第5話③ 殉葬大作戦⭐︎24時! 「俺の女になれ!ババア!!」
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「いずれ王家の治世下は終わり、世は様変わりし、このような因習も廃されるのですって。遠い先、ほとぼりが冷めた頃に私たちは目覚め、外へ出られるのだと。私たちは死にはせず、生きたまま。今はただ眠るだけなのだとおっしゃいましたのよ」
薬師様?
なにそれ?眠り薬?
冬眠みたいな?
そんな長期に渡って眠れる都合のいい薬って、あるの?
仮死状態になるだけってこと?フグの毒テトロドトキシンとか、チョウセンアサガオやトリカブトなんかの生薬を調合したってこと?阿片を用いた麻酔鎮痛薬とか?
「あの、そのお話って、他の方は……」
「言ったところで。みなさん、あんなに取り乱して聞く耳も持たないでしょうよ。どうせ、その場しのぎの気休めくらいにしか思わないのでしょうし」
彼女とそんなことを話していると。
「ちょっと!その子の言ってることを真に受けちゃだめよ⁈」
いつのまにか近づいてきていたらしき女の子たち数人に、後ろからつつかれる。
「その子、素性の怪しい薬師に入れ込んでいてね!もう痛々しいったら!身も心も、お給金のほとんども捧げていたみたいなのよ⁈」
「ずいぶんと熱を上げて貢いでいたようだから、もう、まともな判断などできないのでしょうよ!どうせ、ペテン師がその場を適当になだめただけでしょう⁈嘘八百の胡散臭い作り話もいいところよ!」
ええー?どっちが正しいの?
「なんですって?ペテン師ですって?なんてことを!あの方のことを悪く言ったら許さなくってよ!」
「きゃあ!何するのよ!薬師でも詐欺師でもペテン師でもどうでもいいわよ!あんた、ていのいいカモにされてんのよ!いいかげん目を覚ましたらどう⁈」
髪を掴みかかって引っ張ったり、叩いたりひっかいたりと、揉め始めた彼女たち。
止めに入った周りの女の子たちまで巻き込んで、わあわあと取っ組み合いの泥試合にまで展開し始めた。
えー。
何これ。キャットファイト始まっちゃった。
私の力では仲裁できそうもないし。
ずいぶん大騒ぎになっちゃってるけど。
これから死にゆく、厳かな空間のはずなのに。いいのかな。
どうしよう。
問題解決能力もない無力な私は、ただおろおろとしていた。
すると。
「なんだ貴様!何を持ち込んだ⁈」
ふいに、兵士の声が轟いた。
ガシャーンガタガタという誼譟とともに、女の子たちの喧嘩とは別方向で、騒ぎが起こったようだった。
「呪われし王家は、滅ぶのです……きっと宰相が、隣国の兵を動かしてくださる。それまでの辛抱ですぞ……」
「なんだと貴様、まさか、そんな夢物語のようなことを信じているのか?」
「……されば、悪しき風習も終わりを告げ、新しい世が始まりましょう!我らもここから救い出される……!」
「気休めを言うでない!あの腰抜け宰相に何ができる?王家に対し叛乱など企てたところで、兵がどこにいるというのだ!隣国勢が、兵を貸すわけがない!」
見れば、兵士の何人かが、食べ物が入った皮袋を隠し持っていたのだった。干し肉や、木の実、飲み水が入った瓶までがあった。
それを上官らしき一人が取り上げたらしく、激しい奪い合いになっていた。
「……隣国の兵が攻め込み、政権を転覆させるまでは、少なくとも一ヶ月はかかるでしょう。それまでの辛抱です、あと一カ月……!それまでここで生き延びましょうぞ」
「こいつら、気でも違ったか!取り押さえろ!」
「僕は生き延びる……この食料は誰にも渡さない……僕だけでも、絶対にそれまでここで生き延びる……!」
「それをよこせ!」
彼らはとうとう、同士討ちを始めてしまった。
隠し持っていたらしき剣を振り回し、斬りつけ合う。
食糧を奪い合ったりお互いの意見を否定したり上官の命令に従ったり逆らったりと、もう誰が正しくて誰がまちがっているのかを判断できない混乱状態の中で、死闘を繰り広げるのだった。
私は、墓室内のさらに隅っこのほうに移動して、避難するしかない。
暴れ回る兵士たち。
女の子たちの喧嘩も、さっきからずっと、一向に収まる気配はない。
墓室内部は、すっかり大騒ぎ。
あっちもこっちも、キャーキャーワーワー。
あれ。
殉葬って。殉死って。こんなかんじだったっけ。
なんか、もっと穏やかに厳かに、静かに安らかに、落ち着いたかんじで逝けるイメージだったんだけど。
え。
なんか、思ってたのと、ちがう。
そうこう言っているうちに。
剣を振り回して大暴れしてる兵士たちが、勢い余って、避難場所であるこっちのほうへまで斬り込んできた。
ええー!
やだ私、巻き添えー!
ちょっ、危ないー!私、このままでは、斬殺されてしまう!
剣で斬られて死ぬとか、惨死とか、一番穏やかでない死に様じゃないの!
えー、やめてー!カッコいい死に方させてー!
あああ、逃げ回ってあたふたしてるうちに、いつのまにか、手に持ってた盃も、石床にぶちまけちゃったしー!わーん、せっかくの毒汁がなくなっちゃったー!
その時だった。
「ババア、無事か!」
そんな声が響いた。
いつのまにか入り口の扉が開かれていた。
騒ぎに気を取られていてまったく気づかなかったが、なんと、墓室外に埋まった土は、すでに取り除かれていたのだった。
「リュギオン!」
「ババア!」
リュギオンだった。
私は思わず、その名を読んだ。
リュギオンは、入り口扉から走り寄って私のほうへと向かってきた。そうして、すぐさま私を抱きしめた。
だがそれは、一瞬のことだった。
彼はすぐに我に返ったように、腕を掲げて身を離す。
そして、手に携えていた円形の盾を、私に押し付けてくるのだった。
「持ってろババア。そこを動くなよ」
とっても重たい円盾、ホプロンを持たされる私。
あ、ああ、これで身を護って、隅のほうに避難してろってことね。
わかったわ。
墓室内には、まだ事態が把握できずに、武器を振り回したり興奮して暴徒化している兵士や女の子たちが、たくさんいる。
そうね。
とりあえず全員、ちょっと冷静になって落ち着いてもらわないと。
状況下から考えてみても、全員、悪人などではけっしてない。閉鎖空間で煮詰まった人間関係の中、ちょっと集団ヒステリーやパニック起こしてるだけよね。成敗や討伐の対象ではないのだから、剣で斬ったりしてはいけない。
だから、ちょっと大人しくしてもらうだけよ。出血を伴う切創や挫創は厳禁だからね。
制圧するだけだからね。
「手加減してよ、お願いリュギオン。深手を負わせないでね」
「わかったよ、うるせぇババアだな」
コピス、マカイラと呼ばれる、片刃の戦刀。束と剣身とが一体に作られていて、刀身は軽く彎曲している。
その愛用の武器を、リュギオンは上下逆に握り直してくれたのだった。彼は、私の願いどおりに、剣技の一部に制限をかけて戦ってくれた。
峰打ちや棟打ち、平打ちを駆使して、大勢を相手に立ち回る。
相変わらずの見事な戦闘美を披露してくれるリュギオンは、あっという間に、その場を無事制圧したのだった。
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24時間。
私の殉葬大作戦⭐︎が開始されてから、まだ、たったの一日。
24時間しか経っていなかった。
墓室から外へ出て、私が目にした光景、それは驚愕の事態であった。
宮廷は、国内は、すっかり様変わりしていた。
なんと、No.2の権力の座に着いていた宰相が、クーデターを起こしたのだという。
政権転覆。
たしかに墓室内で、兵士たちが、そんなような期待を込めた発言を交わしていた。しかし、そんなものは夢物語だ、などと否定されていたし、成ったとしても一カ月後、という話ではあったのだ。
動かせる兵がない、隣国勢が兵を貸してくれるわけがない、と。
そんな夢物語が、こうして実際に、しかも一ヶ月はかかるという話だったところが、わずか24時間で成立してしまったという、この事実。
そう、リュギオンだ。
リュギオンが動いていたのだった。
一騎当千のリュギオン。
彼一人の力が、千人の兵力にも匹敵すると謳われる。たった一人で千人もの敵を相手にできるほど強いことを意味する、この賛辞。
宰相はリュギオンの協力を得たことで、たった一夜で、千の兵力相当の軍備を持つことになったのだ。
あるいは、腰抜けと呼ばれていた宰相をそそのかして政権転覆までけしかけたのも、彼なのかもしれない。彼の明晰な頭脳や交渉術を考えると、状況に応じて圧をかけたり宥めすかしたりといった姿は容易に想像できた。
ああ。
殉葬大作戦⭐︎24時。
たった24時間の間にリュギオンは、宰相に接触、政権奪取を教唆、反乱分子たちとの軍議、隣国への干渉や根回し、国軍兵士たちとの大規模な戦闘、王家一族を拘束、王墓から殉葬者を救出、などなど。それらを、たった一人でこなしていたのだった。
やっぱり、リュギオンは、すごい。
神がかった発想力、決断力、行動力。これだけのことを瞬時に計算して即座にやってのけるのだもの。もう、人間の域じゃないのかもしれない。
ああ、本当に、半神なのかも。
そうして。
私は、宿で待機していたシュティテさんと再会した。
衣装を取り替えて入れ替わり、元の姿に戻った。
これにて、身代わりは無事終了。作戦は大成功に終わった。若い娘さんは、これで救われたのだ。
シュティテさんは、しばらく私に抱きついて離れなかった。
涙を流して喜んで、何度もお礼を言うのだった。
「……この耳飾りも、お返ししなきゃ」
プラチナピアスの片方部分、右耳用のもの。それを、シュティテさんは差し出した。
「……あたし、これから、もっと自分に似合う装身具を探しに行くつもりです。都会へ出たり、ちょっと遠くまで足を運んだりしてもいいから。自分で見つけたいって、そう思うんです」
ああ、シュティテさん。
よかった、元気になって。表情が明るくなって、未来を見つめる綺麗な瞳にも、ちゃんと輝きが戻ってるわ。
キラキラとした生気に満ちていて、まっすぐで、これぞ、若い娘さんのあるべき姿よねぇ。
そうよね、耳飾りでも何でも、これからいくらでも探しにいけるわよね。
きっと、すてきなアクセサリーが見つかるわ。
ああ、よかった。
彼女はもう大丈夫だわ。きっと幸せになれる。
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こうして、しばらく経った。
国内にひとまずの落ち着きが戻ったのを確認してから、私たちは旅立っていった。
麓の小国を出発してからは、街道沿いをひた歩く。
谷あいを抜けると、明るい日が差し出していた。快適な気候と天候、陽気に恵まれて、絶好のウォーキング日和といったところ。
二人でこうして並んで歩くのは、久しぶりのことだった。
「ねぇリュギオン……あのぅ」
「なんだよババア」
うーん、気まずい。
でもまあ、ちゃんと助けてもらったお礼を言ったり、感謝を伝えたりはしたいのよね。
「……あのねリュギオン、今回のことでは私だけでなく、本当に色んな人のことを救ってくれたわよね。あなたにはたくさん借りができたもの、お礼はたくさんしたいと思ってるのよ……でも」
あなたが求めるような、体で払うとか一晩つきあうとか、そういうのは、やっぱり無理なのよ。
そういうのは、あきらめてくれる?
私がゆっくりと言葉を紡ごうとしていると、街道の途中で、リュギオンはふいに立ち止まった。
そうして、真横を歩いていた私に向き直ってから、懐から何かを取り出した。
それは、プラチナのピアスだった。
あの時、私が彼にあげた片方部分。あの左耳用の耳飾り。
リュギオンは、両の手を伸ばして、私の耳たぶに触れた。
「この耳飾りは、返す」
そう言って、私の左耳に付け直してくれる。小さくて細かい留め具のパーツを指先で器用につまんで、丁寧に優しく装着してくれるのだった。
「大事な品だったんだろう?それなら誰にも渡さず、墓場まで持っていけよ」
「う、うん」
「礼はもういい。ただ、少しは俺の言うことを聞けよババア。ひとつ約束してくれ」
「え?うん?」
「いいかババア。今後、身代わりだとか人助けだとか、ふざけた理由で死を選んだら許さねぇからな。命を粗末にするんじゃねぇよ、冥界に片足突っ込みすぎだ。希死念慮が過ぎるんだよ、寿命以外で死ぬんじゃねぇ。ちゃんと天寿をまっとうしろよ、キッチリ老衰で死ね」
リュギオン……。
「わかったか?」
「わかったわよ。あなたがそう言うなら、従うわよ。約束する」
「よし、俺の言うことを聞くんだな」
「いいわよ」
「俺についてこい!ババア!!」
「わ、わかったわ」
言われるまま、しばらく、彼の後ろを三歩下がってついていった。
街道沿いの旅路を行く。
リュギオンは振り返って、またも命令口調で指図した。
「俺の女になれ!ババア!!」
「ならないわよ!調子に乗るんじゃないわよ!」
こうして。
私の異世界道中記は更新されていった。
主要登場人物の一人、若き傭兵リュギオンは戻ってきてくれた。
やっぱり、私の大事な旅仲間である。
道中記は、これからも、まだまだ続いていきそうだ。
第5話 殉葬大作戦⭐︎24時!「俺の女になれ!ババア!!」
━━━ 終わり ━━━




