第6話② リュギオンの帰郷? 「俺は、ババアについていく!!」
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Kリントス国。
古くから、交通と交易の要衝として繁栄してきた、港湾貿易都市。
ペロポネソス半島の付け根に位置する。
「う、わあ。や、やっぱり、ものすごい不健全なかんじの街ねぇ」
「そうだろうが。男にとっては楽園でも、ババアには不愉快でしかない所だろうよ」
街は広大に広がっていた。
何軒もの妖艶な外装の店舗が立ち並び、人混みでごった返す大きな通りの先には、音楽堂や劇場までがあった。
丘には、街の主神であるアフロディーテ様を祀る大神殿が築かれている。そこでは、千人もの聖なる娼婦、公費で女祭司となった聖娼が雇われているという。
ここは、道徳的に堕落した、酒乱と放蕩と淫乱の街として知られている……。
……一大歓楽街だった。
「置いていくぞババア」
「えー、もう少しゆっくり歩いてー。向こうにあるペイレネの泉も見たいのよ」
「あんなもの、ただの貯水槽だろう」
「見るったら見るわよ、間近で見たいのよ、想いを馳せたいのよ」
私はターバンを首元までぐるぐる巻きにしたり、外套で体の線を覆ったりという装いをして、リュギオンの後ろをそっと歩いた。
衣装も地味で渋い色味の物を選び、極力おしゃべりも控えて目立たぬように振る舞う。
女性とばれないように、男装も同然の姿で臨むのだった。
こんな歓楽街に、私のような女が場違いなのは、よくわかってるわよ。
誰かに注目したりされたりしたいわけでも関わりたいわけでもないの。
ただ、観光がしたいだけ。
街並みや建物を見物したいだけ。
私のことはただのモブ、群衆、エキストラとして、路端の石のように無視放置してくれていいの。まるでこの場にいない者のように空気として扱ってくれれば、それでいいの。
「気は済んだか?そろそろ南へ抜けるぞ」
「ああ、あと、西側の港を見てから」
「まったく」
アドリア海、イオニア海、コリンティアコス湾から、エーゲ海へと抜けていく、東方を目指す貿易船の航行。
半島を西から反時計回りに大きく迂回するのが、従来のルートであった。
が、周辺の地中海はとても荒れていて、航行には適さない難所である。
その難所を避けるために、貨物は一旦、この西側の港で陸揚げをされて台車などで運搬されるのだった。そうして陸上輸送された貨物は、東側の港から、また海上を通る航路へと戻され、めでたくエーゲ海に抜けられるというわけである。
半島を西から反時計回りに大きく迂回する従来のルートに比べると、航路も大幅に短縮されるというのだから、まさに要衝と呼ぶにふさわしかった。
そんなわけで、この港街では。
水夫たちからしてみると。
イオニア海側の西港からエーゲ海側の東港へと、荷が陸路で運搬されているのを待つ間、とっても暇で手持ち無沙汰な時間が発生することになるのである。
その待ち時間の間、水夫たちはKリントス国の街で過ごすことになり、酒や女や賭博にじゃぶじゃぶお金を落とすことになるというわけで。
そうして、このKリントス国には莫大な富が集まるようになったそうな。
めでたしめでたし。
「まあ〜、すごいわぁ」
「何にそんなに感激してるんだババアは」
Sパルタ国を盟主とするペロポネソス同盟。
軍事力に優れつつも、経済的には脆弱だったSパルタ国。その戦争継続能力維持を助けたのは、このKリントス国の経済力であったとか言われているくらいには、とっても儲かっているお国なのよね。
うんうんなるほど。
こんなかんじなのねー。
あの同盟の立役者である財源、影の主役、経済事情をこの目で確認できて、ものすごい理解が捗ったわ。
ああ、いいわねぇー。本も参考資料集も大好きだけども。こういうフィールドワークっていうのも、とても充足感あるわー。
こうして。
目当ての港を見物したあとは、足早に南へ抜けていった私たち。
ようやく都市部から離れ、人混みからも解放されて、ほっと一息をつく。
「もうすぐ、Sパルタ国なのね」
「ああ、この先がそうだな」
「とりあえず今夜は、ここらへんで野営かしらねえ」
「もう疲れたのかよババア」
まあねえ、すっごく見応えがあったし楽しかったんだけど〜。やっぱり疲労の蓄積がねぇ。
山林地帯に入ると、私は移動がてら、焚き木になりそうな木の枝を拾いながら歩く。
ついでに木の実や植物などの採集もしながら。
リュギオンのほうも、投げナイフなどを巧みに操って、野鳥や小動物を捕獲していた。今夜のおかず、といったところだろうか。
二人で野営の準備に取り掛かり始め、夕暮れ前には、拠点を構えることができたのだった。
高台に面していて、雨風を凌ぐのにもちょうどいい大木の下。野営のロケーションとしては最適である。
私たちは焚き火を囲みながら、道中にゲットした食材での料理はもちろん、携行食の固いパンや保存の効くチーズ、サラミ、干しオリーブの実なども加えて、美味しい食事を味わった。
アウトドアならではの極上グルメに舌鼓を打ったあとは、食後の白湯をすすって雑談を愉しむ。
そんなひと時。
「そうだ私、ちょっと小耳に挟んだのだけど。この国の事情」
Sパルタ国。
いよいよ彼の地に突入するという緊張と興奮が入り混じった結果、やはり私の口をついて出たのは、そんな話題だった。
「お国柄ゆえの、けっこうな教育方針なのよね」
「へえ、話してみろよ。せっかくだから聞いてやるよババア」
スパルタ教育の語源になった、厳格なお国柄。
国民皆兵制度を有しており、軍国主義的政治と尚武を尊ぶ、史上稀に見る軍事強国、なのはいいのだけど、なかなか。
国民としては……ハードモードというか。
修羅の国よね。
「Sパルタ国では子供はね、兵士確保、兵力増強の観点から、国の財産とみなされていたのよね。だからね、7歳になった途端、親元から引き離されちゃうんですって」
「ああ、そうだな」
「たった7歳よ。7歳から、厳しい軍事訓練を課せられるって言うのよ。ひどくない?」
「まあ、そんなもんだ」
「7歳になった子供たちは、軍の駐屯地に集められて集団生活をさせられるんですって!頭は丸刈りにされて、裸足で、下着も同然の薄着でよ!」
「ああ、そうだったな」
「劣悪な環境と粗末な食事に耐えて、肉体の鍛錬と戦闘術の訓練に励む毎日!次々と脱落していく仲間たち!そうして、かろうじて生き残った少数の精鋭にも、さらにまだ試練があるっていうのよ!」
「あー、そうだった、そうだった」
「最低限の武具、短剣一本だけを与えられて山野に放り出されてね!7日間生き抜かなければならないんですって!」
「うん、そんなこともあったな」
「そうして、晴れてSパルタ国の戦士となってからも!寄宿舎での集団生活と軍事訓練が続くらしいの!それが30歳まで続くとか言うのよ!私ちょっと、びっくりなんだけど!」
「そうだな。まあ、大体合ってる」
ん?何?
さっきから。
何か、引っ掛かる相槌を打つわね、リュギオン。
「……え、まさか」
「俺は、ここの出身だ」
「ええー!」
あ、あら。
そうだったの。
リュギオンは、Sパルタ国の人だったのね。
そっか、このあたりが故郷なのね。
ん?あれ?
この地に近づくのを、嫌がっていたのは、なぜ?
え、Sパルタ国の人なら、軍事訓練が30歳まで続いてて拘束されてるはずでは?
「えっと、まさかリュギオン、脱走したとか出奔したとかじゃないわよね?」
「安心しろ、円満に出国してるよ。俺は、20歳前には年季が明けてるんだからな」
ほっ。
「えっと、でも、どうやって?」
「戦に出て、敵の軍団を壊滅させる。それの繰り返し。たったそれだけだ」
「へ、へぇー」
「そのへんの一兵卒が何十年とかかっても稼げるかどうかわからない規模の武勲、手柄をいくつも立てたんだぜ。国にはもう十分すぎるくらいの貢献をした。誰にも文句は言わせねぇよ。俺は、晴れて自由の身だ」
そ、そんな。
大学で単位取りまくってスキップ飛び級して、卒業早める、みたいなことが。
四年制大学を、わずか一年で課程終えてさっさと卒業しちゃった、みたいな。そんなノリで。
とりあえず、戦で活躍しまくったってことらしい。
なんてリュギオンらしい、身の振り方。
「それにしても……Sパルタ国さん、国家として形式上は、それで文句言えないにしても……。軍事部門としてはさ、そんな優秀な戦士、本当は手放したくなかったはずでしょうよ。今でも、なんとしてもリュギオンには国の兵士として戻ってきてほしいって考えているのではないかしら」
「まあ、そうだろうな」
「……しつこい勧誘とか、説得とかがあったり?」
「そうだな。できれば顔見知りには見つかりたくねぇな」
「……うーん、そっか」
この地に入ってからの私は、男装も同然に、ターバンを首元までぐるぐる巻きにしたり外套で体の線を覆ったりという、いでたち。
リュギオンもまた、顔や姿形を目立たせないように、外套のフードを深く被った厚着をし、自身の特徴や印象を薄れさせようとしていた。
それは、顔見知りに見つかりたくない、という理由からだったのか。
「……そっかぁ、そうだったのね」
まあ、そういう複雑な事情があるなら、仕方ないわね。この先には、まだまだ見てまわりたい名所があったし、かなり名残惜しいけども。
「しょうがないわね、さっきの港まで引き返しましょう」
「いいのかよ」
「いいのよ。見てまわりたい名所なんて、他にもたっくさんあるんだから」
彼にはそんな背景があって本当は来たくなかっただろうに、我慢してここまで私についてきてくれたんだもの。それだけでもう十分よね。
治安の悪い危険地帯を女性一人で歩かせるわけにはいかないと思って、それで心配してついてきてくれたのよね、きっと。
リュギオン。私の旅仲間は、とてもいいやつだわ。
私も旅仲間のことが心配だし、大切よ。
うん決めたわ。
明日の朝、来た道を引き返しましょう。そうして船に乗って、早くこの地を離れてしまいましょうね。
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翌日。
Kリントス国に、引き返す私たち。
街は相変わらず、混沌としていた。
泥酔客、スリ、ひったくり、チンピラ集団、買春客、悪質な客引き。露出度の高い衣装を着た、妖艶で淫靡な女性たち。
それと、サイコロ賭博などによって身を持ち崩したのだろう、一文無しの浮浪者なども路地裏にたむろしていた。身につけていた衣服までを質に入れている結果なのか、こちらもまた、露出度の高い姿となっていた。
ああ、混沌、カオス。
ほんと治安悪いー。
リュギオンの背に隠れて歩く私。
相変わらず周囲に圧倒されながらオドオドしていると、石畳の側溝に、深靴の踵を取られ、つまずきそうになった。
なんとかバランスを立て直し、転ぶのだけは阻止できたものの……。
「えっ、うそ⁈」
……よろめいて歩みが遅れた分、なんとリュギオンに置いて行かれてしまったのだった。
やばい、まずい!
どうしよう、この人混みの中、はぐれちゃった⁈
「よお、ねえちゃん、いくら?」
きゃあ、絡まれちゃった!!
急いでたから、男装が甘かったんだわ!性別がばれちゃった!
リュギオンとはぐれ、路上で不届者に絡まれる大ピンチ!
それを皮切りに、次々に声を掛けられて進路を塞がれる私!
「うちの店で働かない?特殊な客層相手にしてみなよ!稼げるよ〜!」
「わ、わわわ私は、もう若くはありませんので……!そこを通してください!」
「多少薹が立ってても大丈夫!小娘よりも年上がいいって需要もけっこうあるからね!」
「おねえさん、いい足してんねぇー!ちょっと踏んでみてくんない?」
「おっと待ちなよー、いいじゃん相手してよー」
きゃああああ!
夜職スカウトマン、女衒、ナンパ、下ネタな懇願、声掛け、キャッチセールスの類い!
ああ、なんという無法地帯!
肩に手を置かれて、逃亡を妨害される私!
もう若くないからといっても見逃してもらえない!高齢女子だからといっても油断できない!彼らは女ならなんでも来いの、守備範囲広めの超女好きどもなのだ!まさにカオス!性的に放埒した、背徳の街!
やっぱりここは、道徳的に堕落した、酒乱と放蕩と淫乱の街!
不健全不道徳極まりない!治安のとっても悪い街ー!女性の一人旅、一人歩きなんか、絶対できない街ー!!
やばい!
私、異世界道中史上、最大最悪の、絶体絶命の大ピンチ!!
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━




