(9) 光の射す方へ
「
みんな、今まで本当にお疲れ様。
ブレスのみんなは、こんないい加減なわたしによくついてきてくれたよね。
本当に、感謝の気持ちしか思いつかないよ。
椿は神社でお手伝いをしながら、疲れ一つ見せず練習に来てくれたよね。
お父さんが入院した時も、おばあちゃんと協力していつも真面目に仕事をしてた。
そんな、実は頑張り屋の後輩だから、一人だけのヒューマンビートボックスも安心して任せられたんだ。
椿ならできる、きっとお客さん全員をノリノリにしてくれる、って強く信じてた。
だからこれから先もそのままで自信を持って前に突き進んでいいんだよ。
椿がいるだけでみんなすごく楽しくなるんだから。
野薔薇は、初めは少しだけ怖かったけど全然そんなことなくて、お姉さんみたいに頼れる人だった。
同い年なのにこの違いは一体何だろうって、ずっと思っていたんだから。
前言ってたよね。合唱の良さがわかるようになった、って。
きっとそれは、野薔薇が好きなバンドと根っこの部分が似ているからだよ。
どんなバンドもベースがしっかりしなきゃ演奏がグラつく。
わたしたちの歌を下からじっと支えてくれる野薔薇は、ブレスのかっこいいベーシストだから!
梢は、初めて会った時声がいつも震えていたよね。
でもいつからだろう。
段々普通に話せるようになって、大きな叫び声も何度聞いたっけ。
歌う時たまに見せる真剣な横顔は、先輩としてとても逞しく感じたな。
絶対音感を持っているのもそう。
情熱を持って歌に取り組めるのもそう。
こうした梢の才能は、きっとかけがえのない梢だけの財産なんだよ。
だから、自分を悲観しないでもっと胸を張っていこうよ。
そうすれば、もっと色んな表現ができるはずだから。
美樹は、早百合を除いたら初めての追加メンバーで、ものすごく明るくて、最初からとても仲良くなったよね。
でも実は人一倍周りを気にして、自分の好きだったことがずっとできなかった。
そんな美樹だけど、今じゃ見違えるほど歌も上達して、緊張もせず人前で歌えるようになった。
それを見ていてわたし、心の底から嬉しくなったんだ。
そしてさ、辛い時や悲しい時にいつも思い浮かぶのは、美樹の笑顔だった。
何度だって、その明るさにみんな救われたんだよ。
だから、そんな美樹にあの時、思い切って声をかけて、本当に良かった。
最後に早百合。
昔からやんちゃなわたしに比べてしっかり者の早百合だったけど、十年ぶりに会ったらとても綺麗でお淑やかなお姉さんになってた。
その後色々あって、一度怒ったりしたこともあったけど、それからはしっかり反省して合唱部のみんなにも精一杯謝った。
実はわたし、そんな早百合を凄く尊敬しているんだよ。
自分をちゃんと見つめて反省し次に生かしていく。
そんな地道な積み重ねが、今の早百合を作っているんだ。
そして、今年の初めに海辺で怒ってくれた時、なんとなくだけど愛を感じた。
わたしのことをちゃんと考えてくれている、そんな愛があの時の言葉にはあったんだよ。
わたしがいない間も色々と頑張ってくれたんだよね。
こうして今日コンサートができるのも早百合やみんなのおかげ。
本当に、感謝しきれない。
最後に、今更だけどコンサート、精一杯頑張ろう!
そして、コンテストの時に伝えたかったけど、できなかった言葉を今ここで、言わせてください。
……『これからも』どうぞわたしを、そしてブレスのことを、よろしくお願いします!
」
わたしの長い言葉を聞き終えると、みんなは涙を浮かべながら口々に、桜良のバカ、本番前に泣かすなよ、と文句を言い始める。
確かに、その通りかもしれない。
やっぱり自分は正直リーダーなんかには向かないなあ、と軽く自嘲する。
そして、今度はボランティアのみんなの方へと向いた。
「……えっと。今日のコンサートができるのは、裏で支えてくれるみんなのおかげでもあります。それぞれ忙しい中、わたしたちのために協力してくれて、本当にありがとう。
特に一年からの付き合いで、写真部が大変なのに、たまにカメラで練習風景を撮ってくれて、音響機材も任せっきりで、ホームページまで作ってくれた友達のことは、決して忘れるわけにはいきません。
ブレスをずっと応援してくれてありがとう。そして、これからもどうぞよろしくね、紅葉!」
みんなに引っ張られ照れくさそうに紅葉が前に出る。
彼女は珍しく普段よりか細い声で、こちらこそ、ここ一年ずっといい写真ばかり撮ることができたよ、と言った。
ここで、早百合が隅の方に置いてあった小さな袋を手に取ると、わたしに渡してきた。
突然のことに驚きながら、慎重に中を開けると、出てきたのは一通の手紙と、ジグソーパズルのピースの形をしたキーホルダーだった。
彼女はそっと微笑むと柔らかな声で言った。
「何週間か前、鹿児島に行った時、買い物してたら偶然見つけて、つい気になって人数分買ったんだ。他のみんなにはもう渡してある。桜良には、コンサート直前に渡そうって前から決めてたんだ。
桜良はね、私にとって、まるで太陽みたいな子なの。どんな暗い場所にいても、桜良が近づいたら、一瞬にして明るくなる。どんなに悩んでいたって、その光で進むべき道を示してくれるんだ。
だけど、同時にすごく人間らしいな、とも思う。全力で笑って、全力で泣いて、全力で怒って、全力で喜ぶ。そんな風にいつも人生を精一杯生きてる桜良は、他の誰でもない、たった一人の女の子なんだよ。
だから、たとえ天から選ばれた存在だとしても、私たちの態度は変わらない。困っていたら力になるし、苦しんでいたらそっと寄り添う。ただそれだけ。だって、私にとって桜良は、大事な音楽仲間であり、掛け替えのない大親友なんだから。
本当にありがとう、ここまで私たちを導いてくれて。こんなに素晴らしい景色を見せてくれて。そして、これからもどうぞよろしくね。わたしたち、ブレスのリーダー!」
掌の上のピースに、雫が一つ、スローで落ちた。
今更ながら時計を見れば、開演まであと数分しかない。
急いで目元を軽くハンカチで拭うと、備え付けの鏡で身だしなみを調整する。
あーあ、色々ぐちゃぐちゃだなあ。
目もちょっと赤いし。
でも、いいや。
わたしたちには、笑顔という最高の武器があるから!
ステージに照明が灯され、盛大な拍手が湧き起こる。
改めてみんなの顔を一人ずつじっくり見回すと、その光の射す方へ、力強く歩き出した。