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(六) 『ミナ神・物語』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 かつて、南山の麓に『ミナ村』という小さな集落があった。

 町から離れた、ほとんどが田畑の地であったが、皆それなりに楽しく暮らしておったそうな。


 その集落で、長きに渡り信仰されてきたのが、村の名の由来になった「ミナ」という神であった。


 このミナ神、実は弁財天の系譜の女神であって、音楽や芸能を好み、感受性が非常に豊かだったそうだ。

 しかしながら、自由奔放な性格が災いし、一族の怒りに触れ、天より追放されてしまった。


 そのまましばらくこの世を彷徨い、やがて流れ着いたのがこの音美島だったという。



 島に来て幾十年か経ったある時、女神はとある名もない集落の子供が、連日の雨で増水した川に溺れているのを見かけた。

 大人たちは激しい川の流れに為す術もなく、ただただ無事に子供が助かるよう祈るしかなかった。


 そこで、女神は咄嗟に付近まで降り立ち、一心に歌を口ずさむ。

 すると、みるみるうちに川の水が引き、水位が子供の膝の高さまで下がったそうな。


 こうして無事に一人の命が助かり、当時それを目撃した人々は、神が現れて瞬く間に水を無くしたとして、『水無神』の祠を造り奉った。

 やがて集落自体にも、神と同じ名前が付いた。


 しかし、女神の元でしばらく安泰だった集落に、ある年恐ろしい悲劇が起こった。

 得体のしれぬ疫病が流行ったのだ。


 村の皆は次々に感染し、その多くが命を落とした。

 ミナ神も、必死で村の皆のために孤軍奮闘したものの、結局力及ばず、やがて集落は消滅してしまった。


 ほとんどがかの地を去り、後に残ったのは、祠の近くに住居を構える一家のみだった。


 その後、集落があった地は昭和の時代に開発が進み、今や完全に様変わりしてしまった。

 祠は取り壊されることになり、それを憂えた一家は、町から貰った償金でこっそり山奥の洞窟に同じものを再興し、自らも近くまで移り住んで度々様子を見守ることにした。



 やがて時は流れ、今からおよそ十年ほど前の話になる。

 一家は代々密かに祠を見守り続け、当時その存在を知っていたのは、末裔である高校生の少年と彼の両親のみであった。


 特にその少年は、幼い頃から大変信心深く、事あるごとに洞穴まで訪れては、周辺の掃除をしたり、日々の出来事を語り掛けたりしておった。

 その子には、生まれもって『ユラ』の素質があった。


 ミナ神はその子を見守りながら、いつか彼が自分のユラになってはくれないだろうか、と考えるようになる。


 それは無論、ユラを介し神として世の多くの人間を救いたい、という思いもあったであろう。

 しかし、それ以上に神の心を揺り動かしたのは、来る日も来る日もずっと通い続け身の回りの面倒を見てくれたその子への、仄かに芽生え始めた想いだったのではなかろうか。


 そんなある日、とうとうミナ神は少年の前に姿を現す。

 彼は無論驚いたが、やがて二人は互いに惹かれ合うようになった。


 そして、後に少年は神に対しユラになることを誓った。

 それを聞いてミナ神はとても喜び、これからその子を親身になって支えていくはずだった。


 じゃが、残念ながらここから事態は一気に悪い方へと向かう。

 ユラになる試練として、彼に『神障り』が起こるようになったのだ。


 神障りとは、多くの人々を救うためユラに課されるもので、あらゆる不幸事や体調の異変が次々とその者に訪れる。

 特に彼に襲い掛かった不幸は、どれも凄惨たるものばかりであった。


 まず、両親が相次いで亡くなった。

 どちらも突然のことだったそうだ。


 一人になり、少年は悲しみにくれた。

 しかし、それだけでは終わらなかった。


 仲良くしていた友人から突如裏切られ、途端にいじめの対象になってしまった。

 家でも、学校でも孤立してしまったその子は、やがて少しずつ心を乱し始める。


 そんな彼にミナ神は、寄り添うどころか、立派なユラになるには必要なこととしてかえって励ました。


 彼はきっと、これらの試練を乗り越えて強くなる。

 そう信じ過ぎたのだ。


 そしてついにその時は訪れた。


 少年は、その日は学校に行かず、虚ろな目で洞穴まで向かう。

 そして、祠に向かってそっと語り掛けた。


「今から貴女の元へ向かいます」


 直後、穴から出たその子は、そのままそばの崖から真っ逆様に飛び降りた。

 身体は勢いよく落ちていき、やがて地面に激突した。


 その後、自ら身を投げた彼の魂が何処へ行ったのかわからぬ。

 ただ、二度と愛する女神に再会することは叶わなかった。


 たまたま出雲に行っておって、後にこのことを知ることとなったミナ神は、深く悲しみに沈んだ。


 苦しみながら死を選んだ彼を憐れむと同時に、その場でうまく救い出せなかった自らの非力を恨んだ。


 そうやって悲嘆する中で、やがて女神はあることに気づく。

 こうして、自らを知る人間が全くいなくなった時、自身は果たしてどうなるのであろうか、と。


 その答えは、しばらくして自ずとわかった。

 段々、存在が消滅していくのを感じたのだ。


 この世の神は、人間の信心があってこそ存在できる。

 よって、全ての人間から忘れ去られてしまった神は、儚く消えるより他にないのだ。


 そのことを悟ったミナ神は、黙ってそれを受け入れることにした。



 やがて、女神は完全に消えて無くなるはずだった。

 しかしながら、その時小さな幸運が、まるで嵐の如く訪れることとなる。


 当時まだ幼かった女子が、雨の中洞穴に逃げ込んできたのだ。

 その女子は祠を見つけると、ポケットに入っていた物を供え、小さな手をそっと合わせて祈り始めた。


 その結果、女子によって認識されたミナ神は、再び自身の存在を取り戻すこととなった。

 その子こそ、お主らの友達の「女子」であろう。


 以後、その娘はしばしば祠を訪れるようになり、去年の秋頃に女神のユラになった。

 じゃが、近頃神障りが起こるようになってからは、その神にも心を閉ざしているようじゃ。



 まあ、ミナ神についての話はこんなところかの。


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