第3話③ 船上の危機を乗り越えろ! 「さわるぞババア!いいな⁈」
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こうして無事、海賊を撃退した。
賊を拘束し、海賊船に括り付けたまま、海上に放置。
船内には、略奪品らしき財宝やら、売り捌く前の各積荷などが、大量に溜め込まれていたという。
定期巡回している湾岸警備隊の艦が、そのうち見つけて対処してくれるだろうとのことだった。
わ〜、一件落着〜。
すっごい、スッキリ爽快感!
悪党退治の功労者、リュギオン!
これは、素直にすごいことだわ。
えらい!すごい!と、少々興奮気味になってはしゃいだ私は、戻ってきた彼の近くまで走り寄ろうとしていた。
だが。近づけない。
すでにリュギオンは、甲板上でみんなに取り囲まれていたのだった。
乗組員たちからはもちろん、戦闘を見守っていた他の乗船客たちからも歓声が上がっていた。
感謝やお礼の言葉だけではなく、その戦闘の凄さを褒め称える賛辞の数々、感動や熱意を伝えるようなメッセージや声援が飛び交う。
あの戦いぶりを間近で見た者は、誰もがみんな一様に、こんなふうに熱を帯びてしまうのだろうか。
一瞬で彼の信奉者、ファンになってしまうようだった。
まるで戦神のように崇め奉り、拝んでくる人までいた。
まさに、英雄。なんだわ。
やっぱり、みんなから見てもすごいのよね、リュギオンって。
みんなびっくりしてたものね、あの戦いぶりには。一瞬、ギョッとするレベル。ちょっと引くレベルよね。
やっぱり本当に、もしかしたら、ふつうの人間ではないのでは。半神半人なのでは。なんて思ってしまうくらいに。
「おうババア、怪我はないか。船室へ戻るぞ」
私の姿に気付くと、こちらへ駆け寄ってくるリュギオン。
「やはり、あなたは、あのリュギオン様?」
乗船客の何人かが、追いかけてくる。リュギオンの名を興奮気味に呼んで、ざわざわと騒ぎ出していた。
「あの伝説の傭兵、全能神様のご加護を受けた戦士?」
「まちがいない、オレは東北部のほうで間近でお姿を拝見したんだ」
「神々に愛されてる英雄リュギオン?」
「え、あの、半神の再来、リュギオン様?本物?」
リュギオンは、無視を決め込んでいるようだった。
私を盾にするかのようにして距離をとり、話しかけるなオーラを出し、彼らを一切相手にしないのだった。
「あら、有名人なのね」
「これだから。顔と名が知れた土地に近づくのは嫌なんだよ。群衆どもの前で戦うのもだ」
「まあ贅沢な悩みだこと。英雄さん」
「不用意に騒がれたくねぇよ」
あら、いいじゃない。
老若男女に崇められて、拝まれて。チヤホヤされて。ワーキャー言われて。承認欲求満たされまくりでしょ。
「めんどくせぇな。顔を指されたくない。俺は上陸まで船室に篭もるぞ」
「まあ、そんな。もったいないこと」
有名人には有名人なりの気苦労やプレッシャー、ストレスがあるといったところかしら。
そんなものは、凡庸な一般人の私には思いも及ばないところだけども。
あきらかに、先ほどよりも不機嫌でむすっとした表情になっているリュギオン。
あらら。
責任を感じたほうがいいのかしら、私。
今回戦闘へ駆り出したのは、他ならぬ私なのだし。
先ほどの船上戦。特に移乗の際には、一歩間違えれば命まで落とすような、ずいぶん危険な橋も渡らせてしまったのだわ。私なんか、バリケード内の安全地帯からワーワー騒いでいただけで、何にも貢献できてないのに。
うーん、私、ちょっと、えらそうだったかな。
人助けをしてよとか、乗組員さんたちに協力してあげてとか、気軽に頼りにしてしまったけど……。
そもそも、こういったことを見越して、リュギオンは大きな船に乗りたがっていたのかもしれないのよね。それを私が、強引にこっちに決めてしまったから……。
ごめんね、リュギオン。
そう声を掛けようとは思った。が、タイミングが掴みきれず、そのまま言いそびれてしまったまま、時間が過ぎていってしまった。
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船客室は、運賃によって、特等、一等、二等、三等と、船室が分かれている。
最上部が特等で、最下層が三等という構造である。
特等パーラースイート、20ドラクマ=20万円。
一等ファーストクラス、5ドラクマ=50,000円。
二等セカンドクラス、1ドラクマ=10,000円。
三等サードクラス、2オボロス=3,400円くらい。
私たちの船室は、三等だった。
貨物を積んだ船倉に近い箇所で、窓もない 。
一部屋あたり十数人は収容できるであろう、大部屋ドミトリーのような空間。
雑魚寝ができるカーペット敷きの大広間には、簡易的な枕と、薄いタオルケットのような掛け布団が、何セットか隅に畳まれている。
シーズンオフの閑散期ということもあり、他に三等船客はいない。
私とリュギオンの二人きりだった。
この広いスペースがほぼ貸し切り状態となっていたため、気兼ねなく会話を交わしたりのんびり寛いだりと、わりと快適に過ごせていた。
が。
「う、うぅ。気持ち悪い」
天候が悪化してきたらしい。
風は強く、波は荒く。
揺れる揺れる、船体が激しく揺れる。
先ほどから、冷汗、生唾、だるさ、頭重感、顔面蒼白、手足の冷感、ふらふら感、悪心、吐き気、といった、乗り物酔いの諸症状が出ている私。
「どうしたババア、船に酔ったのか」
「そ、そうみたい」
「船酔いなら、まずは、指輪やブレスレット、ネックレス、締め付ける類いの装身具を外せ」
え。
「化粧も落とせ」
えー。
えーやだー。
アクセ外せ、メイク落とせ、って。
遠い昔の、学生時代を思い起こさせてくるわね。生活指導の教師みたいな発言しないでよ。
「もたもたするな。早くしろよババア」
あー、わかってるわよ。締め付けや圧迫があると自律神経を興奮させるとか、扁桃体がどうたらとかよね。胃の収縮をコントロールしているのも自律神経だから、嘔吐に繋がる恐れがあるとか言うんでしょう、わかってるわよー。
リュギオンは、強引に外したアクセサリーのいくつかを懐で預かると、次に、私の頬と唇に手を伸ばした。
「容態が悪化した時に、顔色の変化を周囲に気づいてもらえなかったら困るだろうが。せめて頬と唇の色くらいは、本来の色味を見せておけ。これは運動時なんかにも言えることだからな」
わかったわかったわかったわよぉ。
えぇ、何よ、もう。この一連の流れはぁ。
ああっ、お化粧を落とされてしまうっ。
私の渾身の若返りメイクがぁー。
力作、血色チークと、上唇ぷっくり盛り盛りオーバーリップライナーの描線がぁー。
リュギオンは、手のひらサイズの布片に化粧落とし用の液体を浸し、私の頬と唇にかけて、そっと押し当ててくる。
その上から手のひら全体を軽く押し当て、ハンドマスク。手のひらの温度を伝わらせ、肌を温めて、メイクと馴染ませやすくしてゆっくりと浮かす。
のち、そーっと剥がす。
わ、わあ。
リュギオンに、メイク落とししてもらっちゃった。
え、意外に器用な手付きで、丁寧ね。きめ細やかな心遣いと、配慮の行き届いた、礼儀正しい肌への触れ方。
それはもう、私が自分でやるよりも、よっぽど。
私の繊細な年齢肌を大事にいたわる、とても優しい扱いであった。
「やっぱり、化粧がないと真っ青なんじゃないか。大丈夫かババア」
「大丈夫では、ないわ……うぅ」
「それと、締め付けている帯がまだあるだろう。胸帯だ。そこをゆるめたほうがいい」
「う、うぇぇ、気持ち悪い……甲板に上がるわ」
私は、エチケット袋とタオルハンカチを片手に、ふらふらしながら退室しようとする。
「上はもっと揺れるぞ。船体の回転中心に近いここのほうが、まだ安定してると思うがな」
「うぅ、いいの……風にあたりたいし、ちょっと、吐きそうだし」
「しょうがねえな、掴まれよ。運んでやるから」
リュギオンは腕を伸ばして、強引に抱きかかえようとしてくる。
私はその手を払いのけた。
「いいの……ついてこないでよ、見られたくないの……吐きそうなのよ」
「俺は、その程度を見たところで、たじろぐ男じゃないだろうが」
あなたが、とことん動じない若者だとはわかってるけども。
でも、私が、レディが、見られたくないって言ってるのよ。
淑女の恥じらいよ。わかりなさいよ。
「戦場では、もっとえげつなくおぞましい物体も液体も人体も転がってんだよ。俺は傭兵だぞ。いまさらババアの吐瀉物やら臓物やら見たところで、どうってことねぇから。安心してみっともない姿を晒せよ、ほら」
「も、ももももういいから……黙って!来ないで!」
人が苦しんで青ざめてる、こんな時にぃ、なんてデリカシーのない話題をかますのよぉ、この若者はぁぁ。
私は彼の手を振り払って拒絶した。
ふらふらになりながら、なんとか階段を登って、甲板に辿り着く。
空はどんよりと曇り、細かい雨までが降り出していた。
雨粒が凌げる小さな屋根のあるスペースを見つけると、そこのベンチに横たわり、風にあたる。
必死に嘔気と戦いながら。
あれだけ拒絶したにもかかわらず、リュギオンは、やっぱり私の後を追ってきた。
私が横たわっているベンチ。頭側を置いた右端。その隅に腰掛けてくる。
私の頭部と肩とをゆっくり持ち上げて、自らの太腿に乗せて、膝枕をしてくるのだった。
も、もぉぉー。
「もぉ〜、リュギオンのバカ〜」
うぅっ、うぇぇ〜、もうやだぁー。
「そもそも、リュギオンのせい〜」
「なんで俺だよ。まったく、他責思考なババアだな」
「ジオファラス様のお薬よ〜。乗り物酔い止め、リュギオンが毒見で飲んだり地面に散らばしたりして、ほとんどダメにしちゃったじゃない〜。そのせいよ〜私が今こんなに苦しんでるの、リュギオンのせいだからね〜」
「あんな薬売りヤロウの怪しい薬なんか信用できるかよ。絶対口にするんじゃねぇぞ」
「そんなこと言ったって、船に酔ってるのよ〜どうするのよ〜」
「薬なんかに頼るな」
ちょっとぉー今時、気合いや精神力でなんとかしろとか言わないわよねぇ〜根性論やめてくれるぅぅ?
「とりあえず、胸帯をゆるめろ」
「ええ〜、もう、動く元気なんてないわよ……起き上がれ、ない」
私は、力なく横たわったまま。
「じゃあ俺がゆるめる。いいんだな?」
「あ〜、うん頼むわ」
「いいか、さわるぞ⁈」
「うん〜お願い」
「さわるぞババア!いいな⁈」
あー、もうどうでもいいや〜。
「す、好きにしてぇー」
「おい、そんな台詞をたやすく口にするな!俺にめちゃくちゃにされるぞ!」
ああーもう。
目の前がぐるんぐるんで、思考がめちゃくちゃ。
うう、気持ち悪い。吐くぅ。
胸帯の結び目がほどかれ、ゆるめられていった。
その際に、リュギオンの手の甲などが、微かに胸に触れるのは仕方のないことだった、と思う。
ごつごつとした硬い指の骨。中手骨が、私の胸下あたりに接触したようだったが。
もう、今はそんなこと、正直、どうでもいい。
つづく!!━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




