(6) お供え物
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瞼をゆっくり開くと、真っ先に心配そうな五人の顔が目に入ってくる。
早百合が頭の方へと回り、肩を持ってそっと起こしてくれた。
服は汗でびしょびしょだった。
途端に寒さで身体が震えてしまう。
それに気づいて、みんなが替わりばんこで背中をさすってくれた。
やがて、おばあちゃんが近づいて目の前にしゃがみこむと、神妙な顔で尋ねてきた。
「ミナ神には、伝えたのか?」
わたしは、それに胸を張って答えた。
「はい。わたし、ミナ様、いいえ、ナナ様のユラになります!」
おばあちゃんは少しだけ顔を曇らせ、厳しい表情で再び尋ねる。
「これから先、険しい道のりになるが、それでもか」
「大丈夫です、心配しないで下さい。それに、わたしにはみんながいますから」
わたしの即答に、おばあちゃんは少しだけ表情を緩ませると、すっと立ち上がった。
本当にこの方は、恐ろしいくらい元気だ。
きっと、それはユラのおかげだったりして。
なんて思っていると、祠の周りを軽く小箒で掃きながら、おばあちゃんがおもむろに呟く。
「……高校じゃ。高校を卒業するまでは、わしの元に月一回通いなさい。ユラの仮修行期間として、なるべくその間だけでも障りを起きにくくしてやろう。
それから先は、まあせいぜい頑張りなされ。わしの目が黒いうちは、そっと見守ることにしよう」
そう言い終えた後、黙々と掃除を続けるおばあちゃんに、わたしは深々と礼をした。
みんなも、遅れて一緒に頭を下げてくれた。
少しだけおばあちゃんの手伝いをしてから、全員揃って洞穴の外に出た。
目の前の崖から見える島の眺めに、みんなしばし圧倒されていた。
ここで早百合が突然、目をつぶって崖の下に向け黙祷を始める。
ナナ様の、前のユラの子のことはもう聞いていたので、わたしもそれに倣って祈りを捧げた。
生まれ変わった彼が、今度こそ幸せになれますように、と。
程なくして山を下りようとしていた時、いつもみたいにテンション高く動き回っていた美樹が、何やら不思議そうな顔で草むらの方を指差していた。
それに気づき、近くまで行って草をかき分けてみると、小さな板の欠片みたいな物を見つけた。
よく観察すると、凸凹の独特な形をしている。
これって、もしかして……。
「……あった!」
わたしの叫び声に、何事かとみんな近寄ってくる。
その欠片は紛れもなく、あのジグソーパズルの最後のピースだった。
記憶が正しければ、色や形もきっと当てはまるはずだ。
ただ、あまりにも急だったために、うまく言葉が出てこない。
その横で、ここぞとばかりに美樹が自画自賛をし始める。
「さっすが、視力が両眼とも2.0の、う・ち!」
「いや、たまたまだろ!」
ツッコミ役の野薔薇も、今日ばかりはどことなく嬉しそうだ。
それにしても、なぜピースはこんな所にあったのだろう。
いくらか冷静になった頭で考えていると、急に耳の奥で声が聞こえた。
──あら、それこんな所にあったのね。
それは、ナナ様の声だった。周りに不審がられないように、心の中でこっそり尋ねる。
──どういうこと?
ナナ様は、ふっ、と笑うと、わたしの予想外の答えを言った。
──あら、覚えていないのね。これは十年くらい前、まだ小さかった桜良が、初めて来た時お供えしてくれた物よ。きっとその様子じゃ、どこかで拾った物を要らないから取りあえずくれたってとこなんでしょ。
でも、あの時の私にとっては、とても嬉しい贈り物だったわ。だから、そのまま大事に祠の前に置いておいたんだけど、ある日、中まで飛んできた鳥が銜えて持っていってしまったの。多分、そのまますぐ近くに落としたのね。とにかく見つかって良かったわ。
彼女の話を聞いて、あまり覚えていない十年前の自分に対し、思わず苦笑いしてしまう。
きっと、山登りの前に福祉館のそばまで歩いて、そこでこれを拾ったのだろう。
結局、犯人は『自分』か。
と、おかしくなる気持ちを抑えつけ、わたしはナナ様にお願いする。
──一度あげておいてなんだけど、これ返してもらっていい? 実は凄く大事なものでさ。
ナナ様は、「桜良がそこまで言うなら」、と快く応じてくれた。
そろそろ戻ろうか、と早百合が声をかけてきたので、わたしはピースをポケットに大事に仕舞い込んでから、列の最後に続いた。