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(5) 奉仕活動

「奉仕活動に、グループ名決め、……か」


 飛行機の時間を待ちながら、美樹がため息をつく。

 梢も後から続いた。


「課題は、山積みですね」


 そんな暗い空気を少しでも払拭しようと、わたしは気楽な感じの声で言った。


「まあ、でも一つずつやっていこうよ。頑張ればきっと、菫さんもわかってくれるって」


「そうだね。お姉ちゃん、音楽にはとことん厳しいけど、頑張ってる人にはそれなりの評価をしてくれるはずだから、諦めずにやってみよっか」


 すかさずフォローしてくれた早百合に微笑みかける。

 その隣で、野薔薇が呟いた。


「でもさ、奉仕っていったって、一体何すんの?」


 再び空気が静まる。


 確かに、まずはそこから決めなくてはならない。

 みんなでできる奉仕活動、か……。


 あれこれ考えを巡らせていると、少し離れた場所から遠慮がちに声が聞こえてきた。


「……あのー、一つ、いいですか?」


 振り返ると椿が控えめに手を挙げている。

 一気にそちらの方に注目が集まった。


「えっと。実は、最近父が、階段から足を滑らせて骨折しまして。元々身体も弱ってたので、一か月程入院するんです。

 あと、家には祖母がいるんですけど、やっぱり最近思うように動けなくなったみたいで。だから、良ければみなさん……」


 わたしたちの中で、その意見に反対する人は誰もいなかった。




「……で、この格好か」


 赤い袴の裾の部分を持ち上げて、着心地が悪そうに野薔薇が呟く。


「わらちゃん、あの時反対しなかったじゃん」


 美樹の反論を受け、彼女はとっさに言い返した。


「いや、椿ん家の神社を手伝うのは別にいいけど、まさか巫女の格好まですると思わないだろ」


「いやいや、逆にそう思わない方がおかしいって! 大丈夫、わらちゃん似合ってるから」


 ニヤニヤする友達に、深いため息をつく野薔薇だった。


 椿の神社で一か月間奉仕活動をすることにしたわたしたちは、巫女姿で清掃や様々な雑用を任されることになった。

 おじさんが入院中のため、指示は椿や彼女のおばあちゃんがしてくれることになった。


 おばあちゃんは、初めて会った時と同様、わたしたちに色々と優しく教えてくれる。

 その一方で、うちの後輩はといえば、同級生や年上問わず、とても厳しくご指導下さった。


 今だって、ひぃひぃ言っている梢を、鬼軍曹のごとくてきぱきと動かしている。

 でもわたしは、それを遠くから眺めながら微笑ましく思った。


 なぜなら、きついことを言いながらも時折見せる椿の表情は、なんだかとても嬉しそうだったから。



 奉仕活動の後には、椿に連れられて、たまにおじさんのお見舞いにも行った。

 おじさんは、かつて見た時みたいにぶっきらぼうで、初めて全員で面会に行った時も、機嫌が悪そうに応対した。


 しかし、それでもめげずに度々お見舞いに通い続けると、次第に態度も少しずつ柔らかくなって、わたしたちのことや音楽活動にもいくらか興味を示してくれるようになった。

 病室を出る時に、いつか演奏観てくださいね、と笑顔で告げると、おじさんはそっぽを向きながら、小さく頷いてくれた。


 そうして、奉仕活動開始から十日あまりが経過した、ある日の昼過ぎのことだった。



 いつものように境内の掃き掃除をしていると、一人の女性がゆっくりとした歩みでお社の方に近づいてきた。


 歳は、三十歳前後だろうか。

 その人はお賽銭をそっと入れると、目を閉じながら何十秒もずっとお願い事をしていた。


 ゆったりとしたワンピースで、お腹の部分がぽっこりと膨らんでいる。

 それに気づくと、わたしは近くにいた椿に囁き掛けた。


「ねえねえ。あの人って、妊婦さんかな?」


 彼女は賽銭箱の方をちらっと見ると、耳元で囁き返す。


「でしょうね。ここ、安産祈願の神社でもあるんで」


 わたしは、そっと女性に視線を戻す。


 しばらくすると、その女性はお参りを終えて元来た道を帰り始めた。

 しかし、その途中小さな段差に躓いてしまい危うく転びそうになった。


 思わずその場にいた全員が、慌ててそばまで駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


 女性は間一髪で両手をついたため、お腹には影響はないようだった。

 とはいえ、手首が少しだけ変色している。


「救急箱持ってきます!」


 椿が走って社務所の中に入っていく。

 ひとまず、残りのメンバーで女性をゆっくりと近くのベンチまで連れていくことにした。

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