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(5) 再び、逢いに行く

 昼過ぎに南山高校近くの登山口まで辿り着いた時には、もう既に北平に住む『ユラ』のおばあちゃんも含めて、全員が揃っていた。


 そのうち、美樹は手に青いビニールシートを、野薔薇は黒いタオルと懐中電灯を入れた袋を持っている。

 全員がいることを確認すると、何やら呪文のようなものを唱えているおばあちゃんを先頭に、縦に並んで山登りを始めた。


 どうやら目的地までは、彼女の信じる神様にナビしてもらうみたいだ。

 険しい山道をものともせず進むおばあちゃんとは対照的に、あまりこういうのに慣れていないメンバーは少し大変そうだった。


 それでも、しばらく無言で先を進んでいくと、やがて洞穴が見えてきた。

 野薔薇が懐中電灯のスイッチを付けて、それを頼りに中へと入る。


 暗闇と肌寒さに思わず身震いしながらなお奥の方まで進み続け、苔の生えた古い祠の前まで辿り着く。

 この場所自体来たのは初めてのはずなのに、祠を見ているとなぜか懐かしさを覚えてしまう。


 まるでこの場所を自分のルーツであるかのように感じていると、美樹が近くの適当な場所にシートを広げて置いた。


 そして野薔薇が、すまん、と一言断って、わたしの目をタオルで塞ぐ。

 その後、おばあちゃんの指示でシートの上に一人だけ仰向けで寝転がる。


 他のみんなは、それぞれわたしの手足を押さえ始めた。

 どうやら、途中でわたしが暴れ始めた時に備えてのことらしい。


 目の前が真っ暗で少し不安を感じるも、右手に触れていた誰かがそっと優しく握ってくれたおかげで、いくらか気は楽になった。


 しばらくすると、おばあちゃんは少し離れた所から呪文を唱え始める。

 やがて、その呪文は歌となってわたしの耳に届いてきた。


 意外と歌うまいんだ、と心の中で呑気に思っていると、突然身体の至る所から激しい痛みを感じ始めた。


 あまりのしんどさに思わず意識が飛びそうになる。

 みんなにじっと押さえつけられているため起き上がることはできない。


 そうして段々と息が苦しくなり、わたしは気を失った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 目が覚めると、そこは変わらず洞穴の中のようだった。

 けれどさっきと比べて何個も違う部分がある。


 まず、入ってきたはずの入り口がなかった。

 なのに、なぜか中は薄明るく、ライト無しでも辺り一帯がほのかに確認できた。


 次に、みんなの姿がどこにも見当たらなかった。

 動かないようしっかり押さえつけていた十本の手も今はもうないため、自由に体を動かすことができる。


 それから、さっきまではいなかった綺麗な女の人が、驚いた表情でわたしを見つめていた。

 装束を身に纏い、いかにも神様ですよといういで立ちで、彼女は祠の前に立っていた。


 そして、最後の相違点。


 わたしは彼女のことを知っていた。

 正確に言うなら、今全部思い出した。


 小さい頃に初めて祠を訪れてから、夢の中で対面し、去年の秋繋がりを断つに至るまで、彼女にまつわる全ての記憶が一瞬にして蘇る。


 あまりの懐かしさに、ふっ、とため息を漏らすと、わたしはゆっくりと彼女の前まで近づく。

 そして、優しくその手を取りながら、忘れていたあの名前を口にした。


「久しぶりだね、『ナナ様』」


「ど、どうして……」


 よく見ると少しやつれ顔のナナ様は、未だに驚きを隠せないでいるみたいだった。

 それでもしばらくすると、彼女はわたしから離れて深く頭を下げ始めた。


「ごめんなさい、桜良。私、神様の癖に、本当に愚かだったわ。ユラにとって、神障りがとても苦しいことなのはわかっていた。でも、私はきっと、貴女がそれを乗り越えてくれると過信していたの。それで結局、貴女は私に心を閉ざしてしまった。今まで散々人の心を説いておきながら、私自身がそれを最後まで理解することなく、過去の過ちから何一つとして成長できていなかったのよ。そして、貴女との繋がりは切れてしまった。これから先、私を知る人間がいなくなれば、私はこの世から存在自体消えてしまう。

 でも、今思えば自業自得よね。自分の都合ばかりで周りのことが考えられない神様なんて、この世には必要ない。だから、今度こそ終えることにしたの。神としての、その役目を」


 そして、ゆっくり顔を上げると、安らかな笑顔で言った。


「桜良。最後になるけど、今までありがとう。こんな私が神様で、本当にごめんなさいね。これからは、私のことなんて綺麗さっぱり忘れて、神障りのない未来を楽しく生きてちょうだい。貴女に以後も、天からのご加護があるよう、祈ってから消えるわ。

 ……それじゃ、良い人生を」


 散々一方的に喋っておいて、ナナ様は目をつぶり、何やら勝手にお祈りを始める。

 それを見ながら、今朝の早百合もきっとこんな気持ちだったんだろうなと実感し、深く反省した。


 わたしはそっとナナ様に近づくと、その身体をぎゅっと抱きしめる。

 なぜかはわからないけど、彼女にも人間みたいな温もりを感じた。


 今日何回目かの涙を流しながら、わたしは彼女に自分の気持ちをぶつける。


「……そんなこと、絶対にさせないよ。消えてなくなるなんて、たとえ神様であっても、絶対に許さないんだから!

 わたしたち、夢で初めて会った時に約束したよね。友達になろう、って。ユラとか、契約とか、正直どうでもいい。大事な友達がいなくなってもいいなんて、そんなこと思うわけないじゃん! わたし、これからもずっとナナ様のそばにいるから。一人の、かけがえのない親友として。そのためだったら、ユラにだってなるし、どんな神障りも心して受けるつもり。

 でも、心配はいらないよ。わたしには、辛くなっても支えてくれる、大切な仲間たちがいるから。だからね、安心して頼って。立派なユラになって、死ぬまでナナ様と一緒に生きていたい。

 これがわたしの、ナナ様への想いだよ!」


 必死にそう訴えながら、ふと身体が段々薄くなっていくのを感じる。

 どうやら、目的を果たし現実に戻る時間が来たみたいだ。


 そっとナナ様から離れると、彼女は綺麗な涙を流しながら、口を大きく動かした。

 声としては聞き取れなかったけれど、その五文字は、ちゃんと伝わったよ。


 どういたしまして。

 こちらこそ、ありがとう、ナナ様。



 これからも、ずっと一緒だからね。

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