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「BBAヒロイン、古代ギリシャっぽい異世界へ行く!」  作者: しょうりショウゲン
第5話━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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第5話① 殉葬大作戦⭐︎24時! 「俺の女になれ!ババア!!」

━━━━━━━━━━━━━━━


 湖を離れ、内陸のほうへと向かう私、瑠奈(ルナ)


 昼なお暗い谷道が、ずっと続く。


 この近辺には、山岳部に挟まれた平野ごとに建国されたらしき小さな国が、いくつもあるらしい。

 閉ざされがちな土地ならではの独自の文化や、地域の歴史や暮らしを知りたい。そういった興味もあったが、小国群のすべてを見て回るわけにもいかない。


 もう少し情報を仕入れてから、行き先を決めることにしよう。


 谷を抜けると、ちょうど、麓のお茶屋さんが見えた。

 谷道が複雑に混じり合う交差地点、開けた平地に面した一帯に、馬宿や宿泊施設、飲食店などがあった。


 私は、そこの宿泊施設を今夜の宿に決めて、すぐにチェックインを済ませてしまう。

 荷物を置いて身軽になると、さっそく周辺散策へと出かけるのだった。


 一人で、のんびり、うろうろ。

 切り立った崖壁や植生を眺めたり、地質を推測したり。

 そういえば、こんなにゆったりとした一人での行動は、久しぶりだった。


 もし今、ここにリュギオンがいたら、きっと、どやされたり急かされたりするのだろう。


 はあ。どうせ、また、旅の計画性について言及されるんでしょうよ。タイムパフォーマンスだの、コストパフォーマンスだの。ほんと、効率厨でうるさいのよね。そのうち、効率よく無駄なく段取りした、見どころの各所をくまなく回れるような完璧なエクセル旅程表でも作ってきそうで怖いんだけど。


「はあ。忘れようっと」

 私をババアとか呼ぶような無礼者の若者、リュギオンのことは。

 そうよ、私は一人、旅を楽しむのよ。


 谷底を流れる、細い川筋。

 そこに、こじんまりとした小さな橋が架かっていた。


 私は、橋上から川のせせらぎを眺めてみようと、歩を進める。


 だが、すぐに足を止めた。

 ある一人の人物に、目が止まったからだ。


「まあ、どうなさったの?」

 橋のたもとで、若い娘さんが涙を流して立っていた。

 

「大丈夫?」

「……はい…… 」

 体調が悪いわけではないようだ。

 ただただ悲嘆に暮れていた。


 返事はしてくれたが、それ以降の台詞は出ない。彼女は泣き止まないまま、そのまま、橋のたもとに立ち続けたままだった。


 うんうん。

 若いと、人生色々なことがあるわよね。

 辛いこと、哀しいことだってあるわよね。

 泣いていいのよ。

 大丈夫よ。


 私は、彼女の背にそっと手をやり、ゆっくりとさすって、なだめた。

 顔を覗き込み、しばらく横について、話を聞こうと試みた。


「そうだ。向こうに、麓のお茶屋さんがあるの」

 グリークマウンテンティー、山のお茶、と呼ばれるハーブティーを出してくれるお店だった。たしか。

「そこに入りましょうか。風も出てきたし、ずっとこんな所にいたら体が冷えてしまうわ」


「いいんです……あたしなんか」

 娘さんは、自暴自棄気味に言い放つ。

「……あたし、死ぬんですから。明日」

「ええ?」


 ど、どういうこと?

 こんなに若くてぴちぴちした娘さんが、死?


「とりあえず、お店の中に入りましょう。ねっ、何か温かい飲み物でもどうかしら」

 余計に放っておけない。

 私は半ば強引に、彼女を飲食店に引っ張って行った。



 麓の茶屋や飲食店が立ち並ぶ界隈。

 改めて足を踏み入れてみると。


 その付近一帯。重苦しい雰囲気が漂っていたことに、私は、ようやく気付くことになる。

 山あいに挟まれた暗い谷底という、立地のせいだけではなかった。


 よく見ると、街路樹や店の軒先には、イトスギの枝と濃い色合いの布片が、いくつも掲げられていた。


 入店先の店主に尋ねてみると、小国の王が亡くなったばかりなのだという。国中が喪に服しているのだと。

 そして明日、国葬が執り行われるというのだった。


「そうだったんだ」

 そうか、それでなのね。わかったわよ、この娘さん。

「それであなた、亡くなった王様を偲んで、涙を流していたのね」

 と、思いきや。


「……いいえ。とんでもない暴君だったので」

 あ、あら。

「あたし、侍女なんです……すぐ近くで王の悪行をさんざん目にしてきました。偲ぶどころか……正直言って、清々しました」

 そ、そうなんだ。


 シディリティスを煎じた温かいハーブティーを飲み干し、少しは落ち着きを取り戻したかに見える彼女。

 だが、瞳は潤んだまま。

 肩を振るわせ、青い顔のまま、語り続けた。


「明日、王の葬儀が終わったら……あたしたち侍女は、王の棺と一緒に地下の墓所に閉じ込められることになっていて……あたしは明日、殉死するんです」

「ええっ!」


 殉死!

 王の墓所に一緒に閉じ込められる、って!それって、殉葬!

 それで涙を流して、明日死ぬとか、そんな話をしていたのね!


 殉死……主君の死を追って、臣下が自死すること。

 主の恩に対して家臣が献身的忠勤を励むという、主従道徳の確立によって。王族が死ぬと、側近の従者や侍女、兵士たちは、殉死を迫られるのだという。


 あくまで、任意、であり。

 拒否することも可能ではあった。が。

 それは、不忠義もの扱いを受けることを意味する。近隣住民から迫害される遠因になり、この閉鎖的なコミュニティでは生きづらさに直結するのだった。

 自分だけならともかく、親兄弟、一族すべてに被害が及ぶわけで……。

 死にたくない、でも生き延びたところで、今までと同じ暮らしはできない。選択肢などないに等しい、どちらにしても不幸が押し寄せる境遇に置かれてしまうという。


 人身供犠(じんしんくぎ)……いわゆる生贄よね。

 私がもといた世界の人道主義の観点から見ると、はっきり言って、胸糞仕様の因習だけども。

 ここが世界のすべてとして生きてきた、この土地に暮らす人々にとっては……社会の安寧秩序のためには、自らをも犠牲にして支えなければならないという利他精神の想いがあるのかもしれない。

 そうして続いてきた土地や国のやることに、部外者の私が偉そうに物申していい事案ではないかもしれないわよ。わかるわよ。でもさ。

 でも、それにしたって。


「ひどいわ、そんな、むごい話」

 こんな若い娘さんが。

 何も悪いこともしてないのに。

 明日死んでしまうだなんて。


「特に珍しい話でもねぇよ」 

 背後から、酔っ払いが口を挟んできた。


「めんどくせぇ儀式や慣習のひとつや二つ。どこの国にだってあるだろうが」

 気怠いかんじで、さも面倒そうに茶屋の奥座敷で態度大きくあぐらをかいていた、この酔っ払い。

 基本、私の世話焼き気質の行動には、薄情にも手助けもしてくれず、他人のふり。見て見ぬふりで無視放置を決め込む、この意識低い系ヒーロー。

 

「まったく世間知らずなババアだぜ」


 リュギオンだった。

 私をババアと呼ぶ、無礼な若者。


 まごうことなきリュギオンの姿が、そこにあった。


「あらリュギオン、あなた、そこにいたんだ」

 湖畔の呑み屋街から、ハシゴ酒とは。

 千鳥足でここまで移動してきたのかしら。


「俺のことは冷たくあしらい、まったく相手にしないくせに。その若い娘には、自ら声を掛けて茶屋に連れ込んで、茶をおごるのかよ。なんて差別的なババアなんだ」

「あなた何言ってるのよ、酔っ払いもいいかげんにしなさいよ」


 どこから尾行してどこから監視していたのか、私の行動の顛末は、彼に筒抜けであった。

 とりとめのない独り言をぶつぶつと捲し立て、不用意に絡んでくるその様は、まさに酔っ払い。

 酔客である。


「あの、その方……あなたのお連れの方ですか?」

 娘さんが、おずおずと訝しそうに尋ねてくる。


「あ、そうなのよ、大丈夫よ怖がらないで。今はちょっとお酒入ってるだけで、いつもはもう少しまともなのよ」

 本当は、シラフでも普段から、コワモテ仏頂面の悪態つきまくりの不良傭兵なんだけどね。

 そこはそれ。


 娘さんをビビらせないように、明るく快活に紹介してみせた。

 だが。


「……そうですか。あなたはいいですね」

「え?」

「……にこにこ楽しそうで、すてきな男の人もそばにいて」

 彼女はさらに表情を暗く落として、吐き捨てるように呟いた。

「…… とっても幸せそう……」


 そこで私は、改めて、この娘さんの運命を思い知り、愕然としたのだった。


 ああ。

 そうなんだ、私なんかのことを、今、そんなふうに感じてしまう心境なのか。

 明日、死にゆく若い娘さん。

 その心境は、絶望と呼ぶ他ないほどに真っ暗闇の中なのだろう。


 あってはならない。

 あってはならないわよね……若い娘さんが、この枯れた高齢者を羨む、なんていう図式。 


 若い自分よりも、枯れた高齢者のほうが幸せそうだ、なんて感じてしまう状況下。

 そんなものが、あっていいわけがない。

 あってはならないわよ。


 明日、死にゆく、若い娘さん……。

 明日もたぶん生きるのだろう、高齢者……。

 そんな皮肉で対照的な未来が、あっていいはずがない。


 私は、強く心を揺り動かされ、ある決意を胸に固めることになった。



「はあ、しみったれた土地だぜ。この閉塞感と窮屈な空気感にはうんざりだ。おいババア、もう行こうぜ。さっさとよそへ向かうぞ」

「リュギオンはそうしなさいよ。私は気に入ったわ」

「なん、だとぉ?」


 王の侍女だという、この若い娘さん。

 私は、その肩にぽんと手を置いた。


「私は瑠奈(ルナ)。あなた、お名前は?」

「……あ、あたし、シュティテです」

「そう、シュティテさん」


 店主や他の客たちの耳に入らないように、私は、そっと小声で囁いた。


「ねえ、今から私の宿へいらっしゃいよ」

 この娘さん、シュティテさんを不安がらせないように、にこりと微笑んだ。


「いいことを思いついたの。私、シュティテさんの身代わりになってあげる」


 こうして。

 私の殉葬大作戦⭐︎は、決行に向けて、着実に準備段階に入っていった。




つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━

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