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(1) メランコリック

 七月になって、徐々に雨の回数も減ってきた。


 とはいっても、ジメジメした湿気は相変わらず蒸し暑さを感じさせ、じっとしているとどんどん汗が吹き出してくる。

 そろそろ、冷房様が欠かせなくなる時期だ。


 だからかもしれないけど、部室ではなく、一階の小広間でずっと過ごすような日が増えた。

 なぜなら、元々物置だった部室には空調が取り付けられていなかったからだ。


 そこで、必要なものを取りに行く時だけ二階に上がり、それ以外は思い切り小広間の冷房を稼働させて、その真下で歌ったりごろごろしたりする。

 自然とそんな行動パターンができ上がってしまった。


 本当ならば、練習後も涼しい部屋の中でだらだらお喋りしていたい。

 でも残念ながら予約時間の関係で、遅くとも十分後には蒸し暑い二階へと上がらないといけない。


 そうして部室に入った瞬間、奥の方に一つだけポツンと置いてある古い扇風機の前に、みんな我先にと群がるのだった。


 ここで新しくメンバーに加入した椿について話すと、初めは周りと壁を作っていた彼女も、個性的なメンバーたちの中で最近は何だかんだで馴染みつつあった。


 特に野薔薇とは、たまに好きな音楽を巡って激しい舌戦を繰り広げることもあった。

 だけど、たとえ好みのジャンルが違っても根っこの部分は同じみたいで、ぶつぶつ文句を言い合いながらよく隣同士並んで座っている。


 休みの日は朝早くから神社の掃除などやるべきことが沢山あるはずなのに、一切の疲れを見せずにいつも練習へと臨んでいる。


 そんな椿に一度だけ聞いてみると、

「まあ、慣れてるんで。それに、思った以上にいい息抜きになっていますよ」

と、淡々と返された。



 目標にしていた六人がやっと揃ったので、早速バンドのパート分けを行った。

 意外とそこまで揉めることもなく、みんなが各々好きなパートにつくことができた。


  リードボーカル(上):桜良

  リードボーカル(下):早百合

  コーラス(上):美樹

  コーラス(下):梢

  ベース:野薔薇

  ヒューマンビートボックス:椿


 ただ、わたし的には一番目立つボーカル上は早百合がぴったりかな、と思っていたけど、声の高さや彼女の強い推薦から、結局自分の役目になった。

 責任重大なパートを任されて、改めて身が引き締まる思いがした。


 はじめは二人でスタートした活動も、気がづけばとうとう六人の大所帯だ。

 人数が増えれば、それだけ各メンバーの意識も変わってくるもので、床屋で演奏した後には必ずフィードバックを行い、なるべく毎回充実した練習ができるよう心掛けた。


 そして練習後も、約十分の自由時間を挟んで、館内全域の掃除が待っている。


 場所を分担することで当初よりはだいぶマシになったものの、それでも全体を完璧にするにはどうしても三十分程かかる。

 とはいえ、福祉館には今までもかなりお世話になっているので、誰も文句を言わず楽しみながらやっていた。


 今日は椿と一緒に、まず一階廊下の拭き掃除から始める。

 彼女はかなり慣れた様子でわたしの倍の速さで自分の範囲を終わらせると、次には澄まし顔で言い放った。


「先輩、遅いですよ」


 わたしは先輩甲斐もなくむきになって、雑巾がけのスピードを一気に速めた。


 やがて、みんなそれぞれ担当の場所を終えてロビーへと集まってくる。

 丁度その時、管理人さんが買い物袋を提げて帰ってきた。


 一斉に挨拶すると、笑顔で労いの言葉を掛けてくれた。


「あら。暑い中ご苦労さま。今日はみんなのために、アイスを買ってきたんだけど、食べる?」


 その場にいる全員が、目つきを変えて管理人さんの元へと飛び込んだ。




 太陽が照り付ける中、外の適当な場所に腰を下ろして、束の間の涼を楽しむ。

 やがて中の棒が完全に見えてきた頃、左隣で早百合が小さくため息をついた。


 そこで、まだ辛うじて冷えているアイスの袋を、彼女の赤らんだ頬っぺたにつける。


「ひゃい!」


 早百合はとっさに可愛い声を出して、それを払いのけた。


 わたしはけらけらと笑いながら、頬を膨らます早百合に尋ねた。


「折角こんなにおいしいアイスを食べてるのに、ため息なんてついてると、幸せが逃げちゃうぞー。

 どうしたの、良ければ話してみて?」


 早百合は咄嗟に目を背け、地面の方を見つめる。

 次第に他のメンバーもそれぞれの会話を中断して、興味深そうに聞き耳を立ててきた。


 やがて観念した様子で、早百合は静かに話し始めた。


「いや、大した話じゃないから。今度さ、修学旅行があるじゃん?

 それでグループ学習の時はいいけど、最終日は、誰とも回れないなって考えて。ほら、自由時間はみんな、好きな人たちで回ったりするから」


 そして早百合は、徐々に顔を上げると遠くの方を眺め始める。

 その横顔を見て、わたしはなんだか無性におかしくなってきて、思わず吹き出してしまった。


 他のみんなもつられて笑い始め、ただ一人解せない様子で早百合は聞いた。


「……え、なに。何がおかしいの?」


「ごめん、ごめん。早百合って、やっぱ可愛いな、って思ってさ。そんなことを気にしてたの?

 知ってると思うけど、今度の修学旅行も二校合同じゃん。わたしたち、最初から自由時間はもちろん早百合も含めて一緒に回るつもりでいたよ。

 一人になんて、するわけないじゃん」

 美樹や野薔薇もうんうんと頷いている。早百合は途端にまるでトマトのレベルまで顔を赤くして、額を膝の上につけた。


「わ、わかってたもん。そんなことくらい」


 強がりながら微かに震えているその背中を、優しくそっと撫でる。

 右手に持っていた食べかけのアイスが、ぽつりと地面に滴った。

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