(1) いざ鎌倉
第六章 さわり
秋になるにつれ、福祉館に向かう道の途中にも少しずつ気候の変化を感じることができる。
本当なら、そうした季節の移ろいを、じっと立ち止まって眺めていたいところだ。
でも、あいにく今のわたしはそれどころではない。
わずかに白く濁り始める息を後ろの方にやりながら、大きめの封筒を大事に手に持ちつつ、目的地を目指しひたすら走った。
玄関の前で軽く足踏みしながら、重い自動ドアが開くのを待つ。
そして、慌ただしい様子を不思議そうに眺めている管理人さんに会釈してから、小広間の扉を思い切り開いた。
突然の物音に、既に来ていた全員が一斉に振り向く。
「……どうした、桜良。練習までまだ時間はあるぞ」
「きっと、時計を見間違えたんだよ」
野薔薇と美樹が茶化してくる。
わたしは息を切らしながら軽く受け流し、封筒から一枚の紙を取り出して高く掲げた。
それを見て、まず早百合が興味深そうに近づいてくる。
そして中身を確認すると、次の瞬間手を口に当てて叫んだ。
「……ビデオ選考に、通過した!」
その声に、急いで全員が駆け寄ってくる。
紙を順番に回し、それをまるで舐めるかのように見ながら、それぞれがはしゃいだり唖然としたり、様々な反応をした。
「これで、わたしたち、鎌倉に行けるんですか?」
「うん、そうだよ! 良かったね、こずちゃん!」
美樹が梢の手を取る。
どちらの目元にも、うっすらと涙が光っていた。
「よし、今日は練習後軽くお祝いするか。こんなこと滅多にないだろうから、パーッと行こう」
唐突に野薔薇がそう宣言し、全員が驚いた顔で彼女の方を見る。
思っていた反応と違って、珍しくビクビクしている野薔薇の肩を、美樹が恐る恐る叩いた。
「……わらちゃん。最初そんなキャラじゃなかったのに、一体どうしちゃったの?」
「きっと、成長したんですよ。アカペラを始めて」
椿もニヤニヤしながら間に入り込んでくる。
二人の失礼な態度に、野薔薇はすかさず顔を真っ赤にしツッコミを入れた。
「おい、お前らなあ! あと、椿! お前、昔の私知らんだろ」
その後、いつもみたいに追いかけっこを始めるみんなを眺めつつ、傍らの幼馴染に語り掛ける。
「いよいよだね、早百合」
「……うん。お互い、頑張ろうね」
みんなが喜んでいる中、早百合は何となく一人だけその輪に入りきれていないように見えた。
でもわたしは、きっと照れくさいのだろうと思って、騒がしいみんなに向け力強く手を叩いた。
「さあ、本番も近いし、早速練習始めるよ!」
今日の練習と清掃を終えると、早百合と一緒に部室の方に向かう。
野薔薇の提案通り、今からここで軽いパーティーをすることになっている。
他の四人が買い出しに行っている間、わたしたち二人は準備を済ませることになった。
とはいえ、思った程やることはなく、テーブルと椅子を並べた後はその場にしゃがみこんで、それとなくみんなの帰りを待っていた。
そうだ。今のうち、今日の分をやっておこう。
ふと思い立って、部屋の隅っこを占拠している巨大なジグソーパズルのそばに近寄る。
このパズルは、部室を借り始めた日に管理人さんから頂いた物だ。
四千ピースもある難解なものだったけど、完成図を頼りにして一日大体十ピースずつこつこつと続けてきた。
どうしても部室に来られない日は別の日にまとめてやったから、予定通りだと丁度四百日目で完成となるはずだ。
現在はおよそ八割が埋まっている。
早百合もそっと近づいて、わたしの横にしゃがんだ。
「結構できてきたね」
「うん。早百合とここで音楽を始めてから四百日の節目に、ちゃんとでき上がるはずだよ」
わたしは、今日の分のノルマを達成すると、そっと布を被せてパズルから離れた。