第5話② 殉葬大作戦⭐︎24時! 「俺の女になれ!ババア!!」
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すでに日は陰り、時刻は夕暮れ頃となっている。
私の今夜の宿泊先。
宿の部屋に移動をした。
ベッドに腰掛けるシュティテさんは、まだオロオロとしたまま。事態が飲み込めていないようだった。
「だからね、私が変装してシュティテさんになりすますのよ。明日の朝、迎えの兵士が来るんでしょう?私は今からシュティテさんの家に向かうから。シュティテさんはこの宿にいればいいわ。それで朝になったら、旅行者としてよその土地へ逃げればいいのよ」
私たちは、お互いの衣装を取り替えた。
頭巾を目深に被って、大判のショールでくるくる身を包んでれば大丈夫よね。
こうして俯いて下を向いていれば顔なんてバレないわよ、へーきへーき。
「身代わり完成ー」
あら、ちょっとだけ身長が足りないわね。
仕方ない、もう少し高めのヒールがついたサンダルを履き物にして〜、衣装の裾も長めにしてこれで足元を隠して、頭にもターバンっぽい布地をぐるぐる巻いて、カサ増しして〜。
うん、これでオッケー。
背格好はごまかせたわ。
「身代わり、だとぉ?一体、何をやらかすつもりだババア」
室内には、リュギオンの存在もあった。
衝立ての向こう側、部屋の隅っこのほうから、声が聞こえた。
着替え中は壁のほうを向いているようにと、ようく言い含めておいたとはいえ。律儀に言いつけを守っているようだった。
身代わり作戦の件について。
あの時。
店主や他の客たちの耳に入らないように、シュティテさんにだけ聴こえるように、私はそっと小声で囁いた、はずだった。
なのに、リュギオンの耳にはしっかりと内容が伝わっていたのだった。
なんという抜きん出た聴力。
私の目論見、殉葬大作戦⭐︎は、速攻でリュギオンにバレてしまっていた。
バレてしまってはしょうがない。こうなったら、リュギオンにも協力してもらおう。片棒を担いでもらおうじゃないの。
衝立てを取り払い、彼を部屋の中央へと通してやる。
シュティテさんの衣装を身に纏った、身代わり完成形の私を、見せてやった。
「私が身代わりになって殉葬されれば、シュティテさんは助かるじゃない。素晴らしいことだわ」
「何を言ってる」
「私、人助けをして死ねるのなら本望だわ。未来ある若い娘さんの命を繋ぐために死ぬのよ。意義のある人生だったと思えるじゃない」
私の晴れ舞台よ。
ああ、よい死に場所に巡りあえたこと〜。
人助けして死ぬ、って、最高にカッコいい死に方だものね。
「それに、殉死とか殉葬って珍しいじゃない?冥界へ行ってから、亡者仲間にさ、自慢できるじゃない。みんなが、土葬だ、火葬だ、鳥葬だ、家族葬だ、樹木葬だ、って語り合う中。颯爽と登場して、あ、私、殉葬だった〜⭐︎って、さらっと言ってのけるのよ。冥界での茶飲み友達との話のネタにもなるじゃない」
「ふざけたことを抜かすババアだぜ」
「瑠奈さん……あたし、やっぱり、無理です」
シュティテさんは、また泣き出してしまった。さっきよりも、ぼろぼろと大粒の涙を流して。
「あたし、瑠奈さんに申し訳ないのももちろんですけど……それ以上に、臆病だったんです。逃げるなんて、そもそも無理だったんです。誰かが嫌な役目を代わってくれたところで……自由をくれたところで……結局、何もできない。どこにも行けない。怖いんです。ここで、国のために尽くすことしかできない、つまらない人間だったんです、あたし」
両手で顔を覆い、泣き崩れてしまうシュティテさん。
これまで、閉じられた環境下、小さな土地の中だけでしか生活してこなかった彼女。若い娘さんなのだから、人生経験が少なく浅いのは当然で、仕方のないことだった。
そんな彼女が、外の世界にいきなり放り出されることは、私の考えている以上に、先行きが不安で恐ろしく感じることだったのかもしれない。
予想以上に、ハードルの高い選択肢だったのかもしれない。
でも、それでも。
生きていけるほうが、絶対いいわよ。
きっと、大丈夫よ。
若いんだし、なんとかなるわよ、生きていさえすれば。
「リュギオン、あなたには頼みがあるの。シュティテさんが国外に逃げるのを手伝ってあげてちょうだい」
「なぜ俺が」
「これは私からの、傭兵さんへの正式な依頼よ」
私は、左耳につけていた耳飾りの留め具を外す。
この装身具は異世界のものではない。私が元いた世界にいる頃から、ずっと身につけていた品だった。
誕生石がついた、プラチナ素材のピアス。
左耳用の片方部分。
それを、リュギオンの手に握らせる。
「プラチナのピアスよ」
和名では、白金、と呼ばれるプラチナ。
地球上のごく一部、限られた場所でのみ採掘できる希少な金属で、1tの原鉱石から採れるプラチナは、わずか3g。
プラチナの混じりけのない白い輝きは、顔周りを美しく彩り、上質感を添え、くすみがちになった大人の女性の表情を明るく見せてくれるのだとか。おまけに、プールの塩素や温泉の硫黄成分、漂白剤などでも変色、変質しないから、日常使いもできてしまうのよ。その希少性と確かな価値で、年齢を重ねても愛用できるという。
まさしく高齢女子にぴったりのジュエリー、プラチナのピアス。
とっても大事にしていたんだけど、あげるわ。
「素材も細工も宝石も、こっちの世界では希少だろうから、けっこういいお値段で買い取ってもらえるんじゃないかしら。報酬はこれで足りるわよね」
「おい、ババア」
「それ、形見でもいいのよ。死にゆく私の頼み、聞いてくれるわよね?」
「あんたなぁ」
「遺言にしてもいいのよ」
頼んだわよリュギオン、シュティテさんの面倒を見てあげてね。
もう片方、右耳用のプラチナピアスは、シュティテさんに託す。顔を横に振り続けて遠慮する彼女の手に、強引に握らせた。
私は、とうに己の運命を受け入れて、自らの人生はここまでだ、と、区切りをつけることができている。
もはや生きようとはしなくてもいい。
もがかなくてもいい。
ゆるやかに、死への道に向かってゆける。
そんな私とはちがう、シュティテさん。
彼女は若い。まだまだ生きる権利がある。
死ぬ覚悟もできていないしできるわけもない。そんな覚悟は、若者はしなくていい。ここで死んじゃ、もったいないもの。
だから、これでいいのよ。
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翌日の朝。
シュティテさんに扮した私は、鐘の音を聴いていた。
鐘は、朝早くから何度も鳴っていた。
重苦しく、低く鈍い響き。
ゆっくりとしたリズムで打たれ続ける。
そんな鐘の音を聴きながら、そのまま。私は、迎えに来た兵士に連れられて、中央広場へとやって来た。
広場では、追悼演説が行われていた。
王の棺は、広場の中央付近にある祭壇に安置されている。
演説が終わってしばらくすると、王を褒め賛える歌が披露され、そのあと火葬が始まった。
薪のうえに棺が乗せられ、香油や香科が火の中に投じられる。
私も、他の殉葬者も、会葬者も、この火や煙を、厳かに見守り続けるしかない。
王の火葬。
これが終われば、私たちは殉死する。
側近の従者や侍女、兵士が、殉葬者として埋葬されるのだ。
殉葬者たちは一ヶ所に集められて、兵士によって厳しく管理される。もう、自由なふるまいや言動は許されない。うやうやしく亡き王を偲ぶ、忠義者を演じるしかない。
風の流れに乗っていく火や煙を、ただただ眺め続けていた。
そうして眺め続けてから、どのくらいの時間が経ったのだろうか。
私たちは広場からの移動を促された。
火葬が終わったのだ。
次は、王の骨壷とともに、地下の墓室へと向かわなければならなかった。
広大な敷地にある王墓の丘。地上から緩やかな階段を下りた後は、やや斜めのスロープが続く。
殉葬者たちは整列し、規律正しく行進し、順番に墓室内へと入っていくしかなかった。みんな一様に。
その手には、陶器製の小さな盃があった。
致死量の毒薬が入った、盃。
それぞれが、この盃の中身を飲んで逝けるように、毒が注がれているのだった。
塞がれた入り口は、厳重に二重になった扉だ。
重厚な鉄扉の、その先。
その外側は、すぐに土で埋め立てられたようだった。
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こうして。
私たちは殉葬者として、埋葬された。
墓室内。石室。
内部は、案外広く、ひんやりとした地下空間になっていた。
そこで一際、悲痛に響くのが、女の子たちのすすり泣く声だった。
若い女の子たちは、みんな泣いていた。
亡くなった王の侍女さんたちだ。
十人近くはいる。
殉葬される侍女は、シュティテさんだけではなかった。
ああ、そうだよね。
みんな、嫌だよね、怖いよね。逃げたいよね。
私が十人いれば、みんなに代わってあげられたのだけど。いかんせん、一人しかいないものだから。
たったの一人しか、助けてあげられなかった。
私の力では、わずか一人だけしか、救えなかった。
泣いて悲しむ女の子たち。
みんなで泣きながら、肩や背中をさすったり、手を握り合ったり、泣き崩れ、その場に崩れ落ちそうになる子のことを支えたり。
みんな、それぞれが嘆き悲しみ、必死に死への恐怖と戦っているようだった。
その中に、一人、背筋を伸ばし無表情で空を見つめる、印象的な娘さんがいた。
強い子なのかな。でも、気丈に振る舞っているだけかもしれない。無理しているだけかもしれない。
ああ、かわいそうに。
どっちにしても、見てられない。少し、女の子たちから離れておこう。
私は一人、墓室の隅のほうに行って、壁に寄りかかった。
それにしても。
私は、右手に持った陶器製の小さな盃を見つめていた。
これ、もう飲んじゃっていいのかしら。
タイミングがわからないわ。
このまま、盃を片手に立ちっぱなしっていうのもねぇ。なんだか立食パーティーみたいよねぇ。
ちょっと腰を下ろすにも、片手が塞がっちゃうじゃない。持て余すわね、このジャマな盃。
もう覚悟決めて、ちゃっちゃと飲み切ってしまったほうがラクかしら。飲んだら、あとは床で寝転んどきゃいいのだろうし。
っていうか。
この毒薬の盃って、一気に飲み干さなきゃいけないのかしら。
『瑠奈、逝きまーす!』とか言って、イッキしたい気は、あるのだけども。
一気飲みって、なかなかできない年になってきたのよねぇ。喉が弱ってるし。加齢と共に飲み込む力、嚥下が低下しちゃってるものね。
蒸留酒みたいにチビチビやっちゃ、ダメかしら。
チビチビやるには、酒肴とかおつまみが欲しいわよね。ナッツとかクラッカーとか。オリーブとかチーズとかサラミとか。飲み物だけじゃ、なかなかすすまないものね。
ああ、お茶受けとかティータイム用の焼き菓子とかでもいいんだけど。
おやつ持ってくればよかったかも。
あと、この毒薬の汁ねぇ、見たかんじ、ものすごい濃厚なのよねぇ。
エグそうな草や葉の匂いも、きつくって。小松菜スムージーとか青汁みたい。
どう見ても、原液よね。
せめて炭酸水とかで割りたいわ。
「あら、ずいぶんと落ち着いてらっしゃいますのね」
墓室のすみのほうで、一人佇んでいた私。
そんな私に、一人の女の子が声を掛けてきてくれた。
「お怖くありませんの?」
それは、先ほど目に留まった、ただ一人、気丈に振る舞っていた娘さん。背筋を伸ばし無表情で空を見つめる、あの彼女だった。
「ああ、もしかして、あなたも何らかの形で聞いてらっしゃるのかしら。薬師様からのお話」
「え、薬師様?」
「ある薬師様がおっしゃいましたのよ。この盃の中身は、ただの眠り薬だと」
ええ?眠り薬??
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━




