第1話② お山で終活を考える! 「おいババア!体で払ってもらおうか!!」
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朝焼けが美しい、地平線の彼方。
朝陽は昇ったばかり。
きらきらとしていて澄んだ大気。
「はぁ、気持ちがいい〜、空気が綺麗〜」
私は深呼吸をして、思いきり息を吸い込んだ。
明け方の野営地では、みんなのほとんどがまだ眠りについていて、見張りの兵以外で起きているのは、私くらいのものだった。
早起きをして、朝活に励む私。
広場の中央付近に配置した焚き火。その周囲になんとなく腰を下ろしたり、付近を散歩したり、軽く体を動かしたりと、マイペースにのんびりと過ごしていた。
ぼんやりと朝の光を眺めていると、自然と、これまでの出来事が思い起こされていた。
商隊一行との旅路。
お世話になってから早くも何日か過ぎ、無事に砂漠や難所も越えて、そろそろ私の目的地も近づいてきた。
傭兵たちは頼もしく、あれからも何度も、盗賊団を撃退したり馬や荷を守ったりと大活躍だった。
そのおかげで、私は安心して楽しい旅を送ることができた。
気は優しくて力持ち、決して驕らず、誠実な彼ら。他にも、商人の方々や、他の旅行者の方たちにももちろん。
気さくで陽気な隊のみんなに、私はとても優しく親切にしてもらったのだ。
ある一人を除いて。
うん。
たった一人。
彼。
「おい、ババア」
彼を除いて。
「さすがババアは朝が早ぇな。こんな夜明けにもう目が覚めてんのかよ。おい、待てよ。話がある」
私を、ババアと呼んでくる、この彼。
またも私は、この無礼極まりない若者に絡まれてしまう。
目の前で仁王立ちになった大男に道を塞がれては、立ち止まって話相手をするしかない。
もー。
図体のでっかい無骨者は、不用意に立ち塞がらないでくれるー?
「はいはい、なぁに?私に話ってなぁに〜?」
はいはい、ババアよ、私はババア。
どうせ年増でオバチャンよ。
はいはい、私がババアですよー。
ほらほら、ババアが通るわよー?道あけてー?
「ババア、あんた、異世界から来た旅行者なんだって?」
「そうだけど」
「一体何しに来た?」
「いいじゃない別に。観光くらいしても」
「あんたたちの世界と比べたら、うちは文明度も低く劣っていて治安も悪いと聞いたぜ。とても先進世界とは言えないらしいな。おまけに、寿命や年齢の価値基準だってちがってるんだろう?そりゃあ不愉快な思いだってたくさんするだろうよ。何一つとして面白いことなんてないだろうに」
「そんなことは」
「年寄りの物見遊山にしては妙だな。冥土の土産にするなら、もっとましな行き先があったろうが」
「いいじゃない別に。あなたこそ、若者がいちいち細かいことを気にするんじゃないわよ」
「リュギオンだ」
「リュギオン……ああ、そうだっけ。よろしくね、私は、瑠奈」
「瑠奈、か。変わった名だな」
「ふつうよ!」
「名を偽るなよ?偽名じゃないだろうな?」
「本名だってば!」
ええい。
さっきから、妙だの、変わった名だの。しつこいわね。
しょうがないじゃない。文化の違いくらいたくさんあるわよ。私は、あなたたちから見たら、異界人。
異世界人なんだから。
とはいえ、異世界転移は正当な手続きを踏んだ合法のものなのだし、旅券や通行証に不備もないはずよ。
私は、観光目的の、ただの旅行者。
不審者扱いされる謂れなんか、一切ないんだからね。
「おい、ババア。瑠奈と言ったか。もう一度訊く。あんた、一体何しに来た?」
彼、リュギオンは、しつこく私を詰問、尋問した。
「さっさと白状しろ、ババア」
高圧的な軍人口調といったふうで、ターゲットを徹底的に追い込む強引さ。
ああ、怖い目。
生きるか死ぬかの死戦を幾度も乗り越えたであろう、百戦錬磨の戦のプロ。
傭兵という職業柄、ナチュラルに滲み出ている、この恐ろしいまでの威圧感、凄み、迫力。
まあね、彼は、商隊に雇われている用心棒なのだし。
護衛の職務に就いている以上、集団にまぎれこんできた不審者の素性を確かめたりとか、所持品検査したりとか、色々なことを警戒しなきゃいけないのだろうしね。
お仕事を頑張っているだけなんだろうけどさ。
「やだー怖〜い。私はただの民間人よー。いたいけな老女を虐げないで〜?」
「都合のいい時だけ高齢者ぶるんじゃねぇよ。まったく、これだからオバチャンは。ふてぶてしくって抜け目がなくて、油断も隙もない。図々しくも厚かましいこと、この上ないぜ」
じょ、饒舌な若者ねえ。
「まったく図太い神経してやがる。状況下に応じて己の特権を振りかざすとは、呆れるな。老獪とはこのことだぜ。弱者の立場を利用して言い逃れしようったって、そうはいかねぇぞ」
「だからさぁ、観光よ、サイトシーイング。私はただの観光客、もういいでしょ。大丈夫よ、そんなに目の敵にして警戒しなくっても。私、明日にはこの隊を抜けるつもりだから」
「何だと。どこへ行くつもりだ」
「この先にあるお山のほうに向かうのよ。だから、次の分岐路でお別れね」
「山だと?」
「短い間だったけど、みんなと一緒に旅ができて楽しかったわ。なんだかんだ言っても、あなたにもお世話になったわね、傭兵さん。野盗を退治してくれたり、夜も寝ずに見回り当番なんかもしてくれてたものね。おかげで私、安心して旅を続けることができたわ」
私は、顔をまっすぐに見てお礼を言いたかったが、長身の彼である。
なにぶん、身長差がありすぎる。
屈んでもらうわけにもいくまい。
高い位置にある彼の顔を、見上げるばかりだった。
「今までどうもありがとう、傭兵さん」
「リュギオンだ」
「よい旅を、リュギオン」
「……………」
私からの感謝の念。
それらがようやく伝わったのか、彼は、もう何も反論することはなかった。
無言でその場を立ち去っていったのだった。
こうして、翌日。
他のみんなにも同じように、これまでのお礼を言ってから、お別れの挨拶を済ませた。
商隊の一行は、東国のあるほうへと進んで行った。
私は、分岐路の道しるべを左へ。
私の旅のめあてである、目的地。
お山は、もう、すぐそこ。
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狭い谷間を抜けて、森林帯に入る。
ようやく、標高30mほどの登山口に着いた。
沿岸部地域特有の強い日差しが和らぎ、清涼な山の空気に変わってゆく。
樹林に囲まれた歩行者専用の道、トレイルを行く私。
ああ、山旅。
大自然を一心に感じながら、優美に歩を進める。
……とは、さすがに、そううまくはいかない。
ぜーはー、さすがに息が上がる。
うう、腰にくるわぁ。
ちょっと休憩っと。
「はぁ〜」
中腹の展望スポットらしき箇所を見つけ、丸太でできたベンチに腰を下ろした。
一息ついて、山の景色を眺める。
「見晴らしいいなぁ〜」
ああ、異世界。
すてきな世界。
ほんと、来てよかった。
観光のつもりでいたけど、真剣に移住を考えてもいいくらい、気に入っちゃった。
穏やかにのんびりと、静かに余生を送れそうな場所、かぁ……。
……ババアと呼ばれて、気がついたわ。
若者だらけのこの異世界。
平均寿命は50歳、人生50年間時代がデフォの世界。
ここでは、私はすでに、年寄りポジション。高齢層。
いつ死んでもおかしくない。
シビアに突きつけられる、己の年齢。年長者、熟年者としての自覚を持たなければならない世界観。
シニア枠、年寄りカテゴリーに属する、高齢女子ヒロインとして。
今こそ、終活を考えるフェーズなのだわ。
老いや死は、誰にでも平等にやってくるもの。
ならば怖れず冷静に、覚悟を決めて、心の準備を整えたい。
そのための自分の居場所。
安息の地。
終の住処。
この異世界に。
ここに、骨を埋めるのも悪くない。
こんなすてきな場所でなら、死ぬのも悪くない。寿命が尽きても惜しくない、と思える。
うん、そうね。
死に場所。
死ぬ場所くらい、自分で自由に選びたいわよね。
ここならば、私、心穏やかに余裕を持ってして、いずれ迫る死期を迎え入れられそうだわ。
可憐な花々が目に入った。
見知らぬ草木、色とりどりの芽や葉や花びら。
山の空気をゆったりと吸い込む。
ああ、気持ちがいい。
風も、草木や土の匂いも、とっても優しい。
私は、両腕を思いきり掲げて伸びをして、改めてあたりを見渡す。
すると。
「……えっ」
振り返ると、木に寄りかかる大男の姿が、目に入った。
私は、驚愕して叫んだ。
「え、ええっ!あ、あなた、リュギオン⁈」
「やっと気付いたか。人の気配に鈍感すぎるんだよ、ババアはよ」
「い、一体いつから⁈ええっ⁈」
「ずっとだよ。あの分岐路からずーっと、あんたに同行してたさ」
「ええーっ⁈」
私のことをババア呼びする無礼な傭兵、リュギオン。
彼が、ついてきていたのだった。
つづく!!━━━━━━━━━━━━━