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(2) ここはTOKYO

 二年生の修学旅行は、七月の半ば頃に予定通り行われた。


 初日の朝、島の小さな空港は北平と南山の生徒で溢れかえる。

 やがて、教員も含め全員を乗せた飛行機が東京に向け出発した。


 実を言うと、島と東京を繋ぐ直行便があることを出発当日まで知らなかった。

 てっきり途中鹿児島空港とかで乗り換えるとばかり思い込んでいたから、こうやって直接行けることに思わず子供みたいにテンションが上がってしまう。


 まだ一度も訪れたことのない、日本最大の都会。

 飛行機から降りた瞬間、そこにはこの間の本土旅行以上にもの凄い景色が広がっている。


 そう思って美樹とずっとはしゃいでいると、寝ぼけ眼の野薔薇から一喝された。



 この興奮は、スケジュールが進んでも一向に冷めることなく、旅程中は朝も昼も夜もわたしは全力で都会の時間を楽しんだ。

 通りの向こうまでずっと建ち並ぶビル群にさえ、驚いて一々叫び声をあげてしまうほどだ。


 手を合わせながら騒ぐわたしと美樹に堪え切れず、野薔薇と紅葉ちゃんは、頭を抱えながらそっと距離をとった。


 そして、早くも最終日になった。

 夕方までの間、わたしたちには都内での自由時間が与えられる。


 こうしちゃいられない。

 急いで早百合を探し出し、そわそわしている彼女を含めた四人|(紅葉ちゃんは部活の人たちとどこかに行ってしまった)で近場を中心に回った。


 憧れの渋谷の坂を上りながら、しばらく買い物や食べ歩きを楽しんでいると、やがて公共放送局の奥に大きな公園が見えてきた。


 島の公園とは比べ物にならない程の人で溢れかえったその場所に、つい足を引き寄せられる。

 入口の立て看板を見ると、なんと今日アカペラの野外フェスティバルがあるみたいだ。


 もちろん四人全員が興味を示し、会場の野外ステージの方に向かった。


 入口スタッフの人からチラシをもらって、会場へと入る。

 既にそこには観客がたくさんいて、奥のステージでは、今まさに一組のアカペラグループが演奏していた。


 時計を確認すると、彼らを含め、あと二、三組程観られそうだ。

 なるべく良い場所まで近づいて、そこでじっと彼らのハーモニーに耳を傾ける。


 ……やっぱり、ここは『東京』だった。


 最初に聴いたグループも、後から出てきたグループも、みんなとてもレベルが高かった。

 それぞれが持ち味を出して、互いに調和しながらも、自分らしさを巧みに表現している。


 前に動画で観たことのある人たちも出ていたけど、生で聴くのは全然違った。

 これが、大都市・東京なのだろうか。


 ふと隣を見ると、早百合たち三人も、ただ一心にステージの一点だけを見つめていた。




 帰りの電車の中でも、わたしたちはしばらく黙っていた。

 きっとみんな、さっきの演奏に未だ圧倒されているに違いない。


 確かに、わたし自身彼らの演奏はかなり凄いなと感じたし、実力の違いをこれでもかと痛感した。

 でも、仮にその中に自分たちが交じったとして、絶対にダメだとはあまり思わなかった。


 だからわたしは、今の率直な思いを明るいテンションで伝える。


「わたしたちも、いつか立とうね。あんな舞台に!」


 三人とも、わたしのことをまるでおかしなものを見るように見てきた。

 それでも、気にしちゃいられない。


「……だって、始めた時期とか、経験の量とかは全然違うかもしんないけどさ。

 あの人たちも、そしてわたしたちも、同じアカペラバンドじゃん。だから、きっといつかは立てるはずなんだよ!」


「なんだそれ」


 野薔薇が思わず突っ込む。

 その横で、美樹が堪え切れず笑い出した。


「いや、桜良の言う通りだよ。やる前から諦めてどうするのさ。うちたちには、うちたちの音楽があるじゃん。

 だから、周りと比べずに、自分たちの音楽をやればいいんだよ。きっと、こずちゃんやつばちゃんも、そう言うはずだよ」


 みんなそれに頷いて、小さく笑いだす。

 わたしもつい笑みが零れてしまい、口元をふさごうと右手を上げた。


 すると、今までずっと手に持っていたフライヤーに目がいった。

 公園で貰ったカラフルなその紙をボーっと眺めながら裏返した時、思わず声が出てしまった。


「これだ!」


 三人だけでなく、他の乗客もみんな訝しげにわたしの方を見る。

 しまった、と軽く周りに頭を下げると、声のトーンをかなり落として言った。


「ほら、ここ見て」


 三人の視線が、広告の一部に注がれる。


「……コンテスト?」


「そう。年末に鎌倉でやる、アカペラのコンテスト。参加締め切りが、来月末までじゃん。

 みんなで出ようよ、これ!」


「おいおい、正気か?」


 野薔薇が聞いてくる。

 早百合もその後に続いた。


「これって、全国レベルのコンテストだよね。名前、聞いたことあるもん。大丈夫かな?」


 そして、再び誰も喋らなくなる。

 やがて、車内アナウンスが目的地の名前を告げた。


 そろそろ、生まれて初めての東京旅行が幕を閉じる。

 鞄のひもをぎゅっと握りながら、わたしは自分でも驚くくらい、ハッキリとした口調で言った。


「ハードルはもの凄く高いかもしれない。プレッシャーと緊張に押し潰されるかも。

 でも、このコンテストを乗り越えたら、きっと成長できる。そう思うんだ。

 だから、やっぱり出ようよ!」


「うちも、賛成! 桜良の言う通りにしたら、きっとまた大きく変われる気がするんだ。

 ……だって、そうやってうちは、音楽がまたできたから!」


 美樹がニコッと笑う。

 残りの二人もじっと黙った後で覚悟を決めたように呟いた。


「ああ。どうせだったら派手にやってやるか。でっかい目標があった方が練習も気合が入るだろ」


「うん。まだ後輩二人の意見を聞いてないけど、私もいいと思う。頑張ってみよっか!」


 少しして電車は駅に停まり、ドアが音を立てて開く。

 それはまるで、これから先に進もうとするわたしたちに、道を示してくれる扉みたいに感じた。

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