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(2) 始めなきゃよかった

 翌日、約束の時間の少し前。

 わたしは寝ぼけ眼で家の外に出た。


 それにしても、学校が休みの日に、どうしてこんなにも朝早く起きなきゃならないのだろう。


 一応、病人あがりなのに。

 扱いが本当に酷いや。


 初めのうちは、そんな不満を口にできるくらいの余裕があった。


 でも、段々と目的地が近づくにつれて、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じ始めた。


 ああ、わたし、久しぶりにみんなに会うのに、緊張しているんだ。

 あれほど毎日のように顔を合わせていたのに、今日は少しだけそのことが怖かった。


 程なくして海辺まで辿り着き、乾いた砂地を、じゃりっ、と踏む。

 その音に気づいて、先に待っていた五人が一斉に振り向いた。


 わたしは一歩ずつ砂の上を踏みしめて、丁度目の前で立ち止まる。

 冬にもかかわらず、不意に汗が一滴流れ落ちたような感覚がした。


 おっと、いけない。平静を装うべく、わたしは再びお調子者の仮面を被ることにした。


「……みんな、あけましておめでとう! ゴメンね、心配かけて。だけどもう、元気百パーセントなのであります!」


 精一杯身体全体を使って元気さをアピールしたけど、全員が無反応だったので、少しシュンとする。

 そうして場の空気が静まりきる中、早百合が神妙な面持ちで呟いた。


「ねえ、桜良。私たちに言ってないことがあるでしょ」


 早百合の問い掛けはひどく曖昧だったけれど、きっと最近わたしが色々おかしかったことを言いたいんだろうと想像するのは容易かった。

 それでも、最初はいったんはぐらかす。


「……なんのことかな? 退院したばっかだから、頭が全然回らないよぉ」


「真面目に聞いてくれ」


 野薔薇に注意され、最早何も言えなくなる。

 その横から美樹たちが次々と言葉をかけてきた。


「うち、見たんだ。島から帰ったら、桜良が頑張って作ってたジグソーパズルがバラバラになってるのを」


「それで、紅葉先輩も入れて、最初父に先輩のことについて尋ねたんです。そしたら、『ユラ』だというおばあさんを紹介されました」


「それで、みんなでおばあさんの所まで行ったんです。そこである話を聞いて、正直びっくりしました」


「桜良、あなたも『ユラ』だったんだね。ある女神様の。それで今まで私たちをいつも助けてくれてたんだ」


 最後にそう言ってから、早百合はそのおばあさんのした話というのを聞かせてくれた。


 その人によれば、わたしは『ユラ』という特別な存在で、『ミナ様』という女神の助言を受けながら、みんなの悩みを解決していったらしい。

 そして、最近起きた不幸な出来事は全て神障りによるもので、女神との縁が切れれば、これらのことは自然に収まるようだ。


 早百合の説明を全て頭に入れて、頑張って整理してみる。

 ……ダメだ。全く理解できる気がしなかった。


 そもそも、今まで早百合たちに対し色々と助言したり、一緒に音楽をやろうと誘ったりしたのは、全てわたしの意志によるものだ。

 でも早百合の言うことが本当なら、実はその女神が裏で糸を引いていたということになる。


 そんなはず、絶対にない。

 なぜなら、バンドを作って今まで大きくしてきたのも、そして今それをこうやって「終わらせようと」しているのも、全部『このわたし』、なのだから。


 そうして沈む心とは裏腹に、早百合は、ふふっ、と笑うと、優しい表情でわたしに言った。


「私も、他のみんなも、最初は全然理解できなかったんだよ。桜良が直面している問題が、あまりにも現実離れしていて。でも、今なら少しはわかりそうな気がしてるの。桜良はユラとして私たちに真剣に寄り添って、時には怒って、たまに泣いたりして、最後には外の世界へと引っ張ってくれた。だから、気づかないうちにそんな桜良を強い人なんだ、って思い込んでた。その強さに、甘えちゃってたんだ。

 でも、今私の目の前にいるのは、一人の大事な仲間で、とても普通の女の子なんだよ。だから、悩んだりもするだろうし、きっと挫けそうにもなる。でも、もう心配しなくてもいいよ。今度は、私たちが桜良を助ける番。これからはさ、一緒に悩んで、そして一緒にまた歌っていこうよ! ここにいるみんなも、それを望んでいるよ」


 彼女の言葉に合わせそこにいた全員が深くはっきりと頷く。

 ……それでも、やっぱり信じられなかった。


 彼女たちの、熱い想いが。

 そして、目の前に立つ幼馴染の、わたしを見るその目が。


「……ゴメン。やっぱりもう、音楽はできないよ。今更、何事もなかったようにみんなと並んで歌うだなんて、できっこないや。だって、今まで頑張って練習して、一緒にコンテストという同じ夢を見て、ずっとその日のためにやってきたじゃん。どんどん上達もして、もしかしたら、入賞だってできたかもしれないんだよ? でも、わたしが全部台無しにした。自分がいるせいで、不幸体質にみんなを巻き込んで、挙句の果てに、演奏中倒れちゃった。どれだけ最後まで諦めずに頑張っても、結局最初からわたしたちの音楽が完成することはなかったんだ。ね、わかるでしょ?

 みんな、わたしのせい。そもそもわたしがいなきゃ、みんなの努力が無駄になることはなかった。辛い思いをすることだって、きっとなかった。そもそも……」


 もう、止められない。

 絶対に言いたくなかった言葉が、熱と共にわたしの身体をかけ上がり、そして声となって出てしまった。


「……そもそも、わたしが、わたしが、みんなと音楽なんて、始めなきゃよかったんだ!」



 その瞬間、頬に鋭い痛みを感じた。痛みは顔から全身に行き渡り、心臓に強く沁み込んだ。

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