第4話 湖上で愛の告白! 「好きだババア!俺とつきあってくれ!!」
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「好きだババア!俺とつきあってくれ!!」
えーと。
え、聞きまちがいかな。
えーと、本気?
そこは、湖。
傭兵リュギオンと、彼にババアとか呼ばれる私、瑠奈。
二人で小さなボートに乗って、きらきらとした水面を眺めたり、可愛らしい野鳥を観察したりと、のんびり湖上横断の旅程をこなしていた時のことだった。
進行方向に背を向けて、後ろ向きで漕ぐタイプの小舟。
櫂を漕ぐ漕ぎ手はリュギオンに任せて、私は、前が見えない漕ぎ手のために、コックスと呼ばれる舵取り役に徹していた。進行方向から見て最後尾の位置に前向きに座って、指示を出したり声掛けをするという役割だ。
狭いボート内部の船首側と船尾側。二人で真向かいに座り合い、お互いの姿を視界に入れ続けるという配置である。
湖のちょうど真ん中付近に来た頃、彼は、意を決したように、そう叫んだのだった。
私は今、愛の告白をされている。
若き傭兵リュギオン。私よりもものすごい年下の、この彼に。
私をババアと呼んでくる、この彼に。
なんと、好きだ、と言われているのだった。
次いで、交際の申し込みまで。
ずっと何かの悪い冗談だと思っていたし、どうせ年寄りをからかっているだけだ、と捨て置いていたけども。
え、本気だったの?
彼は、真剣に、ババア、を、愛していたの?
年増好みとか熟女好きとか年上趣味とか。
老人性愛とかジェロントフィリアとか老体フェチとか。
世の中には、私などには考えの及ばない嗜好をお持ちの方々が、たしかに存在するのだ、とは聞いてはいたけども……。
へー、実際にいたんだぁ。
わー、うそー。
なんというか。
ものすっごく年齢差のある相手を好きになること。つきあいたい、体の関係を持ちたいとまで懇願すること。
老人性愛とは、性欲の対象が老齢者であるもの。性的倒錯パラフィリアの一つで、俗語では、老け専などと呼ばれる。
……そういう性嗜好があるのはわかったわよ……。
でも、実際に行動に移すかどうかは、また別の話でしょう。
まったくのインナーワールドとして、自身の脳内でのみでしか展開させないとか。一生外部には出さない、漏らさない、決してリアル世界には持ち込まない、個人の趣味の範疇、各自の世界として完結してくれていれば、それはもう、他者が干渉できる余地は残されていないわけで。
「いえね。私は、差別的意識や偏見などとは徹底的に抗い、たとえ、どのような嗜好や性癖の持ち主であろうとも、それは人それぞれの個性と権利と自由を主張されるべきであるのだし、できる限りは寛容に受け止めて尊重していきたいと思っているのよ?」
「だから何だよ」
「だからね。これまでは、おおらかに、まあ〜そういうお考えもあるんですね〜!な〜んて、器大きくいたわけなのよ。そう、これまではね」
「だから何だよ。まったくこれだから、オバチャンは話が長いんだよ。要点まとめて簡潔に話せねぇのかよ」
「正直、これまで他人事だったわ。自分にさして関わりのないことだったから真剣に考えていないところがあったのよ。でもね、それが実際に自らが当事者になってみて初めてわかるの。リアルに、自分に利害が絡んで実情を把握して、はじめて理解が捗るってものなのよ」
「俺が好きだって言ってんだよ、ババア。告白の返事はどうした」
「迷惑だわ」
「なん、だとぉ」
迷惑で不快なこと、この上ないわね。
自分が特殊な傾向の性的搾取のターゲットにされるとか、ゾッとするわよ。
「リュギオン、私、あなたのことは旅仲間としか見てないから。今も、これからも。あきらめないなら、もう旅の相棒は解消よ。別行動を取りましょう。私は一人で旅をするから」
「おい」
「申し訳ないけど、私のことを、二度とそんな目で見ないでほしいわね」
「あのなぁ、ババア……いや……」
リュギオンは、小さく息を吐く。
両の手に握っていた櫂を離して、船のふちに支点を固定した。
「……瑠奈」
「………………」
「……瑠奈、俺はあんたのことは、一人の女性として見てる。悪いかよ」
凝視するのはやめなさい。ガン見するのも。女性の身体を不躾にジロジロ舐め回すように見るのは、やめなさい。
「おかしいか?」
真剣な眼差しだった。
恋愛対象として、本当に、本気で私のことを見ている、らしい。
「リュギオン……」
「あんたを好きになっちゃ、いけないのかよ」
そうして静かに舟底に手をつき、私のほうへと寄ってくるのだった。
ゆっくりと、私の左脚へと手を伸ばす。
「な、何するのよ」
ふくらはぎに沿って指を這わす。留め具や編み上げ紐をほどき、私の編み上げサンダルを脱がした。
私の左脚が、裸足にされた。
両の掌で左足首を掴まれて、私は微動だにできない。
驚愕と衝撃で、うまく声も出せない。
左脚は、脛と言わず膝頭と言わず、踵から爪先に至るまで、すべてを撫でまわされていた。
湖上には、私たちの舟しかない。
二人きりだった。
好天に恵まれた、爽やかな昼下がり。
太陽が眩しく光り輝く。
美しい湖の上で、ボートは微かに船尾のほうへと傾き始めた。
彼は、頬を寄せ、唇で触れ、私のふくらはぎに接吻をする。
両の腕で、私の左脚部にしがみつくようにして拘束した。
そうして、そのまま、頬や唇や舌先、掌や指をゆっくりと這わせ続けた。
「…………っ!」
私はたまらず、右脚に反動をつけた。
こちらの右足はまだサンダルが脱がされていない。
コルクでできた厚底のヒール部分で、彼の頭部めがけて、勢いよく蹴りを放ってやった。
「━━っいってぇぇ」
「サイテーよ、あなた!怒るわよ!二度とこんな真似しないで!」
「まだ膝下だぞ。足をさわることすら、許してもらえないのかよ」
「サイッテー!」
「……わかったよ。そんなに嫌なら何もしねぇよ」
「漕いで!早く!もう湖の上なんかいや!舟なんか二度と乗らないんだから!早く!湖畔の宿に向かいなさい!」
私が喚くと、言われるままに渋々と従うリュギオン。
湖畔の船着き場に到着をし、荷を下ろす。私は、終始無言で宿に向かう。
目も合わせないまま進む私を、彼は呼び止めた。
そして、こんなことを言い出すのだった。
「おい、待てよ。急ぎすぎたのは悪かったよ。あんたが嫌なら、もうしばらくは何もしないから……堪えればいいんだろう?」
な、何言ってるのよ、この若者。
「どうせあれだろう、もっと時間をかけてゆっくりと信頼関係を築いてからだとか言うんだろう?いきなりの接触や肉体関係はありえない、段階を踏んで徐々に距離を縮めるものだとか、まずは手を握るところから始めるべきだとか、少なくとも交際開始から半年は体を許さないものだとか。そもそも婚前交渉禁止だとか。そういうことが言いたいんだろう?わかってるよ、どうせそういうことだろう?お堅くて保守的な考えのババアが吠えそうなことだものな」
何を言ってるのよ、この若者はぁぁ!
どうして交際する前提で話が進んでいるのよ⁈
どうして、そのうち肉体関係が生じる段階にまで進む流れ前提なのよ⁈
そもそもから、まちがってるのよ!
この自信満々のナルシストめ!自分がフラれることなんて絶対にないって思ってるからそんな思考になるんでしょうけど!
「ふざけないで!」
「なんだよ」
「もっと時間をかけたとしても、ゆっくり信頼関係築いたとしても、段階踏んで徐々に距離が縮まったとしても!あなたとどうこうなんて、ならないから!恋愛関係になんて、ならないから!絶対!!」
「おい……」
「私があなたと恋人になることなんて、絶対ないから!体を許すことなんて、一生、絶対に絶対にないから!」
「瑠奈……」
こうして私は。
彼、リュギオンのことを、こっぴどく振った、ということになったのだった。
そして。
リュギオンは失恋を経験した、ひどくショックを受けた、と、いうことになったらしい。
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湖畔には、素晴らしいロケーションを臨めるロッジやコテージ、別荘が整然と立ち並んでいる。
その周囲には、湖沼漁村もあった。
魞、簀立てなどの定置網や、投網、投擲、釣り具、貝掻きなどの漁具が散らばる。淡水魚や淡水生物を漁獲する漁師や加工業者たちが、陽気に集う。活気に沸いた村内は、おおいに賑わっていた。
湖の南端へ繋がる大通りに面した、飲食店の数々。
そこには避暑客はもちろん、朝の早い漁師や、すでに仕事を終えた夜勤明けの労働者を迎え入れてくれる呑み屋街もあった。
朝と言わず昼と言わず、酒類を提供してくれる、酔っ払い歓喜のオアシスのような店の数々である。
「リュギオン、あなた、こんなところで……」
呑み屋街の前を通りがかると、見知った顔の酔っ払いが、オープンテラス席に陣取って大騒ぎをしていた。
彼、リュギオンが、真っ昼間から大酒を煽って、くだを巻いていたのだった。
昼日中から深酒を煽り、醜態を晒す、最強歩兵の英俊豪傑。
軍神のごとき戦いぶりだとか半神の再来だとか讃えられていた、あの伝説の英雄が、こんな酔っ払いに身をやつしているだなんて、なんてこと。
ああ、さらに一騎当千、たった一人で千人分の兵力にも匹敵する、とまで評されてもいたっけ。
あらあら。
なんと、まあ。これ見よがしに、やさぐれた姿を晒すこと……。
「おう、ババア。あんたもどうだ、呑めよ」
「私は、お酒は、ちょっと……」
「ふん、品行方正なことだ」
……大昔に肝臓と膵臓をやってからは、もうずっと禁酒しているのよ。
「俺の酒は呑めないって?ふん、まあ、それなら、そこに座れよ。注ぐくらいはできるだろうが。酒の酌くらいしやがれババア」
お酌くらいなら、してあげてもいいけどね。
しかし果たして、甘やかすことが、彼のためになるのかしら。
「あなた、ずいぶん荒れてるわね」
「どこかのババアが、俺に体を許してくれないんでな。傭兵代を踏み倒した挙句にこっぴどく振りやがって。俺もとんだ仕打ちを喰らわされたもんだ。結局、人間、真面目に生きたところでどうせ何も報われねぇってことが身に染みたぜ。俺にはもう、昼間から酒呑むくらいしか人生の楽しみがねぇんだよ」
恨みがましく当てつけがましく。
フラれた腹いせとばかりに、醜く悪態づいてくる、若き酔っ払い。
わかりやすく拗ねてるなぁ。
まったくもう。
「しばらく頭を冷やしたらどう?私は先へ向かうわ。心を入れ替えて、また旅仲間として同行してくれるつもりなら、追いかけて来てちょうだい」
「………………」
「じゃあね、リュギオン」
私は厳しい対応を取ると決める。
彼の憔悴姿を冷たくあしらい、その場をあとにした。
リュギオンは、どうやら追っては来ない。酒場から動かないようだった。
あらそう。
じゃあ、ここでお別れね。
こうして私は、この美しい湖畔の国をもやもやとした思い出ばかりで埋め尽くされたまま。すっきりしないまま、もったいなくも、さっさと通り過ぎてしまったのだった。
異世界道中記は、まだまだ続く。
だが登場人物は、一人減った。
彼を退場させたのは、……他ならぬ私であった。
私は大切な旅仲間と別れて、また、一人旅をすることになったのだった。
第4話 湖上で愛の告白! 「好きだババア!俺とつきあってくれ!!」
━━━ 終わり ━━━




