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(6) 内緒のより道

 いつもより少しだけ早い放課後になり、急いで着替えを済ますと、自転車を押しながらうきうきと裏門まで向かう。

 早百合ちゃんは既にそこにいて、近くまで駆け寄るわたしに、慌てなくてもいいよ、と優しく声をかけてくれた。


 制服姿の彼女は、辺りをきょろきょろ伺ってから、耳元で囁きかける。


「うち、近くなんだけど、ちょっとだけ寄り道していかない?」


 突然の内緒のお誘いに、思わず少しだけ心臓がどきりとした。


 大通りを横に並んで歩きながら、早百合ちゃんの昔の姿を思い浮かべる。


 彼女は幼稚園の時に、家が近所だったこともあって、毎日日が暮れる時間まで一緒に遊んでいた。

 小学校に上がってもしばらくそれは変わらなかったけど、四年生の夏に突然北平町に引っ越してしまってから、しばらくの間ずっと会えていなかった。


 今すぐそばにいる早百合ちゃんは、当時の面影をいくらか残しながら、でも前よりも随分と大人っぽい雰囲気になっていた。


「最後に会ってから、何年になるんだっけ?」


そう尋ねられて、指を折りながら振り返ってみる。


「大体六年になるかも。丁度夏休みに入る前くらいだったもんね、転校」


 それからしばらく二人で昔話に花を咲かせる。

 だいぶ前のことでも意外とすんなり思い出せるもので、しばらく小学校にいた先生の話で盛り上がっていると、急に足の動きが止まった。


「ここだよ」


 たどり着いた先は、かなり大きな洋館だった。

 整えられた庭や落ち着いた色調の壁は、昔ながらの住宅が建ち並ぶ中で、優雅という意味で一際浮いている感じがする。


 どうやらおじさんやおばさんは今家にいないらしく、鍵を開けると、どうぞ、と中に招き入れた。


 家の中も綺麗だった。奥へと延びた廊下には、所々に高価そうな置物が置いてある。

 でも早百合ちゃんは、玄関からすぐの階段を上がっていった。


 二階の一番手前のドアを開け、いらっしゃい、と少し恥ずかしそうに手招きする。

 初めて入ったそのお部屋は、カーペットや壁紙が寒色系に統一され、ごちゃごちゃせず整理整頓されていた。


 わたしの散らかった部屋とは最早次元が違うな、と感じながらその辺を見回していると、早百合ちゃんはお茶を入れると言って部屋の外に出た。


 一人になったわたしは、カーペットの上にそっと正座する。

 しかし、あまりにも部屋が整い過ぎていて、どうにも落ち着かない。


 結局すぐに立ち上がると、なんとなく大きな本棚の方に目がいった。

 教科書やぶ厚い小説の他に、CDもずらりと並べられている。

 しかし、その中に最近のポップスはあまりなく、どれも聞いたことのないタイトルばかりだった。


 クラシックかな、と思いながらふと本棚の隅っこに視線を移す。

 そこには薄くてカラフルな背表紙の本が、何冊も固まって置いてあった。


 何だか無性に気になって、一冊だけ手に取ってみる。

 中を開こうとしたその時、早百合ちゃんの声が耳に飛び込んできた。


「気になる、桜良ちゃん?」


「あ、ええと、その。これ、綺麗な本だなって思って」


 なんだか悪戯が見つかった時の子供みたいな気分で、本を素早く元の場所に返そうとすると、早百合ちゃんはクスクスと笑った。


「桜良ちゃん、それ楽譜だよ。合唱の楽譜」


「え!? ここにあるの、全部?」

「うん、そうそう」


 思わずもう一度その本を開いてみる。

 ページの中は、確かに音符や文字でぎゅうぎゅうに埋め尽くされていた。


 ちょっと待ってて、と呟くと、早百合ちゃんは白いデスクトップパソコンを起動させる。

 ウィンドウにはすぐさま動画サイトが表示され、楽譜のタイトルが検索窓に打ち込まれた。


 やがて大画面で再生された動画は、とある女声合唱団の演奏を映したものだった。


 映像の女性団員たちは、指揮者の男性をしばらく黙って見つめている。

 そして指揮者がすっと手を振り始めた途端、スピーカーからは胸を打つような綺麗なハーモニーが流れ始めた。


 精巧でありながら、時に感情的に訴えてくるそのハーモニーは、今まで経験したことのないような、不思議な何かを感じさせてくれるものだった。

 夢中になっている間に演奏は終わり、会場の観客に合わせ、思わずわたしも拍手をしていた。


 そのまま演奏の余韻に浸っていると、早百合ちゃんが満足げに声を掛けてきた。


「ね、ね、凄いでしょ。合唱って」


「うん。わたし、こんな演奏見たことないかも。思わず感動しちゃった」


 それを聞いて、ゆっくりとベッドに腰をおろしつつ、早百合ちゃんは意気揚々と語り始めた。

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