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(7) 不敵な笑み、鈍い音

 翌朝。


 全員で病院まで向かうのもどうかと思ったので、代表してわたしと梢が行くことになった。


 島で一番大きな産婦人科は、音美大社から一キロ程離れた場所にある。

 入口まで辿り着いた時、ラインで『申し訳ありません。少しだけ遅れます』というメッセージが来た。


 ここで待っていてもよかったんだろうけど、先輩として、まずは先に一人で行ってみることにした。


 受付の方に向かい、事務の人に病室で歌っていいかをストレートに尋ねる。

 すると、少しだけ怖そうなその人は、じろっとわたしを睨みつけて言った。


「そんなの、できる訳ないでしょう」


 その後、慌てて入院中の女性に歌を届けたいということを必死に伝えるも、なかなか聞く耳をもとうとしない。

 だんだん、目つきもいかにも迷惑そうな感じに尖ってきた。


 どうしよう、と途方に暮れていると、出入口から梢が走ってきた。


「すみません、遅れました」


 梢は、受付で困惑するわたしの状況を瞬時に察知すると、さっと近づいて、事務の人に一つずつ説明し始めた。


「あの! わたし、実は先輩たちと、アカペラバンドを結成したんです。それで、患者さん方の憩いの時間の一環として、ロビーでミニコンサートをできたらと思っているのですが。

 ほら、いい音楽を聴かせることは、お母さんだけでなく、お腹の中の赤ちゃんにもいいって、いうじゃないですか。だから、よければ告知などして頂けると助かるのですが……」


 普段と違い、毅然とした態度で喋る梢の横顔をただ茫然と眺めることしかできない。

 やがて事務の人は、さっきとは打って変わって笑顔で言った。


「ええ、それはとてもいい考えですね! こちらとしても助かりますわ。すぐ手配致しましょう。少々お待ち頂けますか?」


 そして、駆け足でその場から去っていった。

 その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、横にいる梢に恐る恐る尋ねる。


「ねえ、一体何したの?」


 すると、隣の後輩は今まで見せたことのないような、不敵な笑みを浮かべて言った。


「……内緒、です!」




 その後、急いで戻ってきた事務の人の働きかけによって、今度の日曜日に一階ロビーで、十分間だけミニコンサートをさせてもらえることになった。


 丁度お盆前の頃で、床屋も閉まっているため、このコンサートは普段のものの代わりとなる。

 とはいえ、梢の立派な説得によって折角頂いた貴重な機会だから、しっかりと準備をしなければならない。


 だから、わたしたちは練習日以外も様々な場所を使って、できることから積み重ねていった。


 そして、いよいよ本番の日になった。

 ロビーの簡易ステージには、ちょっとした音響機材もあったので、紅葉ちゃんの力を借りることにした。


 機械系にとにかく強い彼女は、来るなり黙々と機材いじりを始める。

 その姿に頼もしさを感じながら、わたしたちも各々準備を整えた。


 やがて、あちこちから患者さん方が集まりだす。

 その中には、神社で出会ったあの女性もいた。


 彼女を見つけそっと手を振ると、気づいて笑顔で振り返してくれた。


 準備が完了し、いざステージに立つ時、ふと患者さんたちの後ろの方で寂しそうな目で見つめるナナ様の姿を発見した。


 そういや、最近全然構ってあげてないなぁ、と思ってつい笑ってしまう。

 思わぬ形で緊張がほぐれたわたしは、時間になると勢いよく一歩前に歩み出た。


「みなさん、こんにちは! わたしたち、グループ名はまだ決まっていませんが、島の高校生で結成したアカペラバンドです!

 今日は、病院の皆さんのご協力を得まして、演奏の機会を頂くことができました。短い時間ですが、ぜひ聴いて下さい!」


 そして、元の位置へと戻る。

 隣の早百合が鳴らす合図で、一曲目が始まった。


 最初は比較的静かだったロビー内も、曲に合わせて徐々にノッてくれる人が増えてきた。

 演奏が進むにつれ、廊下を歩いていた人や看護師さん、業者の人までもが、足を止めてわたしたちの演奏に注目し始める。


 今いるこの空間を通り越して、病院中がわたしたちの音楽で満たされていく。

 そんなわけは絶対にないけれど、どうしてもそう感じてしまうから不思議だ。


 ……だから、わたしは、演奏の時間が堪らなく大好きなんだ!


 二曲目が終わって、最後の曲に差し掛かった。

 この曲は、最後にちょっとした掛け声で締める。


 不思議なことに、事前に何も伝えていないにもかかわらず、その瞬間になると、ほとんどのお客さんが一緒に手を挙げてくれた。


 その光景に、思わず泣きそうになる。

 堪える間もなく、次には割れんばかりの拍手がわたしたちを出迎えてくれた。


 それは、今まで浴びたことのないほどの量で、しばらくの間耳の奥に鳴り響き続けた。


 瞼からは、不意に涙も零れ始める。

 霞む視界の中で、柱のそばにいる妊婦さんの姿を捉えると、彼女も目を閉じて静かに泣いていた。




 無事にミニコンサートを終えて、ほっとしたのも束の間、わたしの耳に勢いよく飛び込んできたのは、バタンというひどく鈍い音だった。


 直後、誰かの叫び声が聞こえる。


 遠くの方から看護師さんたちがたくさん駆け寄ってきた。

 その集団の中にはお医者さんらしき人もいた。


 担架に乗せられて、誰かが運ばれていく。

 その人の顔を見た時、思わず血の気がさっと引いた。


 突然床に倒れたのは、あの妊婦さんだった。


 ざわつく空気の中、わたしたち六人はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

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