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(5) 偵察開始

 六月は、祝日がないから困る。

 それって、つまりは、平日五日間が毎週のように続くということだ。


 別に学校が嫌いなわけじゃない。

 クラスメイトとは仲が良いし、授業だってまあまあ楽しい。


 ただ、やっぱりなんかこう、たまにはとびきりの刺激が欲しい。

 連日のように雨が降っている、代わり映えのしない校舎の窓の風景を眺めながら、わたしは湿っぽくため息をついた。


 そして土曜日。

 別にそういった刺激を求めたわけではないけど、いつになく早く起き、久々に朝日が照らす中、音美大社の境内まで向かう。


 大きな鳥居を潜り抜け、まずは無礼のないよう、お社にお参りに行く。

 なるべく周りに気づかれないよう静かに手を打ち、深く礼をした。


「椿ちゃんと仲良くなれますように」


 その後、それとなく持ってきた帽子とマスクで軽く変装して、巨大なご神木の陰に身を潜める。

 そしてターゲットを待ちながら、頭の中で昨夜のナナ様の言葉を思い返した。



ーーー先に一つだけ助言しましょう。悩みを持っている人の誰もがストレートに貴女に打ち明けるわけでは当然ないわ。

 なかには自分の気持ちに嘘をついてまで、ひたすら本心を隠そうとする人もいる。

 だから言葉の表だけを捉えるのではなく、裏側の部分も読み取ってあげるように。



 ナナ様の助言は曖昧で難しく感じたけれど、だからといって、このままじっとしていても状況は変わらない。


 まずは、情報を一つでも多く得ることから。

 それで、わたしは朝早くからこうして偵察みたいなことをやっているわけだ。


 やがて、お社の向こう側から、巫女の恰好をした椿ちゃんが現れた。


 彼女は欠伸一つかかず、境内の掃除に取り掛かる。

 腕時計を確認すると、丁度八時を差していた。


 休みの日にみんながいつも目を覚ます時間よりも、ずっと早くから起きて、神社の掃除をしているのかな。

 そうぼんやりと考えながら、しばらくこっそりと椿ちゃんのことを観察する。


 庭の掃き掃除から始まって、お社内部の拭き掃除、社務所の清掃など、掃除だけでだいぶ時間が掛かりそうだ。

 それらが全部終わってからも、彼女は慣れた手つきで様々な仕事をこなしていく。


 その様子をつい夢中になって見ていたら、気づいた時には既に十一時を回っていた。


「……やばっ。今日も昼から練習だった」


 最近は専ら、『洋楽の名曲選』を集中して取り組んでいる。


 当たり前だけど、外国語は日本人のわたしにとってはかなり難しい。

 だから、前もってしっかり予習しておく必要があるのだ。


 今になって慌ててそれを思いだし、その場から立ち去ろうとした時だった。


 中年のいかにも厳しそうな顔つきの男性が、向こうの方から椿ちゃんの所まで近づいてくる。

 そして、社務所に併設するお守り売り場の窓の枠をそっと指でなぞると、次の瞬間もの凄い勢いで怒鳴り始めた。


「おい、全然できてないじゃないか。こんなに埃が付いとる。もう昼時だというのに、何ぼさっとしとるか。

 こんなに手抜きが酷いようじゃ、いつまで経っても神社の跡取りにはなれんぞ」


 椿ちゃんは、その叱責をただ黙って聞いている。

 思わず飛び出そうとしたけれど、隠れていたことがばれてしまうと気付いてためらっていると、やがて男性は足早にその場から立ち去っていった。


 後に取り残された椿ちゃんは、俯きながら用具の後片付けをし始める。

 何もできないまま、わたしはこっそり神社を後にした。




 その晩。

 何となく気になって「Backy」の動画配信チャンネルを観てみると、どうやらあと十分ほどで生放送が始まるようで、しばらく待ってみることにした。


 やがて放送は始まり、間もなく画面上にマスクをつけた椿ちゃんが現れた。

 昼頃に見た時の悲しそうな表情は一切せず、いつも通り明るく振る舞っている。


 時にお調子者っぽく喋ったり、歌を口ずさんだりするその姿に、観ていて段々と楽しい気分になってきた。

 しかし、状況が変わったのは画面の横から一つのコメントが流れた時だった。


『ほんと、JKってお気楽でいいよな』


 画面のその一文が目に入ったのか、椿ちゃんは急に黙り込むと、低いトーンでぼそぼそと喋り出した。


「JKはお気楽、ですって。何それ。あんたは私の何を知ってるの? 女子高生はみんな好き勝手生きていて、なんにも悩みがなくって、自由気ままだって本気で思ってるの? 

 信じらんない。私だって、人一倍考えるよ。自分って、一体なんなんだろう。生きてて一体、何が楽しいんだろう、って。

 そんなのも知らないで、適当なこと言わないでよ!」


 椿ちゃんは夜間の時間帯を気にすることなく、カメラに向けて思いの丈を叫び続ける。

 ヘッドホンからは、その思いがひしひしと伝わってきた。


 コメント欄には次々に、「ブチ切れ乙」「メンヘラ」「放送事故」などの言葉が殺到し、瞬く間にそれらで画面全体が覆われる。

 しばらくして、彼女は平静を装い軽く礼をすると、なけなしの笑顔で手を振り、配信はそこで終了した。


 ヘッドホンをそっと取った後、パソコンの電源を着けっ放しにしたままでじっと考える。

 そのまま何分か経ち、ようやく考えがまとまると、傍に置いてあるスマホを手に取ってグループのチャットに連絡を入れた。

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