表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/89

(4) 崩壊の予兆 part 1

 その日の夜。

 ベッドに腰掛け、腕を組みながら必死でアイデアを練る。


 何とかしてこの状況を打破しなければ、コンテストどころの問題じゃない。


 全員揃ってから初めて訪れたバンドの危機を前に、そもそもの原因のわたしができることはただ一つ。

 それぞれのメンバーとの対話しかなかった。




 翌日。

 音美大社の鳥居を前に、改めて固く心を決める。


 とにかく、今まで通り一人一人と会話して、解決の糸口を見つけてみよう。

 そこで、まずは椿から会ってみることにした。


 前もって約束はしていないけど、果たして彼女と話すことはできるだろうか。

 そわそわしながら境内を通って、家の方へと向かう。


 段々と家の門が近づいてきた時、何やら玄関口から話し声が聞こえてきた。

 そのうち一人は椿で、もう一人は彼女のおばあちゃんみたいだ。


 こっそり気づかれない場所で聞き耳を立てる。

 二人の話し声は、何やらとても深刻そうだった。


「──ねえ、ほんとなの?」


「ああ、さっき病院から電話があってな。アンタの父ちゃんは、検査の結果色々と悪いところが見つかったらしいんよ。

 だから、また入院するらしい。ほんと、あん男は心配ばかりかけて」


「……仕方ないよ。私は平気だから、おばあちゃんも気にしないで」


「アンタは偉いなあ。きっと、母ちゃんに似たんやな」


 思わずちらっと頭を出して、椿の顔を見る。

 おばあちゃんを前に毅然とした態度で振る舞っていたものの、どこか不安げな表情がうっすらと浮かんでいた。


 二人の会話に割って入ることもできず、わたしはそっとその場から立ち去った。



 椿は大丈夫だろうか。

 そう心配しながら、何となく近くのスーパーまで足を向ける。


 ここで少しだけ喉が渇いてきて、何か買って行こうかと店内に向かった。

 飲み物コーナーの辺りをうろちょろしていると、奥の惣菜コーナーに見知った人影を見つけた。


 わたしは不安を一旦喉の奥まで飲み込んでから、明るくその名を呼ぶ。


「こずえ!」


 彼女は呼び掛けに気づくと、軽く会釈してくれた。


 お互いに買い物を済ませ、店前の邪魔にならない場所でお喋りする。

 少しして、わたしは恐る恐る昨日の話を切り出した。


 それを耳にした途端、梢の顔は一瞬で曇り始める。


「ごめんね。暗い話をしてしまって。でもわたし、このままじゃいけないと思ってるから」


 梢はじっと俯きながら、おもむろに呟き始めた。


「わたし、昨日のこと凄く後悔してるんです。なんであんなこと言ってしまったんだろうって」


 わたしが黙っていると、彼女は徐々に声を震わせつつ、話を続けた。


「確かに、今でも早百合先輩の意見の方が正しい、って思っています。でも、言い方があったんじゃないかな、って。

 実は二学期に入ってから、少しずつ馴染めていたクラスのみんなと、段々またよそよそしくなっちゃいまして。でも、わたしには椿ちゃんっていう、音楽仲間で、かけがえのない友達がいてくれたからそれでよかった。特に夏休みに、病院で本気になって怒ってくれたこと。あれ、凄く嬉しかったんです。

 ……でも、昨日そんな椿ちゃんを怒らせてしまった。自分の意見を主張するばかりで、全然椿ちゃんのこと、考えてあげられなかった。その夜、謝ろうとしてラインを開きました。でも、いざメッセージを送信する時、とても怖くなったんです。それで、結局送ることはできなくて、その時初めて絶望を感じました。また一人ぼっちになる。また、誰もわたしを見てくれなくなる。もう、そんなのいやです。また昔みたいに椿ちゃんと仲良くお話ししたいです。

 ねえ、桜良先輩。わたし、どうしたらいいですか? どうか、助けて下さい。お願いします」


 最後に彼女が深く頭を下げるのを、わたしは黙って見下ろしていた。


 本当ならここで、椿なら大丈夫、だとか、きっと仲直りできるよ、みたいな言葉で励ますことができたら良かったのかもしれない。

 でも、どうしてもそのように口が開かなかった。


 それで、結局わたしが取った行動は、何も言わずその場から立ち去ることだった。

 遠くから申し訳ない気持ちで少しだけ振り返った時、後輩は口を開けたままでまだ茫然としていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ