれる紹介所に着く。
織物工房や、季節の贈答品の梱包作業、検品や裁縫仕事などなど、求人情報は選べるくらいに、さまざまな種類が取り揃えてあった。
ただ、一点気になるのは、己の実年齢のことだった。
一件一件、紹介先を訪ねてみる。
が、やはり、よい返事はもらえない。
特にひどかったのは、私が応接間に通された途端、顔色を変えて、手と首をぶんぶん横に振って不採用の意を表した、あの工場長。
他の面接でも似たようなもので、自己PRをするどころか挨拶すら聞いてもらえずに、すぐさま追い払われてしまうというありさまだった。
そんな惨敗続きの何件かの面接を終えて。
私は、紹介所のロビーに戻って、ぼーっとしたり、求人情報を精査し直したり、またぼーっとしたりの繰り返し。
うちへ帰る気がまるでせず、閉館時間ギリギリまで居座ってしまった。
ああ。
高齢者の再就職とか、就労状況って、やっぱり厳しいわよね。
結局、雇用主としては、若い労働力を欲しているわけね。
しょせん、私の需要なんか皆無。
やだー、私なんてもう、社会に必要とされてないじゃなーい。
面接で落ちまくってると、さすがにメンタルに来るわぁ。ああ、己の市場価値の低さに、自己肯定感がダダ下がるぅ。
って、いけないいけない。前向きにならなきゃ。
うーん、こうなったら、私の働く意欲や熱意をもっともっとアピールするしかない。まずは話を聞いてもらうしかないかも。
もっとちゃんと面接してもらわないとね。あの織物工房、明日もう一度だけ、訪ねてみようかな。
はあ、とりあえず明日また頑張ろう。
今日はあきらめて、ひとまず家に帰るか。
とぼとぼと帰路に着き、借家に入る。
玄関の扉を開けた途端、美味しそうなお料理の匂いが飛び込んできた。私はつい、思わず笑顔になった。
「よう、遅かったなババア」
「……リュギオン」
リュギオンが、厨房設備を使って夕御飯を作ってくれていた。私の帰りを待ってくれていたのだった。
疲れていたし、空腹もあって、思いがけず暖かな手料理に出迎えられたことに、私は素直に感激してしまった。
朝、家を出る前に起こっていた、彼の問題発言による諍いも忘れて。
「冷めないうちに食えよババア」
「……ありがとうリュギオン、あなたって本当、手先が器用よね。美味しそうなお料理がこんなに、たくさん」
オリーブの実とフェタチーズ、海産物がメインの、ギリシアの郷土料理だった。
ズッキーニ、アオイ、アーティチョーク、エンダイブなどの野草サラダと、ルピナスを潰した豆類の和え物。
ちょうどいい焼き加減でグリルされた、鶏肉や魚。
机上には所狭しと、ナッツ、ウメ、ブラックベリーなどの果実類も並ぶ。
これまでも野営のたびに、狩猟や採集で確保した食材を用いた、美味しいアウトドアグルメを振る舞ってくれてはいた。
保存の効く携行食には、野草のスパイスやハーブをまぶして工夫して出してくれたりなど。旅装に適した、持ち運びのできる簡素な調理器具と限られた食器類、調味料という制限がある中で、十分な食事を提供してくれていたのだった。
そんな彼が、一軒家の厨房施設で満足な調理環境を得れば、プロの料理人が仕上げたように完璧な料理が出来上がるのは、至極当然の結果ではあった。
鮮やかな彩りや、食欲をそそる盛り付け方のセンスは、もちろんのこと。味を染み込ませるための、細かく浅い切り込みが入った根菜など。食べてくれる人を想う優しさと配慮に満ちた、丁寧で根気のいる作業。手間暇かかった隠し包丁のテクニックなどなど、まさにプロ。プロの域。職業料理人の所業なのであった。
ああ、ごはんだ。美味しそう。
嬉しい。ありがたい。
はあ、なんか、生き返るかんじ。地獄に仏とは、まさにこのこと。
私は、面接用のかしこまった一張羅衣装を着替えて、ゆるゆるの部屋着になってリラックス。
リュギオンの手料理に手を合わせて感謝をする。
美味しいお食事を堪能して、シェアハウスの共用部分、厨房と居間リビング部分でゆったりと寛いだ。
こうして。
私がすっかり気分をよくしていた、憩いの時間。
そんな時だった。
彼は、こう言った。
「俺と結婚してくれ!ババア!!」
はっ?
えーと。
私、今、なんかプロポーズされてる。
「そうだよな、考えてみれば。ああ、もっと早くにこうしてればよかったんだよな。結婚すりゃあいいだけの話だったんじゃねぇか。婚姻関係さえ結べば、文句ねぇんだろうババアはよ」
「はあ?」
「結婚して夫となった俺になら、養われることにも抵抗はないはずだ」
な、何言ってるんだか。
「それに、婚前交渉の件もだ。結婚すれば、俺は、ババアの夫。社会的に認められた状態で、周囲に祝福されてから肉体関係に及べば文句ないんだろうが」
「いや、あの」
「事実婚や内縁の妻のような関係性では、揉め事が起こった際に、社会的に保証されない立場となって不利になるとか。やり捨てされる不安が常につきまとうとか。どうせババアのことだ。そんなことを不安視して、俺との進展に踏み切れずにいたんだろう」
「あのねぇ、聞きなさいよリュギオン」
「ここは、籍を入れて法律婚をして、きちんと社会的に保証された関係性を築いてやるよ。いいな、結婚するぞババア」
「お断りします」
「なん、だとぉ?」
なんなのかしら。ふだんは理知的で聡明すぎるくらいのリュギオンなのに。こと私との恋愛になると、とてつもない思い違いをしてたり、途端に知力が下がって愚かな思考モードになるのよね。これが恋愛脳というやつなのかしら。
もう呆れちゃう。
「私、あなたと結婚なんてしないわ」
「おいババア」
「あなたと結婚なんて、絶対しません。ごちそうさま」
それっきり、彼との会話を断ち切る。
私は食後の食器を片し、厨房に篭って黙々と皿を洗って、それから湯浴みを済ませて就寝した。
私は以前、彼に、リュギオンに伝えたはずだ。
あきらめてくれと。恋愛感情は持てない、よい旅仲間のままでいてくれと。
そうして、私たちはほどよい距離感を保ち、楽しい旅を続けてこれた、はずだった。
それなのに。
私は困惑するしかない。
なにより、年齢差という問題は、無視できない。私と彼には、年の差があるのだ。
彼のほうはそんなことをまったく問題視してはいないようで、そのあたりの温度差も、頭を悩ます原因のひとつであった。
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翌朝のことだった。
この借家に、朝早くから訪ねてくる者がいた。
二階の自室で朝の支度を終えた私が、階下の居間空間に降りていくと。
すると、リュギオンによって、すでに客は通されていた。
テーブルを挟んで、リュギオンの真向かいに座って談笑する青年。この青年の顔には、見覚えがあった。
とても好印象な、この人物。
「わぁ〜瑠奈さん、お久しぶりです!」
「まあ、ラゴス君!ラゴス君じゃない!」
陽気で快活、明るく、爽やかな好青年。
リュギオンの傭兵仲間、ラゴス君だった。
異世界に来たばかりの、あの最初の頃、商隊の一行にしばらくお世話になっていた私。そんな私に、まず自己紹介をして話しかけてきてくれたのが、彼だった。
その人情味のある温かな話術と、どんな状況下や相手であっても円滑な対人関係を築くことのできる、優れたコミュニュケーション能力。
その人柄と恩義には、いまだに感謝をしていたし、忘れられない好人物である。
「ずいぶん久しぶりねぇ、懐かしいわぁ。元気だった?」
「ボクは変わらず、ふつーに傭兵してますよ〜!瑠奈さんも、相変わらずお綺麗ですねぇ!ううん、以前にもまして輝いて見えますよ!ますます肌に磨きがかかったかんじだもの!」
あらお上手〜。
この快活で爽やかな若者との再会は、素直に嬉しいわ。
「でも、どうして、ここに?」
「ああ、それは、リュギオンに呼ばれて」
「え」
「結婚するから祝福しに来い、って。伝令が飛んできたんですけど」
「ええっ、しないしない!結婚なんてしないわよ!」
リュギオンめ!共通の知人友人であるラゴス君まで巻き込んでくるとは!周囲の外堀から埋めるタイプね、なんてことを!
リュギオンを、きっと睨みつける私。
「ごめんなさいねラゴス君、わざわざ来てくれたのに。私、リュギオンと結婚なんてしないわ」
「なぁんだ、ははは、いいんですよ。それならそれで。ちょうど久しぶりに二人に会いたいなって思ってたところだったしね」
ラゴス君は、明るく陽気に微笑んでくれた。そうしてから、リュギオンに向かい直して、チラチラと媚びるような目つきをして彼に懇願するのだった。
「それに、ボクのほうからも、リュギオンに頼みがあったものだから」
「さっきの話か、ラゴス。おまえの頼みなんか知るかよ」
「わーん、そんなこと言わずに助けてよぉリュギィ〜」
「誰がリュギィだ」
「どーしても砦が落とせないんだよぉ〜手伝ってよぉ〜」
「俺は新婚だぞ。依頼は控えろ」
「ちょっと、誰が新婚なのよ。結婚なんかしないって言ってるでしょう」
「やれやれ、やっかいなババアだぜ。婚前憂鬱症候群か」
誰がマリッジブルーよ!
「お願いだよリュギオン〜!このままだと明後日には撤退することになっちゃうんだよぉ〜!これじゃあ、頑張って遠征して砦攻めしてきたこの何日かの苦労が水の泡だよ〜!前金だけじゃ赤字なんだよぉ、成功報酬がなんとしても欲しいんだよぉ〜頼むよリュギオン、ボクと一緒に砦を攻めてくれよぉ〜!」
「まったく、しょうがねぇな」
「えっ、ボクと来てくれる?」
「まぁな。おまえには借りもあったしな、ラゴス」
「やったぁぁ!ありがとうリュギオン!」
「やれやれ、じゃあ支度をしてくるか。ちょっと待ってろ」
席を立ち、傭兵仕事の支度を済ませに、二階へ上がって行くリュギオン。
ラゴス君はにこにこして、リュギオンが机上に用意していた豪勢な朝ごはんを頬張り始める。私も熱いハーブティーを淹れて、食卓に同席した。
「わーい美味しー!こんな料理が毎日食べられるなんて、瑠奈さん、幸せですね〜!」
私も彼につられて、笑顔になっていたようだ。
ああ、なんて穏やかで、爽やかな朝の時間なのかしら。
「いいお友達なのね、ラゴス君。リュギオンったら、あなたの頼みなら素直に聞くんだもの」
「ふふふ、リュギオンのやつ、ボクには頭が上がらないんですよ。なんたって、ボクのおかげで、あいつ、今の幸せがあるんですから」
「え、どういうこと?」
「あの時リュギオンのやつ、ボクに恋愛相談してたんですよ」
「ええ?」
「瑠奈さん、あなたのことで、ですよ」
あの時、って。
商隊一行にお世話になってた時のこと?
私がお山に行く前の話?
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━━




