第6話① リュギオンの帰郷? 「俺は、ババアについていく!!」
━━━━━━━━━━━━━━━
「次は、どこへ行くんだ?」
「南よ。地峡の先を目指しましょう」
「……南、か」
「なぁに?」
「……気が進まないな」
「いいのよ、無理についてこなくったって。こっちの世界にも慣れてきたし、この先は私一人で平気だから」
「……いや、行くよ」
「いいわよ、気が進まないなら、別行動で」
「いいや、行く」
「無理しなくても」
「俺は、ババアについていく!!」
なんなの、もう。
若き傭兵リュギオンと、私、瑠奈。
私たちは、旅の途中。
目的地の設定で、同行者と意見が食いちがってしまうことくらいは、やっぱりよくある。
高台のあたりから南西部の方向を見下ろすと、ペロポネソス半島が見える。
都市国家ポリス、Sパルタ国や、Kリントス国がある地。
いよいよ、ペロポネソス同盟の本拠地に入るのだった。
まあ、たしかにね。
いかにリュギオンでも、渋るのはわかる。
これまでの旅は、エーゲ海沿岸地域のデロス同盟勢力範囲だったので。なんだかんだ言っても、民主政治で教育や芸術を重んじる傾向だし、上品さとお行儀のよさがあったのよねぇ。
だから、あれでも、まだわりと治安もよいほうだったんだけど。
対して。
ここから先は、ちょっと荒っぽいイメージがあるものね。うーん。
たとえ別行動になっても一人で平気、とは言ってしまったけれど……内心はやっぱり、ちょっとビクビク緊張している私だったりもする。
でもねぇ、行きたいのよねぇ。
見たい観光名所がたくさんあるのよー。
恐怖心や不安よりも、知的好奇心のほうが少々勝ってしまった結果、私はそう決断したのだった。
この先は、地峡。
巨大な屏風のような岩壁。岩ばかりの、一面の岩稜帯が広がる。
急傾斜な岩稜が上下する斜面と、見事な断崖絶壁が続いていた。
「うわあ、怖い、やっぱりものすごい迫力」
うーん、無理せず引き返して、海路で港を目指したほうがいいのかしら。ああ、でもなぁ〜、なるべく陸路がいいしー。
あ、あっちの緩い傾斜なら、なんとか行けそうかなぁ。遠回りでも、スロープみたいなルートとか階段上になって安定してる岩場とかがありそうかも。
一歩一歩、おそるおそると慎重に足を置いて、崖下目指して降っていく私。
「おいババア、来い」
リュギオンは膝を曲げ腰を屈めて、中腰の姿勢。
馬跳びの馬になったような姿勢をしてから、私を呼んだ。
「さっさと降りようぜ。おぶってやるから、俺の背に掴まれ」
「ええ?おんぶってこと?」
「そのほうが早い」
目的地のことで揉めて、自分のほうの意見を通してしまった後ということもある。仕方ない。次はこっちが折れてやる番なのだ。
私は素直に従った。
彼の背に飛び乗る私。
リュギオンは、自分と私の上体を縄でぐるぐるに固定し始めた。すでに二人分の荷物も、彼の腹側に着装されている。
「だ、大丈夫?」
「よし、行くぞ」
「え、ちょっ、そっちは断崖絶壁なんだけど……」
傾斜角70度以上はあろうかという、切り立った崖部分。
なんと、彼はそこを降下ルートに設定するのだった。
「ちょっ、うそぉ!向こうにもっと緩い傾斜があるじゃない!」
「ここを降りれば一瞬だ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
スピード重視、最短経路にこだわるリュギオンは、断崖絶壁をものすごい速さで懸垂下降して飛び降りてしまう。
背に掴まっている一般人の私にとっては、恐怖の絶叫系アトラクションでしかない。
「きゃああああああああああああああ!!」
「うるせぇなババア、ほら着いたぞ」
「ひ、ひぃぃぃ、ガチガチ……」
あっという間に着地し、彼から荷とともに下ろされた私であったが、しばらく目の前が歪んだりまぶしくなったり。視界は、点滅したエフェクトに遮られる。
その場でただ呆然としているしかなかった。
も、もぉぉ、リュギオンめぇー。
さいあくぅぅ。
リュギオンは荷と私を下ろすと、敷物を取り出して、バサバサとはたいてその場に敷いた。
「まったくしょうがねぇな、休憩にしてやるから、とっとと寛げ」
レジャーシートみたいな敷物。さらに膝掛けとクッションまでセッティング。ピクニック気分が楽しめるような設営をこなすのだった。
「ほら座って足を伸ばせ。さあ、飲め」
休憩場所を確保し、飲み物を簡易コップに注いで手渡してくれるリュギオン。その口調さえまともであれば、至れり尽せりといってもよいくらいに、私をいたわってくれてはいる。いる、が。
な、なんなのよ、この若者は、もう。
つくづく、なんて残念なかんじなのかしら。私に厳しいのか甘いのか、どっちなのよ。
一応、休憩タイムを設けてくれたけどさ。
この素晴らしい地峡を愛で、愉しむ時間まで短縮されてしまう勢いだわ。
なんてもったいない。
ようやっと少々落ち着きを取り戻した私は、深呼吸をしながら地峡を眺める。
は〜、ここは、海神ポセイドン様ゆかりの地だったわよね〜。
イオニア海のコリンティアコス湾と、エーゲ海のサロニコス湾に挟まれている、コリントス地峡。
すごいのよ、この地峡が。
「はああ〜、やっぱりすごいわよねぇ地峡、イストモス」
このペロポネソス半島は、地図で真上から見たら、ぱっと見、島なんだけども。
島じゃないのよ、半島なの。
実は、細〜く、ちょっとだけ繋がってる部分があるのよ。
それが、この地峡なの。
幅が、たった6kmくらいしかない、この部分!この部分がすごいのよ!
この部分があるから、だから、ここは、島、ではなくて、半島!とみなされるってわけよ!
奇跡の地形!神秘的な陸地の形!
ロマンチックな地理の極みなの!
「何がすごいってんだ。邪魔なだけだろう、こんな部分」
「じゃ、じゃま、ですって?なんてことを!」
「ああ、ここに水路、運河が掘れればな。これだけ需要のある航路だ。毎日毎日、あの数の船をいちいち陸地に水揚げしてるのが効率悪くて、まだるっこしいったらないぜ。船が通れるだけの幅ギリギリの細い溝でいいんだ。それを掘るだけだぞ。このぐらいの距離なら、そのうちどこかの大国の皇帝どもが開削計画してくれそうなものだが。おそまつな土木建築技術でも、国をあげて取り掛かれば、あるいは。この程度ならなんとかなるだろうよ」
「だ、だめぇー!運河なんか作っちゃだめなのー!せっかくの地峡を傷つけないで!そのまま残しておいて!そんなの作ったら、せっかくの奇跡の地形である半島が、ただの島とみなされちゃうんだからー!ああ、地理のロマンが台無しよー!」
「何がそんなに大事なんだ?ただの陸地だろう?そんなものより、いかに船舶を効率よく動かせるか考えることのほうが、よっぽど有意義だと思うが」
なにをー!この海運脳め!
ああもう、二言目には、シーレーン!海上交通路!燃料費が最安値で済む最短経路!最短距離!ふねふねふねふね!船のことばっかり!シーパワーな海洋国家の民!海運至上主義思考!
はっ。
ああ、いけない、いけない。
つい熱くなってしまったわ。
この時代背景においては、水運を重要視するのは、至極当然な考えなのだものね。
なんたって航空輸送や鉄道網、トラック運搬などなどが普及してないのだもの。
海運、水運頼みになるのはしょうがないこと。
「そ、それにね!ここの岩盤は脆いと思うの!大規模な崩落が起これば、その復旧のために、運河が長い間閉鎖されることもありうると思うのよねぇ!」
「そんなに熱を込めて語れるんなら、もうすっかり元気なんじゃねぇかババア。ほら、休憩は終わりにして先へ進むぞ」
うぅー!
この若者めぇ!
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━━




